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女性ドライバーと行く世界観光 第613話・9.27

「観光案内所があるわ。聞いてみようかしら」私は旅をしている。ただし目的のない旅。失恋し会社を辞めた。よくありがちだが社内恋愛をした上司に妻子があるというやつ。結局不倫だったけど、私は遊ばれて終わった。

 だからすべてが嫌になりあっさりと会社を辞めてやった。元々多趣味でもないし、デートでは全部おごってもらった。だから今まであまりお金を使わず貯金だけはある。そこでいったん人生をリセットしようと言うことで、旅に出た。特に行き先を決めずに、そのときの気分で列車やバスに乗り、そして気分次第で途中下車をする。

 こうして到着したとある駅。ここはあまり大きな町ではない。そもそも降り立つまで知らなかった町。一体何があるのかわからない。でもせっかく来たから観光がしたくなった。「今更ガイドブックで調べるのもね」などと思っていたら見つけた観光案内所。
 私は中に入った。観光案内所と言ってもよくあるインフォメーションセンターとはやや違うようだ。「すみません」私が声をかけると頭が光っている男性がカウンターの下から現れた。
「あのう、この街のおススメの観光スポットとかありますか」男性は蛍光灯の電気が反射している光り輝いた頭に手を置きながら。
「それなら、ドライバーをチャーターした方が良い。この街から観光地は遠いし、バス便もあまりない」と言い出した。

「ドライバーをチャーターって、タクシーの貸し切り?」「そう、ああそんなに高くない。そうだ。すぐに来るからそこで待ってなさい」と一方的に話をして、奥に入ってしまった。
「チャーターね。まあいいか」
 やがて男性はひとりの女性を連れてきた。「こちら女性のドライバーさんだ。彼女はこの町のことを知っている。今からなら夕方まで十分回れるところがあるだろう」
 見ると大人しそうなショートカットの女性。でも職人っぽいところがあり確かに観光案内が得意そうだ。私は、ここまでやってもらったこともあるので、この日は女性ドライバーに町の観光をお願いすることにした。

 ドライバーと観光案内所の建物を出ると一台のタクシーが止まっている。「これに乗ってください」とのこと。私は後部座席に乗ると、女性はエンジンをかけて車を軽快に走らせた。

「この町は初めてですか?」女性ドライバーが話しかけてくる。「はい、行き当たりばったりできたもので、何も調べていなくて」私は正直に伝えた。すると「わかりました。それなら穴場の観光スポットに行きましょう」と言ってくる。私はそもそも何もわからないから、ドライバーに任せることにした。



 車は途中まで一般的な片道1車線の道を走っていたが、途中で右折。すると突然対向車線のない小さな道に入っていく。気がつけば両側に高い木が生い茂っていた。「山の中に入るのかしら?」
 私はわからないから余計なことを言わない。ただ山の中に向かっているということは、タクシーをチャーターしないといけないところなのは、間違いない。

 さらにうっそうとした森の中を車が走る。この辺りまで来ると舗装された道が所々に穴が開いているらしく、車体が揺れだす。まるでどこか途上国の道を走っているかのよう。そしてまだ昼間のはずなのに、周りは完全に暗くなっていた。「ち、ちょっと。ドライバーさん。どこに行くんですか?」
 私は少し不安になったのでドライバーに話しかける。しかしドライバーは無言のまま。

「あ、あのう! すみません。どこに行くのですか!」私は大声を出した。 
 ここでようやく口を開いたドライバー「それは今からのお楽しみです」としか言わない。「え、ちょっと?」私はさらに大声を出す。実はこのとき嫌な予感がした。周りは暗闇だし、女性の声が最初のときと違って、少ししわがれたように聞こえる。「これって、心霊的な何か?」私は恐怖を感じた。

「今更降ろされても......」私はどうなるのか不安でたまらない。だが突然周りの風景が明るくなった。「え?」私は外を見ると美しい風景が広がっている。道もいつの間にか、きれいに舗装されたようなところを走っていた。左手には海が見えてくる。どこか南国のような強い日差し。「へえ、まるで沖縄みたいね」エメラルドグリーンの広がっている海を眺めていたが、突然今度は町中になる。アスファルトではなく石畳の道。また車体が揺れる。上を見ると中世のヨーロッパあのような世界。
「ヨーロッパに来たみたい。テーマパークかしら」と、私が言っていると、目の前の大聖堂のようなところに車が突っ込む。「ちょっと、ドライバーさん。前!」私が言ったときには、すでに大聖堂に車が!

 突然の暗闇が襲ったが、車に何の衝撃もない。10秒くらいでまた明るくなった。今度は一面が砂だけの世界。遠くに山が見えるがその山も砂でできたかのよう。「こ。今度は砂漠? ええ」そう言えば車内の温度がどんどん高くなってきた気がする。だが車が走っているの道は固くなっていて、走行に違和感がない。やがて見えてきたのは岩。その岩をくりぬいたようなものが見える。住宅地なのだろうか?
 車が岩の地帯を走る。すると突然坂を上った。「え、どこに」すると坂の先が見えない。「まさか!」私は嫌なことを予感すると本当にそうなる。車は宙を浮いた。「ああああ!」そして急落下。私は動体視力を失った。体が下に向けて急激に下がっていく。まるで絶叫マシーン乗ったかのよう。

「あれ、下に落ちたが衝撃がない。何事もなく車が走っていた。今度はどこかのジャングル地帯のようなところを走っている。走行に障害が多そうだが、車の影響は皆無。窓からは見たこともないようなカラフルな鳥が声を出して、大声で鳴いている。また遠くから猛獣の影も見えた。
「あ!」油断をしたらまた一瞬暗くなる。今度は急に車内の温度が低くなっていた。「ちょっと寒い」私は震えだす。恐る恐る外を見ると、一面雪の世界。「......」私はもう言葉が出ない。訳が分からないパラレルワールドだ。一体どうなっているのか、本当におかしな世界に紛れ込んだのか?

ーーーーーー

「お客さん、駅に戻ってきましたよ」しばらく意識がなくなっていたようで、私が気付くと後部座席で眠っていた。見ると最初に車に乗った観光案内所の前。
「あ、き、今日はありがとうございました」と言って私は席を降りる。そして当初言われた金額を、釣銭無しで女性ドライバーに渡すと「じゃあ」と言って、彼女と離れすぐにこの日の宿を探す。
「え、あ!」ドライバーの様子がおかしい。私が振り返ると「あの、よく眠っておられたので、じ、実は」というが、そのとき、ふたりの間に大型トラックが土煙を噴かせて間を走ってきた。

「うぇっ」私は土埃が激しいのですぐに顔を反対に向けて、そのまま歩いて行く。「一期一会だし、いいか」私はもう振り返ることはなかった。
「あのとき女性ドライバーは、何を言いたかったのだろう」駅近くのホテルにチェックインし、部屋についてしばらくしてから私は疑問に感じる。
 だがもうどうでも良かった。あの不思議な世界旅行のような観光体験は、旅に行く前の嫌な空気を飛ばしてくれたような良い気晴らしになったのだから。


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シリーズ 日々掌編短編小説 613/1000

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