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妻が戻ってきたので星を見た。 第905話・7.17

五回目で、ようやくお賽銭箱に入った」と、この日の夕暮れ前、婦人会主催の高野山旅行から3日ぶりに帰った妻が、僕の顔を見るなりいきなり叫ぶように呟く。
「帰ってきていきなり何を言っているんだ。せっかく君をもてなそうと頑張っていたのに。だけどごめん。3分クッキングは伸びに伸びたよ

 妻はそれを無視するかのように玄関から中に入ると、大きな荷物を持ったまま、自分の部屋に入った。
入って姿をかくしてから「苦手なものは、イチゴ味のカレー」と、僕にわざと聞こえるように大声で叫ぶ。僕以外いない空間に響く声、僕はこれを聞くと、「痛いところを突かれた」と思った。

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 確か半年前のこと。僕は妻に気を利かせ、「たまには料理を作ってやるよ」と料理を作ることにした。だがこのことで僕は妻に「変わった味覚の持ち主」と思われるきっかけとなる。好奇心旺盛な僕はオリジナル料理として、いちごにカレーをかけてみた。カレー味といちごの酸味の化学反応を試してみたかったのだ。

 妻は黙って食べたが、一口食べるなり「ある日、宇宙が落ちてきた」と一言。僕は妻の言っている意味がわからなかったが、その後、彼女が眉間に皺を寄せ、不機嫌な表情になったこと、そのあと一口も食べなかったので、ようやく意味がわかった。
 だが、悔しいから僕も妻に向かって「まるで変顔認証に引っかかったな」と、言い返してやったのだ。

 そのときは当然ふたりの間で口論となったが、半日程度で無事に元の鞘に戻る。

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「高野山のお土産よ」妻が普段着に着替えて部屋から出て来た。妻が持っていたものは、高野山とその周辺の土産物。高野豆腐に柿の葉寿司などいろいろあった。
「おう、色々あるな。ありがとう」僕は素直に礼を言う。
 そのあとに、「旅行はどうだった?」と話を聞いてみると、妻は堰を切ったように、次から次へと旅行の話を語り出した。

 僕はしばらく相槌を打っていたが、突然目の前にありえない現象が現れる。日本猿、いやチンパンジーかも知れないが、猿が目の前に座った。さらにだ、こともあろうに、お土産の柿の葉寿司に、手をかけようとするのだ。
「おい、止めろ!」ぼくは、猿に対して両手を伸ばして追い払う。

 それをみた妻も驚きの表情を隠せない。大きく目を見開き、やや怯えた表情で僕をみた。「ごめん、今いたんだ。猿が君のお土産に、手をかけようとして」
 それを聞いた妻は呆れた表情で、「部屋に見えない猿がいるかぁ。この前も、『巨大ゲームボーイが道を塞いでいる』だっけ。あ、ああ!」妻は何かに気づいて後悔した表情になる。
「ひとりにしたから、悪い症状が再発したみたい。ごめん、婦人会のお付き合い優先的して」

 妻は哀れな表情で僕をみた。僕は精神の病を患っていて定期的に病院に通っているが、ここしばらくば改善していた。どうやらそれが再発したというのだ。

 だが僕は病気で見た猿とは到底思えない。リアルな猿そのものだった。だけど過去にも似たようなリアル体験を話したところ、妻や医師に言わせるとすべて否定。それらはすべて幻覚であるらしい。思い出した僕は思わず頭を下に向けてうなだれた。

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今日は、新しい星座を考えてみましょう」数分程度の沈黙の後、妻が口を開いた。僕は顔をあげる。「星座!」ぼくは声を上げた。窓から外を見る。いつの間にか空が暗くなっていた。
 ここで、僕と妻は外に出てみる。僕は柿の葉寿司方向に視線を送ったが、猿の姿はもう見えない。

「見て、星が見えるわ」妻の嬉しそうな表情。僕は彼女と出会った時のことを思い出す。「あの時と同じだ」僕は空を見る。星が見えた。いろんな大きさ色の星空たち。ここで先ほど妻が言った新しい星座を考えて見た。

「うーん、土鍋がいつまでも宙を舞っている」 他の呟きに妻が振り向く。「変かな。あの星をみると土鍋に見えるんだ」僕の言葉に妻は驚かない。「いいわよ。星座は自由に想像できるから」妻は笑顔だ。猿の時との違いに僕は少し安心した。もう一度見る。やっぱり見える土鍋の星座が夜空に宙を舞う。

「明日は雨だ。きっとあの子も、学校に来る」「あの子って?」何気ない妻の言葉に僕が反応。「うん、婦人会の中岡さんの子供よ」「ああ、不登校のか」中岡さんの子供のことは僕もある程度知っている。天気が良い日が苦手で、雨の日になると、元気になると言うのだ。恐らく今回のの旅行でも、妻が親身になって相談を聞いていたのだろう。「子供は大変だな」ふたりの間には子どもはいないが、いたらどうなんだろう。僕は心の中で呟いた。


こちらの企画をもとに創作してみました

・3分クッキングは伸びに伸びた
・変顔認証に引っかかった。
・苦手なもの:イチゴ味のカレー
・ 雨だ。きっとあの子も、学校に来る。
・ある日、宇宙が落ちてきた。
・部屋に見えない猿がいる。
・今日は、新しい星座を考えてみましょう。
・巨大ゲームボーイが道を塞いでいる。
・五回目で、ようやくお賽銭箱に入った。
・土鍋がいつまでも宙を舞っている。

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