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major cleanup ~年末の風物詩の労働とその後に~

「年末年始のお店の勤務は? 魚たちの管理はどうするの?」「ああ、30日と31日は俺が担当で、年明け3が日は親方が管理することになっている」
「じゃあ29日まで」「そう、2日間は休みだな」個人の熱帯魚店に勤務している酒田洋平の年末の勤務予定を聞いた、パートナーで同棲している鶴岡春香。ここで嬉しそうに次の言葉を吐く。
「そしたらお願いなんだけど」「何?」
「今から大掃除しない?」「掃除!ああそうだな年末の風物詩だな。でも俺、水槽の掃除は得意だけど部屋は苦手だな」

「私、ハウスクリーニングのバイト経験があるから大丈夫よ」「あ、やってたって言ってたな」
 春香はそう言うと、そのまま奥に何かを取りに行った。洋平は部屋を見渡しながらつぶやく。「ふう、掃除か。でもこの部屋って結構古いよなあ。そろそろ別のところに引っ越しとかしたいけど、それってどうだろう。引っ越し費用とか、どのくらいかかるんだろう」
 洋平はまだ春香に伝えていないが、ひとりで不動産屋に張り出している物件情報を見つけるたびにスマホに抑えていた。その画像を見ながらため息をつく。

 数分後、上下とも青い作業着姿になった春香が戻ってきた。「お、お前ずいぶん本格的だな」「当たり前よ。この服はハウスクリーニング時代の名残よ」
 さらに軍手をしていて、その手にはクリーニングに必要な道具を大きな袋に詰めて持ってきている。「あの、俺掃除の素人だけど」
「大丈夫!言われるとおりにやって。まずは窓掃除」春香は洋平にクリーナーと専用の窓ふきクロスを渡した。

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「ふう、結局6時間かかったけど無事に終わったわね」「おお、疲れたな。本気を出して掃除をするとこんなに、きれいにすっきりするんだ。でも」「え、どうしたの?」やり切ったことでハイになっている春香の声は元気そのも。
「あ、あの床を手で拭いただろ。普段とは違う姿勢をしたからか足が痛いんだ」「え?」「ああ、よくわからないが、股のあたりから膝にかけて、この内側あたりかな」と言って該当部分を自分の右腕でさする。
「あ、それって大腿骨のあたりかしら。普段使わない筋肉ね」「うん、ここは使わんな。こりゃたぶん明日とか筋肉痛になりそうだ」洋平は少し辛そうに足を折り曲げながら胡坐をかく。

「もう、日が暮れかけているね」窓に視線を置く春香。「あ、本当だなあ一日が早い」洋平も同調した。

「そしたら、掃除の打ち上げに」「何?」 
 春香が立ち上がるとキッチンに向かう。1分もしないうちに持ってきたのは缶ビールとおつまみ。柿の種であった。
「労働の後の一杯は美味しいわよ」「そうだな。よし、きれいになって新年を迎えられそうだから、ささやかな打ち上げだ。乾杯しよう」

 こうしてプルタブを空けた缶ビール。透明グラスに、黄金色の液体が注がれる。缶から流れる黄金の液からは砂のように小さな炭酸の泡が上っていく。
  そしてその上には雲のような白い泡の層。春香は表面張力ぎりぎりまでビールを注いだ。
 ふたりは互いにグラスを傾けて完敗すると、グラスをすぐに口の前に。いつも飲むビールでも、この日はいつも以上に美味しい気がする。
 労働の後だからか、それともいつもの部屋が見違えるように部屋がきれいjになったからかもしれない。加えて喉の渇きもあったのだろう。
 口の中に含むと、一瞬泡からの苦みを感じた。冷たい液体が口の中の神経を冷やす。すぐにモルト由来とも割れる甘味あるコクと、鼻から通じるホップ由来の心地よいフレーバー。 
 そしてのどを潤すように細かい炭酸の刺激の感覚がする。それを飲み込むと、心地よい苦みが喉の奥から口の中に広がった。

「プファー。いやぁ、いいわあ。今日は特にビールがおいしい」「そうね」と言ってふたりは笑う。洋平はさっそく柿の種に腕を伸ばした。

「でもさ、掃除して分かったけどこの部屋も古くなったわね」「ああそうだな。これ築何十年のアパートだよ」「例えばさ、思い切って来年引っ越しとかいいかも」
「え!」洋平は含んだビールを口から吐き掛けて、慌てて飲み込んだ。そのため少しむせてせき込む。「う、ふぉ、フォ!」
「大丈夫」「ああ、多分。あ、いや。そうだね、フォ!」「ちょっと水持ってくる」春香は立ち上がった。

 まもなく洋平のせき込みは収まる。そのときふととスマホの画面を見た。そこにあるのは不動産屋で撮影した物件情報の画像。「マジで来年、考えようかなぁ」
 洋平はスマホを見ながら頭の中でつぶやくのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 341

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