即席ラーメンの味を川柳に 第580話・8.25

「今日は疲れたな。もう料理という気分ではない。即席ラーメンにしよう」
 独身でひとり暮らしの俺は、戸棚からラーメンを探す。「カップ麺は切らしてるな。だったら袋で行くか」鍋に水を入れて火をつけた。その間に袋麺を開ける。
「お、これはワンタンメンだ。いいねえ。こういうの入っていると」俺はノーマルな即席ラーメンよりも、ワンタンとかチャーシューが多いのが好きだ。あまりネギが多いのは好きではない。どうせ入っているなら餅入りが良いのだ。

 あっという間に鍋の水が沸騰し、そこから泡が噴出している。「さてこの瞬間があまりな」と言いながら鍋の遥か上から、ブロックのように固まった麺をゆっくりと落としていく。
 麺はお湯に入って、数秒でブロックが融解するようにやわらかくなり、内部の麺がどんどんほぐれていった。調味用の液を入れる。ついに麺が柔らかくなりくなりが出来上がった。カップ麺ではないから、どんぶりを用意して完成だ。

「いただきます」誰もいないから声に出さず、心の中で唱えてから食べ始めた。早速箸から吸い上げられた麺。それを音を出しながら口の中に含む。先ほどまで沸騰していたお湯に入った麺は、口当たりの触感は熱い。熱いがが耐えられる温度。それ以上に即席めん独自のうま味成分が、口の中に広がった。
 もはや完全に洗脳されているのだろう。そのうま味成分を味わうと無意識のうちに麺は音を上げてどんどん口の中。上下の歯で砕かれながらのどの奥に入っていくのだ。
「うーん、美味い美味い」そう頭でつぶやきながら、俺は細やかな幸せを感じていると、携帯電話が鳴った。

「うあ、はい」口に入っているラーメンの食べかすを必死に飲み込む。
「先生、お忙しいところ失礼します。急ではありますが、実は明日の夜仕事が入りました。岡山の津山に行ってくれますか?」
「津山、えっと。と言うことは1泊か」「はい、すでに駅前のホテルをこちらでシングル取ってます」

ーーーー
 翌日俺は、新幹線と列車を乗り継ぎ、岡山県の内陸にある町、津山に到着。そのまま、夜の仕事をこなした。
 あ、俺は一応こう見えてもある業界では著名人。だから『先生』と呼ばれる。それでたまに地方での講演の仕事が入るんだ。そういう専門の会社とマネージメントの契約を結んでいるから、マネージャーが仕事を取ってきてくれる。

「先生お疲れさまでした」「おう、津山の人は話をしっかり聞いてくれる人が多かったな」「それは先生の話術が」本当に手を揉みながらマネージャーが話してくる。
「そう、君は本当におだてるの上手いね。次はいつだっけ」
「えっと、来週ですね。今度は近場、関東なので日帰りできます」「わかった」このとき俺は、津山からの帰りに気になるスポットを見つけていた。

ーーーー
 翌日俺はホテルをチェックアウトすると、そのまま帰路に向かう。ただしマネージャーとは別行動。「昨日の移動中に、しっかり調べておいてよかった。弓削駅で降りるんだな」
 津山からは津山線に乗り、岡山から新幹線で帰る。そして岡山に向かう途中、久米南町にある津山線にある弓削駅で途中下車した。
「ここから20分か。よし歩こう」駅から今来た方向と逆に歩く。右手に線路、左手に住宅街を見ながら突き当りのグラウンドを左。すると小高い山が見えて手前に川が流れている。川を渡ったら今度は右に曲がった。「誕生寺川(たんじょうじがわ)か、ずいぶん個性的な名前だな」

 俺は行くべきスポットを見つけると、途中の行程もしっかりと確認する。普通なら小さな川と済ませそうな川も名前まで調べてしまう。調べたところでどうってことはないが。
 しばらく川沿いの道を歩くと二手に道が分かれていた。これは左側の山が見える方を曲がる。ところでこの時点でスポットの名前を示した道標がある。これは大変便利だ。

「もう少しだな。よしと」しかしちょっと裏切られた。もう少しと思いつつ結構道がある。山道を登っていく一本道。道路は舗装されているが「タクシーで来ればよかった」とやや後悔。左手は下り斜面になっているが、それを隠そうとばかりに、背の高い木が覆い茂っていた。
 道なりを進んでいき、少し開けたところに行くとまた道が分かれている。ここも左だが、しっかりと道しるべがあるので迷うことはない。
「思ったより、高いところに来たな」俺は少し息を切らしたが、開放的な高台から見える田園地帯を見ると、少しは気が和らいだ。

 こうしてようやく到着したもの。それは川柳公園。俺の趣味は川柳作り。でもどこかに応募などしたことはない。
「公園と言うより広場だな。これが桜の名所か」
 だが春ではなく、見た目では桜かどうかわからない。展望台になっていて、そこから眼下に広がる絶景は大したもの。俺はとりあえず絶景を見ると大きく深呼吸した。

「さて、川柳だ」俺は展望台の横の小径に、川柳に関する石碑を発見した。発見どころではない。小径には非常に多くの石碑がある。そこには川柳の句碑が刻まれていた。
「2014年に最大の川柳レッスンで、ギネス世界記録を達成したのか。川柳をたしなむものとしては聖地だな」俺はいい年をしながら、少し心が躍った。そして句碑をひとつひとつ眺めて行く。
「全部で300以上だよな。それは無理だ」俺は途中で挫折。すると突然お腹から音がする。「朝はコーヒーだけにしたから今頃」
 俺は空腹であることを思い出した。「そしたらどこからご飯を食べよう」と言いながら川柳公園を後にする。でもせっかくだからと、川柳を一句考えてみた。それで浮かんだのが次のもの。

即席めん 食べたい衝動 洗脳だ

「だめだ、やっぱり腹減ってるわ。と言うより家帰って即席麺食べたい!」とつぶやきながら俺は公園を去った。


こちらから「旅野そよかぜ」の電子書籍が選べます。

-------------------
シリーズ 日々掌編短編小説 580/1000

#小説
#掌編
#短編
#短編小説
#掌編小説
#ショートショート
#スキしてみて
#岡山県
#津山
#久米南町
#即席ラーメン記念日
#川柳発祥の日

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?