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石廊崎と御前崎 第983話・10.4

「熱海には、映えるブランコがあるって雑誌に書いていたんだけど......」助手席に座っている木島優花は不満そうにつぶやいた。
 横にいるのは交際相手の太田健太。今日はふたりの仕事の休みを合わせて一緒に旅に出ている。
「だって、熱海は去年行ったぞ。日本は広い、静岡も広いんだ」健太はそう言いながらハンドルを握っていた。

 今回はレンタカーで都内から移動している。ふたりが最初に来たのは伊豆半島の最南端にある石廊崎であった。
「ここが一番南側の駐車場だな」前日に伊豆下田で一泊したふたりは、朝一番に伊豆半島最南端の石廊崎を目指す。
「石畳の道か、あるきゃすいな」健太はそう言いながら先にどんどんと歩いていく。「そんなに急がないでよ!」健太が先に行くから戸惑う優花。
「行っただろう。ここからがもうひとつのところまで今日は行くんだって」
 そう言って健太は石廊崎の灯台に到着した。岬の先端には灯台があり、通常はその先は断崖絶壁であることが多い。だがここは違ったようだ。「まだ先があるぞ」健太は横の道を降りて行った。

 横の道を降りると、岩の穴に入り込んだような社がある。「これが石室神社か」ガイドブックで予習していた健太は息をのむようにつぶやく。岬にあって波により激しく浸食された岩の中に建築された社は、ある種異様である。さらに熊野神社とよばれる小さな祠が、この先の本当に南側にあった。
「ここが本当の最南端か」岩場の先に見える海、伊豆半島最南端の風景は自然と旅を満喫した気分になる。
 先ほどまでやや不満だった優花も途端に機嫌がおさまった。だが健太はここに来た本当の理由は別にある。それはてっきり石廊崎が静岡県の最南端とばかり思っていたのに、ここよりさらに南の地点が静岡にあったということだ。

「ここからそこに向かうのが今日の目的」健太はもう一度海を見た。静岡県の本当の最南端、御前崎に今から向かうのだ。「計算するとここから4時間強か、遠いなあ」駐車場の車の間に戻った健太は時計を見ながら息を出す。「太田君、無理しちゃだめよ」「わかっているよ。優花、俺は安全運転を心がけているだろ」
 健太はそう言いながら車のエンジンを動かした。

 こうして車は伊豆半島を北上する。計算上ではこのルートよりも早く御前崎方面に蹴る道があるようだが、「多少時間がかかっても風景ファーストだ」と、健太と優花は意見が一致している。できるだけ海岸線の道沿いに北方向に走った。

 やがて伊豆半島のつけ根辺りまで来ると町が開け始める。「沼津か」一言つぶやく健太。沼津までの道は結構曲がりくねったところが多かったが、ここからは駿河湾を南側に見ながら比較的まっすぐな道になっている。
 健太は少しアクセルを吹かせた。車は先ほどよりもはるかに速く走りだしている。

  車は田子の浦、由比といったところを走り、やがて清水に到着した。「ねえ、せっかくだから」と優花は寄り道を希望する。「三保松原か。いいだろう」健太も反対せず、いったん道を御前崎とは反対方向を走った。

「うぁあ、富士山がきれい」三保松原に到着した優香は思わず歓声を上げる。絵に描いたような青いボディとその上に白い帽子のような万年雪を見せる富士山の姿は感動もの。優花は思わずスマホを傾ける。
 その横で健太は時計を見た。「そうか今は午後2時過ぎか。3時半にはつけるかな」
 途中で購入したおにぎりを食べながら三保松原で30分くらい過ごすと、健太は再びハンドルを握る。

 車は駿河湾沿いに西に走っていく。日本平や久能山、静岡市内の中心部の南側を走る。やがて焼津を過ぎ、大井川を越えた。ここまでくれば御前崎まであと一息だ。「付け根まで来て西に向かっているように見えるのに、伊豆半島の先端より南なんて信じられないな」健太は頭の中でそう考えながらハンドルを握る。やがて国道沿いに海が見えてきた。助手席の優花は、駿河湾の絶景を撮影しながら過ごしている。

「御前崎の灯台はっと、どこ」健太は地図で御前崎の位置を確かめた。そして御前崎灯台と御前崎海岸のすぐ横にある駐車場に車を停める。健太は時刻を見た。午後4時前だ。予定より30分近く遅れたが、無事に御前崎に到着した。

「なんと対照的だ」健太は静岡の最南端とされる御前崎海岸を歩きながら不思議な感動を覚える。御前崎海岸という砂浜が広がっており、道路を挟んだ高台に灯台があった。
「岬のイメージとは違う」と声に出して呟く。「でも、海が近い方が私は好きかな」と優花はしゃがみ込んで打ち寄せる波を手で触りながら、海水の冷たさを確認していた。

「まあ、おかげで伊豆半島より南に来たんだ。優花、今日は俺のわがままで悪かったな」それを聞いた優花は首を横に振る。
「いいわよ。太田君が喜んでくれたら私」と言って健太に体を寄せていく。夕暮れどきのためか、人影があまりない。こうして健太と優花はしばらくふたりだけの世界に入るのだった。

 

 



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シリーズ 日々掌編短編小説 983/1000

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