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おうち時間を工夫で楽しく 第1117話・2.24

「あとわずか」心躍るような気持ちで体を洗いあっている。同居しているいつもの3匹はこうして仲が良かった。おうち時間を工夫して楽しく過ごす3匹は、風呂ひとつとっても楽しくて仕方がない。

だが、今日はいつもと少し違う。なぜならば先頭の1匹がゲストのような存在に対して洗っているからだ。なぜこのようなことになったのか、それはもともと、いつものように風呂に入ろうとしたとき、先頭に座ることになった1匹が何気ない疑問を思ったことから始まった。

「いつも先頭にいるものは、手を使わなくて洗うこと、何もしなくてもいいことはいかがなものかな?」と、突然いいだしたのだ。
 もちろん毎回同じ順番に並んでいるわけでないから、いつも同じ1匹が先頭にいるわけではない。だが今回先頭になった1匹はどうも手を動かさずに背中や頭を流してもらうという行為には物足りなさを感じていた。だから先頭だとしても自ら手を動かしたいと言い出したのだ。

「だけど、最後方は手を動かすだけで、誰にも背中こすってもらえないし」今回、後方の1匹はそういった。確かにそうだ。先頭は手を動かさなくてもよいが後方の1匹は最初に背中に泡をつけてもらえるが、後ろでこする相手がいない。やむなく壁にこすりつけて洗うしかなかった。つまり真ん中の1匹だけが自ら手を動かして、前の1匹の背中を洗い、そして自らの背中を後ろの1匹に洗ってもらっているだけに過ぎないのだ。

「そんなこと今まで考えたことなかったのに、何で急にそういうのさ」
 今回の真ん中担当が不思議そうに先頭の1匹に対して愚痴をこぼす。先頭は本来なら真ん中や後ろと議論はしたくなかった。単なる思ったことを口にこぼしてしまっただけだ。なのに少し険悪な空気が3匹の間に流れた。せっかく仲良く風呂に入って背中を流しあうといういつもの時間が、最悪な時間になりつつある。

「あ、あのう」先頭の1匹は真ん中の1匹と後ろの1匹に謝ろうとした。すると、突然目の前に見知らぬ存在が現れた。そいつは足の動きが鈍く、背中に固い甲羅のようなものをつけていた。

「こいつは俺たちとは違う生命体だ」真ん中の1匹は瞬時にそう感じた。そう感じるといつも仲の良い3匹は協調姿勢をとる。見知らぬ相手が現れると、それは味方なのか、敵対勢力なのか、それを見定めるまでは、それまでの考えの違いをすべて水に流し互いに協力するのだ。こうして今まで3匹はこの世界を生き残ってきたのだから。

「おかげで、さっきの険悪なのが...…」先頭の1匹は安堵した。しかし先頭にとって最も近い謎の生物だ。こやつは大きさこそ小さいが、特に背中は堅そうだ。もし敵対的な行動をとって突然攻撃を仕掛けていたら、真っ先に先頭が被害を被る。すぐに後ろや真ん中の助勢があったとしても、最初の一撃は間違いなく先頭に対して向けられるのだ。

「おまえは、何者だ」先頭は謎の存在に対してコンタクトをとる。その存在は自らよりも大きな先頭の1匹に、威圧的に声を掛けられ一瞬びくつく。だがすぐにコンタクトを返してきた。それも驚いたことに3、匹と同じ言葉を話す。

「おいらは君たちに攻撃はしない、むしろ友好的だ」といってきた。これでようやく3匹の警戒網が緩む。「友好的?」真ん中の1匹が反応するように返す。「ああ、諸君たちは今から風呂に入って体を洗うようだが、ひとつ頼みがある」「頼み、いったいなんだ?」後ろの1匹が返事をした。
「おいらの甲羅を洗ってくれないか、諸君たちの誰でもいい、そうだ、先頭の君がいいだろう。どうだ洗ってくれないか?」

 この時先頭は、少し前に険悪になっていたあの事象を思い出す。「もともとは、風呂場で先頭だと手が空いていることへの疑問を嘆いていたんだ。それで、彼がゲストとして現れてくれたのか...…」
「さっき先頭では、手が余っているって言ってなかったか」真ん中が口を開く。「あ、あああ」先頭は微妙な返事をする。「そうだ、だったら君が先頭で手が空いているんだから、彼の甲羅を洗うべきだ」後ろの1匹もそういった。
「う、うん、わかった。じゃあ、君の甲羅を洗おう」先頭がそう提案すると、「すまないな。助かる。どうしても自らの手足で甲羅が掃除できぬので困っていたところだ。お礼についてはまたあとで考えよう」とゲストも同意する。

 こうして3匹プラスゲストの合計4匹が、風呂で体を洗いあうことになった。約束通り先頭は、ゲストの甲羅を洗う。だが真ん中は今回先頭の頭を洗うことにした。「いつもとモードが違うから、洗う場所も変えてやろうか」という真ん中の考えである。
 先頭にとっては当初思っていた手持ちぶさたもなくなったから、それでも十分よかった。

 こうして今回少し険悪になりかけたが、最後は3匹はゲストとともに仲良く体を洗いあった。そしてゲストも甲羅を洗ってもらったのがよほど気持ちよかったのか、心地よく目をつぶるのだった。

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