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インターネットのない1日 第645話・10.29

「ふわぁ、よく寝た。ネットのチェック、あ、じゃなかった」時刻は午前9時30分。坂上達也は、今日1日立てた誓いを思い出す。
 それは3日前に決めたこと。「次の休日は1日、インターネットのない生活をする」というものであった。

 今年40歳になった達也、上場企業でもなければ中小企業でもない。いわゆる中堅企業で働くごく普通の会社員(係長)。単身赴任のため妻と中学生の長男と小学生の長女を残したひとり暮らしである。
 いつもなら毎日家族や職場、あるいは学生からの友達やネットでフォローをしている人たち相手にSNSを駆使して色んなやり取りをしていた。だがふとあることが頭によぎる。
「俺が子供の時はインターネットなんてなかった」インターネット自体は達也の生まれる1981年よりも過去。1969年10月29日に誕生したらしいが、もちろんそれが一般的になるのは90年代に入ってから。
「高校に入ったころくらいだからな。ほんと子供のときはこんなのなかったよ」当たり前のようにスマホを握ってやり取りをしていた達也はこのとき、1日だけインターネットのない生活と言うのを送ってみたいと考えたのだ。

 そこで実際にやってみようとなった。平日仕事に行くときにそれは不可能。となれば休日となる。そこでこの日に設定し、あらかじめネットでやり取りする家族や友達関係には宣言した。そしてスマホの電源を切り、目に見えないところに隠しておく。
 達也の家にはスマホのほかにパソコンがある。当然パソコンもネットにつながるからこれも使わないようにと、コンセントを抜いてあった。そして上から布をかぶせて使用しないようにしておく。

「昨日は日付が変わる直前に寝た。だから今日の日付が変わるまでは一切ネットをしない」
 そう宣言した当日、いつものように目覚めそして身支度をする。基本的な流れはいつもと変わらない。ただ違うのは、メールチェックやパソコンでニュースなどいろいろ見たりすること。LINEなどのメッセージも完全に遮断しているので、それらのチェックもない。

「変な感じだな。でも見ないからって死ぬわけないしさ」ひとりでつぶやきながら、昼と兼用となったブランチを食べる。といっても焼いた食パンにバターを塗るくらいだが。

 達也はテレビをつけた。テレビまでは絶たないので、世間の動きはすぐにわかる。いつもなら適当に見流しながらスマホをチェックしているときと違い、テレビを真剣に見ていた。
「この番組こんな人が出てたのか」当たり前のように見ていながらもこの日はじめて気づくことが多い。達也は妙に新鮮に感じる。
 しばらくテレビを見ていたが、徐々に飽きてきた。一方的に情報が流れるし、興味のない番組が始まっている。チャンネルを変えるがどこもピリッと来ない。
「弱ったなあ。どこか出かけようかな」と思ったが、窓を見て即あきらめた。この日は朝から雨模様。ちょうどお昼のこの時間帯は雨脚が強く、あまりにも雨が激しいので外の視界が悪くなっていた。とても外に出ようという気が起きない。

「弱ったなあ。まさか時間を持て余すことに」何もやることがなければ、パソコンで適当にネットサーフィンを行うのだが、今日はそれが封じられていた。「本でも読むか」達也は自室の本棚を覗く。「そういえば最近紙の本を買ってないな」達也は最近は電子書籍をダウンロードしているから、紙の本は古いものばかり。また読みたいと感じるものもない。

「なるほど、ネットを絶つと確かに不便だ」達也は思わず無謀な挑戦をしたものだと後悔した。「あ、これでも読むか」本棚を何度も見ながらようやく取り出したのは、ある旅行ガイドブック。もう数年前の物だから情報は古い。「最近はネットでいくらでも入ってくるから、こういうの読まないんだが......」
 そう言いながらある国の紹介をしているガイドブックを開けた。「ああ、ここは行ったことがない国。想像で行った気分になろうと思っていたところだ」
 そう言いながらページをめくる達也。写真付きでいろいろなことが説明してある。「頭の中で旅気分でも想像するか。これも今ではネットで見たらなんだが」達也はそれでも同じガイドブックの別の国の紹介しているものを数冊見比べていた。

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「お、もうこんな時間だ」ガイドブックを読むのに没頭しすぎたのか、すでに夕方になっていた。外はまだ雨が降っている。「今日はどっちにせよ夜まで雨なんだ」その為だろうか? 外はいつもよりも暗くなっているのが早い。

「さて、夕ご飯でも作るか」達也は立ち上がり夕飯の準備。いつもなら適当に済ませるが「どうせ時間がある」という事で、冷蔵庫を漁って食事をとりだした。ネットも見られず暇だからと今夜は本格的に料理を作り始める。とはいえ不慣れなので。1時間もかからずにできるはずの料理が、2時間近くかかってしまった。
「おう、もう夜だな。テレビはどうだ」達也はテレビのチャンネルを合わせる。さすがに夜は昼間と違い、興味のある番組があった。達也はテレビを見ながらゆっくりと夕食を済ませていく。

「ふぁああ、さて寝るか。お、もうこんな時間だ」達也が時計を見ると午後11時50分。テレビでは夜のニュースが終わって深夜番組が始まっていた。「あと10分か、うん、よく頑張ったインターネット無しで」自分自身をほめる達也。ここで閉まっておいたスマホを持ってくる。
「日付が変われば電源を入れよう」達也は時計を見る。あと2分ほどでひづけがかわる見込み。だがこの時の時計の秒刻み加減がやけに長く感じる。心の中でカウントダウンをする達也。長く感じたが、ついに日付が変わる時が来た。「3、2、1、終わった!」思わず大声が出る達也。早速スマホの電源を入れる。電源を入れて画面が変わるまでの時間もいつも以上に長く感じている。
「こんなにネットに飢えているとは、恐るべき禁断症状だ」などと言っていたら、ついにスマホが使えるようになった。

 そしてネットがつながる。しかし達也はこの後しばらくして、もうネットを見ずに寝ることにした。なぜならば丸1日ネット絶ちをしたせいなのか、様々なところから異常なまでの通知が次々と連射。それを見ただけで、達也は思わずゲンナリしてしまい、見るのが嫌になった。

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