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疑似生体・ホワイトタイガー 第731話・1.24

「本当に、生きているのとは違うのですね」タウン情報誌の記者である靖は目を見開いた。「ええ、事前にお渡しした資料の通りです。しかしそこまで驚かれるとは!」靖を見て思わず口元が緩むのは、担当者の修平。

「だ、だってですよ。これどう見ても今にも動きそうじゃないですか」靖がそう言って指をさしたのはホワイトタイガー。確かに生きているようにしか見えない雰囲気。外観としての毛つやとかそういうのはもちろん。見つめていると、今にもこちらに向かってきそうな表情。そして気のせいか、ボディの下の部分、つまり横隔膜が呼吸をするように定期的に動いているようにしか見えないのだ。

「いやいや、そこまで驚いていただき、誠に光栄でございます。そうなんですリアルに生きてはいませんが、リアルに生きているよう我々は作品を作りました」
 修平はそう語りながら胸を張る。

「ええ、素晴らしい! あの、私ですね、その生きていないと知っていても、いつ襲ってくるのかと思ってしまうくらいの殺気を感じて降りまして、この作品の完成度のすごさに、今本当にビビっています」靖が言う通り、足が小刻みに揺れているのが分かる。
「私どもは、希少価値の高い動物やかつてこの地球上に存在して絶滅した動物を、人工的に再現できないかというプロジェクトをもとに製作を続けております」修平はそう言いながら、ホワイトタイガーの前に立つと、タイガーの体を撫でる。それに反応したタイガーは心地よさそうな表情。思わず舌を出した。

「むむむ、いや、こんなリアリティな猛獣をそんなに気軽に」「どうぞ、触ってみてください」修平に言われるように靖は、ホワイトタイガーのボディーをゆっくりと触る。触り心地はより本物のような気がした。
 靖は猫を飼っているから、猫を撫でることが多い。大きさこそ違うが、その肌触りが飼っているいつもの猫とそっくりなのだ。
「うーん、触れば本当に、生きている生体にしか......信じられない」

「驚くかもしれませんが、レントゲンを撮れば一目瞭然です」修平はホワイトタイガーを撫で終えると改めて語りだす。
「このボディの中は、メカニックな機械を使い、精密に作りました。そして本物のホワイトタイガーの生態を完全に把握したうえで、その情報をインプットさせたAIを搭載しているわけです。ですから、動きは本物そのものですね」
「動きはもちろんですが、この肌触りが」靖は、繰り返しホワイトタイガーのボディーを触っていた。

「そうです。ボディについても本物にいかにリアルに近づけるかを考えました。実際の生体の肉についてはですね、その弾力性。これを数値上で算出したうえで、同じ弾力を持つ強化ゴムを採用しました。それから毛皮の部分もですね、今の時代本物の毛皮は使えませんから、類似のものから可能な限り本物に近いものを採用して肌触りも調整しましたね。実はここがいちばん大変でした。言ってみれば天然芝と人工芝の差のようなものがありましたから」

「いえいえ、もう天然芝ですよ、これは」靖はようやくホワイトタイガーに触れるのを止めた。
「さてと、あ、餌の時間になりましたね」修平は時計を確認するとスタッフに餌の指示を出す。
「餌って、本当ですか」「はい、そこまで再現するのです」と修平。
「事前資料には書いていませんが、ここだけの話として、この疑似生体を作った目的は動物園に納品するために開発しました」
「動物園!」靖は単純に驚いた。修平の話は続く。

「今や直接野生動物を捕まえるようなことができません。動物園内で誕生する生体を分けてもらう、あるいは貸してもらうというのが現状。そこで弊社としましては、特に人気を呼びそうな動物に関して、本物と可能な限り再現した疑似生体を動物園に納入し、そしてみんなに楽しんでもらおうというわけなんです」
「偽物が動物園に......」靖は修平の言っている事業に疑問を持った。なぜならば靖は動物園で動物の写真などを趣味で撮っているから。
「ハハハハハア、見事に驚かれましたな。最初はだれでもそうでしょう。でもこのホワイトタイガーのように。希少価値の高い動物はこれからはこういう疑似生体が活躍するのです」

「でも、それでは、まるで騙しているのは?」靖のひとことに、靖は口を開いて白い歯を見せながら首を横に振った。
「騙している? 確かにそうかもしれません。本当の生体ではないという意味ではね。だけど現実問題として、本物の生体かどうかを見分けるのは専門学者だけではないでしょうか? だってそうでしょう。パンダにせよコアラにせよ。もうガラスの檻の中にいて、基本的に見学者は触れないのですよ。
 それ以上に動物園のショップに売っている、ぬいぐるみで納得できるような人たち。そのものが貴重すぎて見られないよりも、たとえこのような疑似生命体でも、目の前で限りなく近いものが見られた方が、みんな喜ぶのです」

 修平の熱い語り。理解はできるが、やはり靖は納得できず頭を抱えるように視線を地面に向けた。それを見た修平は呆れかえったような表情をしながら。「まあ、始まったばかりですから、理解できないのは仕方がないでしょう。10年、20年たてば意味が分かると思います。さて、餌ですがもちろん本物ではありません。与えるといかにもおいしそうに食べますよ。早速やってみましょう」
 修平はそういうと、バケツに入った餌をホワイトタイガーの前に投げる。餌は見た目が血が混じったな生々しい肉。だがそれは本当の肉ではなく、合成樹脂を使って作られた疑似肉。単純に見た目がそう見えるだけ。ホワイトタイガーは美味しそうにそれを加えてかみ砕こうとする。

 ところがここで異変が起こった。ホワイトタイガーは突然口に含んだ肉を口から吐き出したのだ。
「あ、あれ」靖はその光景に驚いたが、もっと驚いたのは修平。「おい、プログラムがおかしいのか?ちゃんと食べるようになっているはずだ。おい」 
「こんなはずはない」と修平は再度餌を与えたが、ホワイトタイガーは見向きもしない。「どういうことだ!」

 冷静さを失った修平は慌てて疑似肉をホワイトタイガーの口に押し付けた。ところが、突然ホワイトタイガーが大きく吠えたかと思えば、疑似肉を再度口から外に出す。「おい!待てよ」真剣に興る修平。だがその直後に悲劇が起こる。「あ、ぎゃーああああああ!」なんと、ホワイトタイガーは、修平を鋭い牙を使って襲いはじめた。あわてて、ほかのスタッフが入り、修平とホワイトタイガーを引き離す。

 その一部始終に驚きながらも、ついつい撮影した靖。後で聞いたところによると、修平が疑似生体と言っていたホワイトタイガーは、どういうわけか本物であった。疑似生体を作るために本物を連れてきたのだが、どこかで本物と疑似生体が入れ替わり、何も知らない修平が襲われたということ。

 ちなみに靖は猫を飼っていたことが幸いしたようだ。あんなに長期間、撫でてもホワイトタイガーは、ご機嫌だったから。


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シリーズ 日々掌編短編小説 730/1000

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