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月と鼈(すっぽん) 第601話・9.15

「え? 今晩スッポン持って帰ってくるの! わかったわ。じゃあ」海野沙羅は、勤務中の夫、勝男から来た突然の連絡を聞いて心躍った。
「うわぁ。スッポンなんて、いつ以来かしら。あれコラーゲンたっぷりでおいしいのよね。今晩は豪華にすっぽん丸鍋だ!」
 早速キッチンに入り、鍋材料になりそうなものを探す。

「えっと。鍋の材料は。やっぱりない! 仕方ない。買ってこよう」沙羅はすぐに出かける準備をすると、そのまま車を運転。近くのスーパーに出かけた。
 駅前にある大型のスーパーは、ホームセンターなど複数の専門店が入居しているショッピングセンター。沙羅は駐車場に車を止めると、早速スーパーに急ぐ。
「白菜に、キノコ、それから糸こんにゃくに生姜とねぎは、ハイ! 買いましたと。えっと料理酒とポン酢はあったし、あ、豆腐だ!」独り言をつぶやきながら、沙羅はいつも買う銘柄の鍋用豆腐に手を伸ばした。

 こうして鍋材料をすべて購入した沙羅。「そうだ、熱帯魚見てみるか」沙羅はこの前の休みに、勝男と熱帯魚を買おうという相談をしたことを思い出した。せっかく来たし、鍋は基本的に材料さえ切ってしまえばできる。そこで、すぐ帰らずにちょっと熱帯魚を見に行くことにした。

「あの人、東南アジアの熱帯魚が欲しいって言ってたけど......」沙羅は熱帯魚コーナーに行き、水槽に陳列しているカラフルな魚たちを眺めた。「うーん、こうやって見てたら、どれも欲しくなっちゃうわね。ああ、どうしましょう」
 沙羅は悩みながら、熱帯魚コーナーを後にする。するとどこかで見たことのある後姿を発見。「あれ?」沙羅は驚いた。なぜか勝男がいたからだ。「お、おい、何でここに?」驚いた様子の勝男。「驚いたのはこっちよ。仕事中じゃなかったの?」

「仕事、ああ今日の商談はスムーズで、15時には終わったんだ」「それで直帰?」「ああ理由があってな。これだよ」
勝男は水の入ったビニール袋の中を見せる。「え、カメ?」「スッポンだよ」沙羅は思わず目を見開いた。

「ちょっと、スッポンって生きてたの? それにこんな小さいと、鍋には全然足りないわ」「おい、馬鹿なことを言うな、これ食うのではなく飼育用だ」「え! スッポン鍋のつもりだったのに」沙羅は急激にテンションが下がる。

「実は商談の後だが、取引先の社長がすっぽんを飼育しているそうで、増えすぎて困っているというんだ。だから『欲しい人いるか?』とか言われたから、俺、手をあげちゃった」と苦笑いの勝男。あきれた表情の沙羅は、顎が外れたように口が開いている。
「この前、熱帯魚買うとか言ってただろう」「う、うん、だから買い物のついでに今、熱帯魚見ていたんだけど......」
「熱帯魚もいいけど、スッポン飼育するのも悪くないなって。そしたら先方の社長が本当に嬉しそうだった。だから同行した課長が『海野、それの対応があるから、もう帰ってよし』ってなったんだ」

「なるほど、取引先との関係のためか。なんかこの子たち戦国時代の人質とか政略結婚みたいね」沙羅はそういって、ビニール袋に入っているカメを眺める。「結構かわいいだろう。ほらこれがスッポンとかのカメを飼育するための水槽だ」
 勝男がいたのは爬虫類コーナー。そして熱帯魚用とは明らかに違う水槽がそこにあった。
「ということで、水槽とかすっぽんの飼育に必要なものを買うぞ。車で来たんだろ」
 沙羅は小さく頷く。「それはいいけど、じゃあこの鍋材料どうしよう」「代わりに鶏肉でも入れて食うか」

ーーーーーー

 こうして仲良く買い物を済まて、家に戻ってきたふたり。勝男は買ってきた水槽と、その中に入れるものをセッティング。袋に入った二匹のすっぽんの子どもを、中に入れてあげる。カメは広い水槽に入ったのかビニールにいるときよりも、元気に動き回っていた。
 一方沙良は、すっぽんの代わりに買ってきた鶏肉と鍋材料を切って、鍋の用意を始めている。
「カンパーイ」と鍋に火をつけると、ビールの入ったグラスを傾けて飲むふたり。「新しい家族が急に誕生したみたいね」嬉しそうな沙羅。
「だろう。よし、先にこいつらに」といって、勝男はスッポンにカメのエサを与える。
 勝男たちにはわからないが、匂いだろうか? 餌を置くと、スッポンはすぐにエサの前に来た。そして口からエサを食べる。表情はないが、その口の動かし方を見る限り、おいしい餌なのだろう。

 その横では勝男と沙羅が鍋をつつく。「コラーゲンはあると思ってと」沙羅はコラーゲン入りを頭の中で想像しながら鶏肉を食べる。皮の部分の鳥肌の突起の部分を口にくわえた。このプリプリ感がたまらない。ちなみにこの鶏の皮にもコラーゲンが入っている。
 その前で勝男もビールを片手に上機嫌に鍋をつつく。ときおりスッポンたちの様子を見ながらだけが、今までと違う。

「あ、ねえほら、月よ」沙羅は窓から見える月を発見する。「おお!」勝男が見上げると、ちょうど雲の隙間から現れた模様。
「うーん満月まであと一息だな。まあいいや。今日は15日だから十五夜になるのか?」「ねえ、これってまるで『月とスッポンね』」沙羅の一言に笑顔になる勝男。
「確かにな。それ、比べ物にならないほど別物と言う例えだけど、俺は違うな。比較などできない。月とスッポンどっちも好きだ」「え? あ、あの」突然真顔になる沙羅。
「わかってる。沙羅、お前も含めてだ」と笑いながらいうと、勝男はグラスに入ったビールを一気に飲み干すのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 601/1000

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