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私の推しキャラ 第1004話・10.25

「そうか、お前の言う通りかもな」という吹き出しが付いた、ウサギのキャラクターを眺めながら小さくつぶやくのは霜月もみじ。「キャラクターねえ。私はキャラクターで推せるものなんてあるかなぁ」
 もみじが見ているのは、とある公募の募集要項である。しばらく眺めていたがやがて複雑な表情をしたまま腕を組む。この公募は「好きなキャラクターをひとつえらび、なぜ好きなのか、そのキャラクターへの愛を訴える」という内容。応募者の中から抽選で素敵な商品がもらえるというのだ。

 最初は気軽に応募して、運よく商品が貰えればラッキーと思っていたもみじであったが、いざ自分にとってそういう愛すべきキャラクターがいるかどうかの段階になって、意外に見つからない。
「ジャンルも世代も関係なしだから、好きなキャラクターはいくつかいると思うけど、愛を訴えるほど推しキャラなんていないなあ」

 募集要項ではあと1週間はある。「あの人に聞いてみよう」もみじは夫の秋夫が仕事から帰ってきたら、推しキャラがいないか聞いてみることにした。

ーーーーー

「おかえりなさい!」元気に夫を迎えるもみじ。「いやあ、急に寒くなったなあ。いよいよ秋が深まり冬になるな」と秋夫はゆっくりと入ってきた。
「何言ってるの、11月はどう考えても私たちの月よ。あと一週間ほどかと思うとちょっと楽しみね」と、もみじは話を合わせるが、心の中では昼間迷っていた推しキャラのことで頭がいっぱいだ。
「ねえ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」さりげなく話題をかえようとするもみじ、だが秋夫は「あ、そうそう、今度の祝日仕事になったよ」と自分の話をする。
「え、文化の日仕事なの!」「うん、どうしてもその日は出ることになった。あ、もちろん土日は休みだから」

 それを聞いたもみじはちょっとがっかりした。霜月家にとって11月は特別な月である。だからお出かけするのも11月が多い。にもかかわらず貴重なやすみの一日が出勤になるのは、いくら会社の業務的な都合とはいえ内心穏やかではない。

 明らかに気落ちしているもみじ。「まあ、しょうがないよ。こうなったら12月最初の土日、2日か3日を、今年だけ11月31日とみなせばさ」
 秋夫は一見意味のわからないことを言っているようだが、それはもみじにとっては良く理解できる。「う、うん、わかった」と返すと、思い出す。「あ、あれ、あの話」
「どうした、あの話って」秋夫が聞き返したが、先ほどの件ですっかり忘れてしまったもみじ「え、えっと」
「なんだ、忘れたのか。そうだ、今日お土産があるんだ」秋夫はカバンから何かを取り出した。それは顔の書いているお饅頭がいくつか入っている。

「なにかさ、うちの会社が扱っている商品なんだけど、顔に傷がついたとかで、ひとつのロットがアウトになったんだって。でも顔の傷以外は問題ないんで、捨てるのもったいないからと、社長の指示で社員全員で分け合うことになったというわけだ」
 そういいながら、リビングに入ったふたり。テーブルの前に座るとまんじゅうをひとつもみじに手渡す。もみじがまんじゅうにくるまれているパッケージを開けると、確かに何らかのキャラクターの顔が出てきた。そしてそのキャラクターの顔に傷のような線が入っている。
「うん、ねえ、このキャラクターって何て名前なの」
「えっと、それは、なんだっけ。俺のところとは部署が違うからなあ。あるクライアントの依頼で作ったらしいんだが、えっと......」
 もみじはそのキャラクターをじっくりと見る。顔に大きな傷がついているのに笑っているキャラクター、それを見たもみじはなんとなく哀れに感じ始めた。
「ねえ、これ私たちの推しキャラにしない」もみじの一言に秋夫は何のことか全く理解できず大きく目を見開いた。

「え!おまえ、急になんだそれ? 何で、これが俺たちのキャラクターなんだ?ていうか、推しキャラってなんだそれは!」
「あ、ごめん、話が完全にぶっ飛んでいるわね」もみじは口を緩めて舌を出す。そのあと秋夫に昼間の公募で「私の推しキャラ」を応募しようとしていた話をした。

「そういうことか、で、これが私の推しキャラか」秋夫は笑いながら、まんじゅうを手に取る。秋夫はもみじと違い、キャラクターを見ても特に感情的なものは何も浮かばない。
「でも、これってクライアントさんのキャラクターだし、そもそも名前何だっけ、それも知らないのに推しキャラと言われてもな」
「やっぱりダメかあ」もみじはもう一度まんじゅうを見る。「本来の顔と違って傷が入ってしまった。だからメジャーな立場から降ろされてしまう。だけどこうやってある家族に愛されたとか」
 半ば自分の世界に入っているもみじにあきれ返ったのか、秋夫は立ち上がると隣の部屋に行った。

「あ、ありゃりゃ、あっち行っちゃった。やっぱダメかこれを推しキャラにするのは」もみじは、まんじゅうをもう一度眺めた。しばらくすると秋夫が戻ってきたが、娘の楓と一緒だ。そのうえ楓はスケッチブックとクレヨンを手にしている。
「そのまんじゅうの顔だが、楓に描いてもらおう。楓により恐らく全く違うキャラクターになるかもしれない。それをわが家の推しキャラしたらどうだろうか?」

 秋夫なりに考えてくれたようだ。もみじは「面白い!」と即答。すでに楓が顔に傷が入ったまんじゅうをしばらく真顔で眺めている。そのあと、突然クレヨンで何か書き始めた。

 10分くらいしてから「できたア!」と元気な楓の声。ふたりは早速スケッチブックの顔を見る。「た、確かにこれは」「別物だな。これならクライアントのとは明らかに違うキャラだから大丈夫だろう」
「でもう、これって名前は何かしらね」「そりゃ、これを作った楓に聞いてみよう。楓、これなんて名前だ?」

 秋夫に続いてもみじも楓を見た。楓はしばらく下を向いたまま考えるそぶりをしたが突然。「キズキズマン!」と大声で叫んだ。
 それを聞いたもみじ「キズキズマンね。忘れないうちに」と立ち上がり、応募用紙を探しに行くのだった。

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シリーズ 日々掌編短編小説 1004/1000

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