このデザインが好き 第1126話・3.9
「いったいどう表現してよいのか」このあの日以降、俺は必ずメモに取った。メモといっても文章ではなく落書きのようなものだ。それは何か、あの日からよく見る不思議な文様のこと。
「あのデザインは気になる。好きだ」初めて見たときにそう思った。思ったが、何しろ夢の中の話。とにかく起きた瞬間に鮮明に残ったあの文様の記憶、覚めぬうちに書いてみた。だが俺はデザイナーでも絵描きでもないから、うまく書けない。結局よくわからない落書きを一枚書いて最初は終わった。
この夢で出てくるデザインは毎日は出てこない。数日に一度は出てくるものだ。次出てきた時「ああ」とすぐにわかったからメモに取った。やはり落書きで正しいかどうかは微妙。
「前回書いたのと比較しよう」と見比べてみたが、全く別物のように描かれている。「確かにあの時見たのと同じだったのに」俺の頭の中では同じものであっても、メモにアウトプットした瞬間がこのありさま。残念ながら絵を描く能力か記憶力が弱いかどちらかでこうなってしまう。
それから数日後3回目にも見た。同じことを繰り返す。終わってから見比べる。やはり違う。「うん？近づいたのか」と、俺は思った。どうも1枚目と2枚目の絵の中間のような気がしたのだ。
「次見たらまた近づくかな」このころから俺は、夢で出てくるデザインを無性に見たくなってしまう。
だがそう思うとなかなか見ないもの。数日見ることはなかったが、あきらめかけたころ、そのデザインを見た。
「やったあ！」俺は思わず喜ぶと、メモに取る。「だんだん記憶が残っているような気がする」確かに鮮明度が上がっているような気がした。さてどれに近いかと思って見比べるが、以前に書いたどれと比べても全く違うものになっている。
「ど、どうなっているんだ」俺は思わず声を荒げた。見るたびに鮮明になっているデザインなのに、いざ書くと違うものになっている気がしている。こんなにも俺は絵心がないというのか！
「もっと絵のうまい人に」と思っても俺の夢で見る絵を他人に書かせるのは不可能だ。となれば自分で絵を上達させるしかない。
「習うより慣れろだ」俺は、絵を独学で学ぶことにした。俺の場合あまりうまい絵、デッサンやらスケッチやらそういうことよりも、頭で浮かんだイメージを絵にすることが大事である。そこで俺は考えた。あるものを長時間見つめて頭の中に焼き付ける。それからその焼き付けたイメージを思い出して描いてみることにしたのだ。
こうして俺は始めた。最初はうまく描けないが、慣れとは大したもの。少しずつではあるが、記憶でイメージしたものが描けるようになる。見比べると、少しずつであるが上達してるではないか。俺は自信を深めた。「次あの好きなデザインが頭に浮かべば再現できる」と。
ところが、意識するとだめなのだ。以前もあったがそれから出てこない。俺が絵を描く練習を始めた前の日の夜以降、デザインが出てこなくなった。出てこない以上、描きたくても描けないのだ。
「あれから10日、くそッ」俺はいらだった。せっかくイメージが再現できるような絵が描けようとしているのに...…。俺は夢で見られないことでいら立ちを持ったが、それを払しょくしようと練習を怠らなかった。その結果、最初に始めたころと比べて非常に元の形に近いものになっている。俺はいつしかイメージで絵が描けるようになったのだ。
「あ！」ある日の朝方、俺は思わず飛び起きた。そして慌てて描き始める。そう、あのデザインが夢の中で出てきたのだ。俺は練習によりどうすればより近い絵になるか習得していた。結局無心になることである。頭の中をそのイメージ以外のもの、雑念を省く。そして一気に手を動かす。頭の中に入り込むいろんな雑念や余計なもの、様々な情報伝達が無意識に働いて支配しようとしている。俺は頭の中が支配下に置かれるまでのわずかな時間にかけた。とにかく筆を動かす。無心に何も考えずに...…。
「で、できた」ついに俺は書き終わった。それを見ると夢で見たイメージが消えずに残っている。そしてそのイメージに非常に近いデザインの文様がそこにあった。「やったああ！」俺は思わず声に出して喜んだ。初めて見たときから気になったデザイン。夢の中から現実世界へのアウトプットが成功した。
「うん、やっぱりこのデザインは好き」俺は改めて現実世界で見るデザインを好きだと確信する。だが、問題というほどではないが「これは...…」俺は好きなデザインを見ながら「何かに生かせないかな」と思った。
デザインの経験もそういう伝手もないのにどうやって...…。俺は新しい悩みを抱えることになるようだ。
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