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南極転生した人鳥  第691話・12.14

「あ、ああ、あれ? ここはどこじゃ。ワシは死んだのか。ということはこれは、う、さ、寒い。そうかやはりワシは地獄に落とされたのか?」
 ある老人が氷に閉ざされた世界にいる。周りにはないもない、雪と氷の世界。老人は何らかの理由でこの場所に突然現れた。本人はもちろんこうなった理由が分からずにいる。そして老人は周りを見ながら思いを巡らせる。

「それにしても、不思議だ。地獄なら熱い日の中のイメージであったが、そうではなかったのか。寒さで追いつめると。うむ、実際に来てみないとわからんもんじゃのう」老人は自分で今の環境を納得しようとしている。
「なんじゃあれは?さては鬼か」老人が遠くから見えるある集団に気づいた。老人は地獄の鬼が自らを苦しめに来たのだと身構えた。そしてその鬼?たちは老人に気づいたのか集団で向かってきた。
「ずいぶん小さい鬼であるな、角は生えていないが鳥のような嘴がついている。うむ、想像と実際は違うのじゃな。それにしても歩く速度が遅い。これなら意外に勝てるかもしれないぞ」

 老人はそう思って見つめていたが、ひとつの鬼が先頭に立って近づくと話しかけてきた。「ここでは見ぬ顔だ。君は迷ってきたのか?」
「え、へい。恐らく、殺されて地獄に落とされやした」老人は鬼に対して低姿勢で答える・「ジゴク?」鬼が不思議そうに顔を左右に動かすような表情をした。そして後ろから来た周りの鬼たちに何か話をしている。すると別の鬼が近づいてきて「ジゴク、初めて聞く言葉だね。ここはその君が言うような場所ではないよ」「ジゴクではない。では鬼様ここはいったい」「オニさま、なんだそれは??」再び鬼が驚いた表情をする。
「君は不思議なことばかり言う。僕たちはペンギンだ。ここは南極だよ」
「ペンギン? ナンキョク??」今度は老人が初めて聞く言葉。

 何しろ老人は、遥か過去の日本からからタイムトリップをして転生をしたらしい。そして彼の時代にはペンギンも南極という存在を知られていなかった。だから今度は老人の方が驚く。
「なんで驚くの?君も僕たちと同じペンギンじゃないか?」「え、わ、わしが、そのような鳥のような恰好をしていると」

「こっちに来なよ、ここに海があるから、ほら」老人が鬼と間違えていたペンギンたちに誘われるように、氷が解けた水たまりの前に来た。そして顔を近づけると自らの表情に息をのむ。「あ、おれは鳥、人鳥に。そうか地獄とは、本来南極という名前で、この地獄に落とされた人はペンギンという名前の人鳥に姿を変えられるのか」
 ここで老人はため息をつく。「こんなに動きが鈍く、手がひれに用になっているとは......。じゃがワシの罪は手違いじゃ。勝手に悪者にされて」老人はそんなことを考えているとこの場所に転生する記憶が徐々によみがえった。
「僕たちは陸上では歩くのが遅いけど、海の中では早いんだよ」一頭のペンギンがそういうと、海に飛び込む。すると今度は魚のように高速で泳ぐではないか?

「魚なのか、ペンギンとやらは」「君も飛び込んでみな」後ろから別のペンギンが促す。
「と、飛び込めと言われても。ワシは海で泳いだことなどほとんど」老人は崖から見える海を見て驚く。「ここから落ちたら死ぬのでは、いやワシはもう死んでいるのか。なら何度死んでも同じだ」そう理解すると思いっきりジャンプ。すぐに水面に入ったが。イメージと違い苦しくない。体を動かすと確かに驚いたことに、陸上と違って速く泳げる。「こんなに早いのか」あまりにも速く泳げるので老人は徐々にうれしくなった。
「実は地獄ではなく、極楽かもしれぬ。じゃろう。ワシの身は潔白であることはお天道様が一番知っておる。良かった。ワシはこれだけ早く水中を泳げるようになった。そうじゃここは極楽浄土なんだ」

 老人は海中で泳ぎながらそう確信する。そして陸に戻って再びペンギンたちの群れに戻った。
「どうやらワシの思い違いであったようだな。ここは極楽浄土であるな。うん、よかったワシの身の潔白が証明された!」
「ゴクラクジョウド?また初めて聞く言葉だ。不思議だ君は、僕たちの知らないことをいっぱい知っている。どんどん君のことに興味が湧いてくるよ」
 そうなると外から見たら同じペンギンなのに、転生した老人の前に多くのペンギンが近づきいろいろ質問をする。老人は質問に答えているうちに、転生前の記憶が完全によみがえった。そしてペンギン一同を前に語り始めた

「そうか実はな。ワシはここに来る前は、それなりの地位を得た存在だった。高貴な方に向けてのしきたりをある若い領主に教えていたが、突然若者が怒り出して私を切りつけてきた。周りが止めてくれてそのときは助かった。そして若者は城の大事な場所で刀を出したことでその日のうちに処刑されるんだ。だがその若者の部下たちが、突然ワシを目の敵として付け狙って、先日の雪の夜に47人で襲ってきた。そしてワシを殺したんじゃ。全くとんでもない逆恨みじゃ」と一気にペンギンたちに語るが、この話すべてのペンギンたちが理解できずにいた。

 実はこの老人は、転生される前、赤穂事件に登場し、忠臣蔵に殺害された吉良上野介である。


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シリーズ 日々掌編短編小説 691/1000

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