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海底のさらに下の世界 第738話・1.31

「こ、これがあの海底のさらに下にある世界?」科学者の河田は驚きのあまりしばらく見とれるしかなかった。今、河田は深海探査船に乗っている。「こんな世界になっているとは......」
 単独の有人探査船に乗った深海調査。今まで最も深いところはマリアナ海溝のチャレンジャー海淵という10,920メートルもの場所であるとされていた。だが、河田は独自の研究を行う。その研究の成果があり、その場所から少し外れたところにさらに深い切れ目があるのではとの仮説を立てた。
「もしかしたら世界の常識が覆されるのかもしれない」
 河田は、知り合いの工場で深海探査船を建造してもらい、従来のどの探査船よりも水圧に強いものを作った。

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 そして当日、助手の山岡やマスコミなど多くの人が見守る中、河田は出発。目標とする海域に向かって潜水を開始した。潜水は順調に進み、5000メートル地点を過ぎていこうとしている。「計算上では、あ、あれだ」
 ここで、河田は海底の下にあるわずかな裂け目を発見。この裂け目こそが、従来よりも深い可能性があると思っている。さらにこの潜水艇で下に行けると確信した。そしてそれは河田の計画通りだ。今までの探査船よりはるかに小さな大きさにしたために、その裂け目のさらに下に入り込むことができる。

「ぐおおお」突入時に大きな衝撃がして思わず声を出した河田だが、潜水艇にダメージがなく、無事に裂け目の下を入っていったようだ。
 この辺りは光などない暗闇の世界。先ほどまでは小さな深海生物が泳いでいたが、裂け目の中に入るとそれらもいなくなった。「慎重に、慎重に」河田は誤って裂け目に探査船がぶつからないように慎重に下に降りて行った。さてどのくらい降りたのか突然下の裂け目が、大きく開けている。
「裂け目の下に大きな洞が?」河田は驚いた。それは広がったというより完全別世界。それだけではない。いったいどこにあるのかわからないがここは明るいのだ。

緑や青い光に照らされた、大きな空洞の下を見ると、芸術的な形をした岩が見えてくる。「さ、魚、こんな深海のさらに下にか!」河田はカラフルな色をした魚を見ながら、その光景に息をのむ。地球の海溝のさらに下に広がる不思議な世界。
「しかし、この下はいったいどうなっているのだ。それが今回の目的」河田は我に返り、さらに潜水艇を下に沈めていく。すでに水深14000メートルを過ぎており、本当なら最も深い地点に着た模様。しかしいくら下に行っても同じような世界が広がっているばかり。まるで停止しているかのように同じなのだ。

「おかしい、計器は確実に高度を下げている。何、20000メートル。そんなに下がったのか?」すると計器が突然異常を示した。
「急に外の温度が上昇している。まさかマントルにでも到達している?」
 気が付けば潜水艇の外の温度が70度近くになっていた。さらに上昇してもはや沸点に近づいている。「まずい。このままでは危険だ。上昇しよう」河田はこれ以上の効果を断念し上昇に転じた。
 しかし温度はさらに熱くなっている気がしている。ついに計器上だけでなく、潜水艇の中の体感温度も高い。「あ、暑い!はやくあああ、暑い」河田の記憶が薄れていく。それでも潜水艇はどんどん上昇、意識上で最後に見えたのは水深15000メートル。

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「あ、あれ?」河田が意識を戻すとそこは病院のベッドの上。
「あ、意識が戻られました。これで大丈夫でしょう」横にいるのは医者と看護師である。「おお、河田先生!」加えてそこにいるのは助手の山岡。
「おれは、遭難していたのか」「そうです。先生、潜水艇は無事に引き上げられましたが、先生の意識がなく。どうなるかと心配しておりましたが、救命医療の甲斐があり、無事に意識が戻られて......」山岡の目には涙が浮かぶ。

「そうか、確か水深1万5000メートルの地点で意識が」
「先生......」山岡の表情が変わった。「先生、あ、あの、水深5000メートル地点で潜水艇に異常があり、先生からの応答がないので、救助を」

「なに、バカなことを。そうだ、俺は見たんだ。水深1万メートルよりも下の世界を、裂け目になっていてその下には巨大な洞、いや別世界だ。青や緑の光がどこからともなく表れてだな。魚も泳いでおったぞ」河田はこの調査で見てきたことをはっきりと覚えている。それを山岡に力説するが、山岡は首をかしげるばかり。

「河田先生、あの」戸惑う山岡。「河田さんはまだ意識が戻られたばかりですよ。頭の中が混乱されているのです。しばらく様子を見ましょう」そう言って医者はは山岡の肩を軽くたたいた。

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 10日後に河田は退院し、研究所に戻った。「つまり山岡君が言うには。俺が水深5000メートルの時点で意識を失い。それは夢かなにかだと言いたいのだな」「は、申し上げにくいですが、実際問題として」
「わかった。君がそうしたいのならそれでよい。俺も事故で気が狂ったと思われてもな」「申し訳ございません」山岡は一礼して河田の元を去った。
「どいつもこいつも、でも証拠がない。俺の記憶だけだったらな。潜水艇の記録をもっと調べるとわかるはずだが。まあそれ以前に俺の記憶が消えぬうちにだな」

 こうして河田は、記憶が残っている今のタイミングで、自らが体験したことを記録した。それが現実なのか、河田の夢、幻覚だったのかは別として。


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シリーズ 日々掌編短編小説 738/1000

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