散歩日記 第1116話・2.23
「決まったな。そうしよう」こうして激しい議論が交わされたが、一応合意にこぎつけける。会議が終わったらすでに夜になっていたので、そのまま帰宅の準備をした。「思ったよりも議論が進んだな」納得がいく成果にホッとする。だが時計を見るとそれなりの時間が過ぎていた。「ああ、間に合わなかったか」思わず大きなため息が出てしまう。
実はこの場所から最寄り駅まではバスで移動する。バスで移動すること15分で駅に到着してから電車に乗るのだ。バス停はすぐ目の前にあるのだが、バス停の前にきてもう一度肩を落とす。予想通りだが残念なことにバスの最終が終わっていた。
「まだこんな時間なのに」思わず愚痴るが仕方がない。昼間なら30分に一本あるこのバス路線の最終は早かった。といっても電車の最終までには十分な時間があるので、帰られないということはない。ただ問題はどうするか？この近くには流しのタクシーが多かった。つまりバスの最終が早いから、乗り遅れた客を狙っているわけである。
「タクシーだと早いけどな」そう思ったが、ちょうど給料前ということもあり節約したかったのだ。「歩いて1時間かかるとして、やっぱり歩こう」あきらめて歩いて駅を目指すことにした。
幸いなのはここは平たんな道である。だから坂道でへばることはない。舗装された道を淡々と歩く。バスならあっという間に過ぎる建物の前を通過するのに歩くとなればやはり時間がかかる。「たまにはいいか」と、思いながら歩く。ただ歩いていると退屈だから頭の中でいろいろ想像しようとなる。
明日は休みであった。「さて休みに何しようか？」と考えてみる。明日は特に予定がない。おそらく昼前まで横たわっていて、適当にテレビを見る。あるいは近所に買い物を兼ねた散歩くらいは行くかもしれない。だけどこれと言って予定がなかった。連休ならどこか遠出してもよかったが、一日しか休みがないし、そんな気力はなかったのだ。
「ま、明日のことは明日考えよう」と思っていたら、このルートで最大の難関に達した。基本は平たん道だが唯一上り坂がある。実はこの先には幅の広い運河が流れていた。その運河は水面から高いところに橋があり、船が通行できるようになっている。だからこの上り坂だけは歩かなけばならない。
「このくらい我慢しよう」そう心に思いながら歩く。明らかに上向いた道路。階段よりはましかもしれないが、やはり体に負担になる。その横の車道を何事もなく走って通過していく乗用車。
「バスに乗っていたら全く感じないのにな」そんなことを思いながら坂を上る。大変だが必ず終わりがあると言い聞かせて。そうすれば徐々にピークらしきものがみえてきた。あそこまで登れば、あとは平たんな道の橋で運河を渡り、残りは下りなのだ。
「あれ？」坂は登り切った。だが裏切られる。先ほどよりは傾斜は緩いがこの橋は中心部分が少し高くなっているようだ。普段バスに乗っていると気づかないレベル。もう平坦だと思い込んでいたから、わずかな坂でも気持ちが萎える。だけどもうどうしようもないこの橋を渡れば、駅まであとわずかだ。
気力を振り絞るというのは言い過ぎだが、足を引きずるようにして橋の真ん中に来た。「あとは下るだけか」明らかに下りになっているその先を見てようやく気持ちにゆとりが出る。ゆとりが出ると不思議なもの。それまで前に進むことしか考えていなかったのに、ふと風景が見たくなった。端から見える運河の様子。すでに空は暗いが運河の周りの建物には電気がついている。もちろん橋にも街灯がある。
すると一隻の小型船が橋に向かってきた。そのままエンジン音を鳴らしながら橋をくぐっていく。船が通り過ぎた後は、船のスクリューが攪拌したであろうと思われる跡、夜でもわかる白い泡のようになっている水の跡が見えた。
「バスに乗っていたら気づかない光景か」そんなことを思いながら1・2分の休憩は終わり、坂道を下るように降りていく。下りは思った通りだ。上りと比べて楽である。少し休憩したこともあって無意識に捕捉が上がっていた。あっという間で緩やかな坂を下りながら橋の反対方向に到着。だがこの時少しがっかり。最初のぼるときは車道と並行してスロープ状になっていた歩道が、こちら側はらせん状の階段になっていた。「面倒だなあ」と思いながら階段を下る。階段を降りきってから前進した。車道は高いところにあるし、時間が時間だけにほとんど人気もない。少し不気味な中を駅に向かって歩いくのだ。
やがて車道と合流し、交差点に赤信号の前に立っていると、急に気力がみなぎった。目指すべき駅が見えたからだ。「あとわずか」心躍るような気持ちで青信号を渡り、数分で駅の前に来た。
「50分で到着か。頑張ったな」こうして自分自身を褒めると、そのま駅の改札に吸い込まれていくのだった。
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