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重力反転 第859話・6.1

 1万光年先にあるドルーワ星とのファーストコンタクトから10年。いよいよ我が星の主席大統領がドルーワ星に星賓として訪問することが決まった。その前段階として準備委員会の訪問団が、ドルーワ星に行くことになる。
 だがややこしいことに、その訪問団の前段階として、上級宇宙飛行士のイナダ中佐の一隊が、事前調査ということでドルーワ星に向かって出発した。星を案内するのは、ドルーワ星人のキデヒ中佐である。

 ドルーワ星の手前にある衛星カリメアでふたりは対面した。ここはドルーワ星領の星である。
「ようこそ、我が星に。さっそく本星へ。我が艦船が先導しますので」キデヒは、見た目はイナダと変わらない皮膚の色、髪の色をしている。言葉は微妙に違うが、この時代翻訳機で同時通訳するので問題はない。

 航行を開始して2時間、目の前に青い星が見えてきた。「隊長!あれがドルーワ星です」部下の隊員からの声。イナダは「我が星に似ているな」と誰にも聞こえない声でつぶやいた。

やがて星に近づく。「そのままついてきてください」とキデヒからの電信。前方のキデヒが乗っている宇宙船の後をそのままついていく。「海にそのまま向かって居ます!」と別の部下からの声。
「そのまま落下するのか......」イナダの口から唸るような声が漏れ出る。普通は海でできた島であってもそこに大陸があり、その陸地にある飛行場のようなところに着陸するもの。よく考えればこの星に大陸が見えない。よくよく見れば、わずかに島らしきものがあるが、どれも本当に小さい。

「突入します」「全員身構えろ!」イナダ隊の乗る船は、大気圏突入後、そのまま海の中に突入した。前方のキデヒの乗っている船は、どんどん水中深くに入っていく。「隊長!海底に都市があるのでしょうか?」「うーむ、確かに我が星や先ほどのカリメア星とは構造が違うとは言っていたが......」
「隊長、水底が空洞のようです」「今、海中から外に出る見込み」次々と入ってくる部下たちの報告。宇宙飛行士歴が長く、今では中佐として一隊を任されているイナダの経験でも初めて見る構造だ。

 水から出ると、その上には乾いた陸地が見える。と、キデヒの船は、角度を変え、海面を航行し始めた。
「どういうことだ、重力に逆らっている」宇宙空間から海に突入し、その下に空洞がある。空洞の下に陸地が見えるのだが、陸地から見れば海が空に浮かんでいるかのような状況。その水面の上を航行しているのだから、これではまるで船をさかさまにして航行していることになる。「一同着席、シートベルト着用し落下に注意せよ」
「不思議です。重力的には問題ありません」「何?どういう事だ!」イナダは思わず大声を張り上げる。
「わかりません。でもあの陸地の方が空にあって、海側が下になっているのです」
 ありえないことが起こっている。普通は星の中心に向かって引力がかかるのに、これは逆転しているではないか。星の中心からの引力がなく、むしろ天に浮いている海側に重力がかかっているのだ。

「海上、いや海下かもしれませんが、陸のようなものが見えてきました」「キデヒ大佐より、まもなく港に着陸するとのこと」

 こうしてようやくドルーワ星の着陸港に到着した。そのまま降り立ったが、やはり重力がイメージしているのと逆転している。空には陸の塊が全体を覆っているから薄暗い夜のような空間。ただ街中は異常なまでに明るく、照明により煌々と照らされていた。

「驚かれましたね」空港内の応接室に案内されて開口一番、キデヒ大佐はそういった。
「え、さすがに、常識ではその......」目を大きく見開いて答えるイナダ。キデヒは口元を少し緩ませると、この星の特異性について語り始めた。

「今から200年くらい前までは一般的な重力バランスの星と同じだったそうです。だが異変の起こる15年前くらいから予兆があり、星内部の重力がどんどん軽くなっていったのです。そして100年前に突然星の重力バランスが逆転し、標高3000メートル地点が最大に引力が強い場所になりました」
「え!」イナダは思わず手に持っていたお茶の湯のみを落としかけたが、慌ててもう片方の手で押さえ、事なきを得る。
「その結果、普通に地表にあった海はすべて標高3000メートル地点に吸い取られ、多くの物や人もそこに吸い取られました。つまりこの裏海面は標高2000メートル地点になります」
「ということは、あの陸地は2000メートル先に」イナダの問いにキデヒは小さくうなづく。
「海は上空3000メートル地点を中心に前後1000メートルありますから、上空に2000メートルの海の層ができました。表海面になる部分は標高4000メートル地点ですが、それよりも高い山があったので今では島となっています」キヒデが言っているのは、確かに海中に入るまで見えていた小さな島の事だろう。

「でも、ど、どうしてですか?」イナダは理由を正すが、キデヒは首を横に振り「科学者たちが必死に解明しようとしていますが、根本的な原因はいまだにわかりません。ただこの不思議な現象で、200万年前に星の人口の半分は死亡したそうです」
「ええ! 急激に逆転したのに死者が半分で済んだのですか?」イナダは思わず大声を出し、かつその声が高めに裏返った。
「ええ、ある程度そうなることが予想され、いろいろと対策されていたので、半数の人は生き残りました。重力が逆転した以上、それまでの生活が無理ですから、標高2000メートルの裏海面に人工物、町を次々と建築したのです。こうして今から100年ほど前には完全に裏海面での生活がメインとなりました。今は海中を経由して表海面に照らし出す、恒星からのエネルギーを集めることで生活が成り立っています」

「今はあの元々の場所には」イナダは窓から見える地表を指さした。本来の地表が天にあるという異常現象。
「それは今からご案内しようと思っています。我が先祖が住んでいた場所の多くは遺跡として残っていますね。それからこの街の先には陸続きになっていることがあります。厳密にいえばかつては標高の高い山だったのですが」

「そういう事か」イナダは頭の中が混乱しながら整理をする。つまり標高の高い山は彼らの言う裏海面まで達していた。そこを中心に海面に次々と人工物を作って街を広げていく。山は逆になってはいるが、かつての地表面とは陸つづきなのだ。

 こうしてイナダは、最少人数の隊員だけをつれて、キデヒとともにかつての地表面に向かった。山には大昔に開かれた登山道はあるそうだが、重力が逆転しているので実質的には使えない。今ではエレベーターを山に貼り付けるように設置して、地表に下降する。だが実際には上昇するようなイメージ。
 地表部分には重力が逆転してから改良されたオールドタウンと呼ばれている町がまだ多く残っていた。かたくなに地表に残って生活を続けたいという一部の保守層や、興味本位で移住してきている人が生活している。また捨て去られた町も多く、そこは遺跡となっていた。

「ここが元々天井だったそうですから不思議ですね」地表面のオールドタウンに到着。キデヒは、200年以上前からあるという古い家を案内してくれた。そこはかつて屋根とか天井だったところが床となり、そこを土足で歩く。確かに床なのに見た目は天井のように見え、おそらくかつては照明をぶら下げていたであろう跡すら残っている。
 隊員のひとりが、いつの間にか窓を開けて外を見ていた。それに気づいたキヒデは血相を変える。「早く閉めてください!危険です」と警告。ところが慌てた隊員は、手にしていた置物の手を離してしまう。
「あ!」「ああああ」キヒデをはじめとしたイナダの隊員たちは、遥か下に見える裏海面に向かって落ちていく置物のグラスを黙って眺める。
 その横でイナダだけは奇妙なことをしていた。逆立ちをしてそれを見る。「本当は天に上がっていくイメージなんだろうなあ」とつぶやいた。


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