見出し画像

真冬の海 第737話・1.30

「おう、やっぱ海だよ。来てよかったなあ」今日は溜まっていた有休消化のため、少し長い連休となった海野勝男。ちょっと気晴らしにと、妻の沙羅とともにドライブ旅行をしていた。
「ある意味私たちらしいわね。冬に海に来るなんて」助手席に座っている妻の沙羅も喜んでいる。勝男はこのシーンをゆっくり見ようと近くに駐車場がないか探した。

「普通は、みんな冬になったら山を目指す。スキーやスノボーを楽しむために山に行く。だけど当然ながら山には海がない」
「温泉が湧いているところならあるけどね」この沙羅の言葉に黙ってしまう勝男。何を隠そう彼は温泉は好きだからだ。

 2・3分の沈黙があったが「あそこに止めてみよう」と、勝男がウインカーを出し、車の速度を落とす。
 駐車場にはほとんど車が止まっていない。一番便利のよさそうなところに車を止める。そしてドアを開けた瞬間突風が体を襲う。
「う、うわぁああ」沙羅が思わず声に出した。「晴れているのに油断したな。おお!」勝男も声を出す。突風だけでなく、海からの風。潮の香りが鼻に伝わるが、それ以上に寒い。
 十分な上着、手袋をしているのにもかかわらず、思わず寒さで震えてしまう。ふたりは両手で体を押さえながら、駐車場の先にある展望が見渡せる場所、遊歩道を歩いていく。

「おお、ここだ」ここは駐車場から数分歩いたところ、一面に海が見渡せる場所に来た。真冬らしく周囲には雪が積もっていて、一面が銀世界。海からは立て続けに強い風が吹くものの、この日は雲一つない快晴だ。風が収まるタイミングで、上から照り付ける太陽からの光があたたかい。この時ばかりは少し心地よく一瞬の安らぎに感じる。「これはまるで北風と太陽の世界」と、沙羅はつぶやいた。

「やっぱり海はいいなあ」勝男は両手を挙げると大きく深呼吸。しかし容赦なく潮風の突風が勝男の顔を直撃した。「ぅふぁ!、ふう、さ、寒い!」
「冬だからね。でも澄んでいるわ。冬の海ってこんなに美しいなんて」「あ、ああ雪が積もっているのに、極地じゃないから海は凍らない。それがいいんだよなあ」
「オホーツクまで行けば流氷が来るけど、ああいう世界ってどうなのかしら?一度見てみたい気がするわ」風の寒さにずいぶん慣れてきた沙羅は、水平線に視線を向けたまま静かに語る。
「オホーツクか、いいなあ。だったら来年は、飛行機とレンタカーで行ってもよさそうだな」思わず勝男の口元が緩んだ。

 勝男は、さらに海に近づこうと歩いた。ただここは砂浜のビーチではない。海との途中に磯場があり、すぐ近くまでは近づけないのだ。「ここが限界か。ほう、磯の上にも雪が積もっているぞ」
「あんまり近づいたら危ないわよ」心配そうな沙羅。
「いや、大丈夫だ」勝男はしゃがみ込むと磯を覗く。「何かいるかな。勝男は無邪気に磯の中の小さな生き物がいないか覗いてみた。だがやはり真冬の為か、いつもいそうな磯の生き物の姿がない。2、3分頑張ってみたが、やはり何もいないのだ。「彼らも寒いのか。よくわからないが冬眠しているのもいるんだろうなぁ」
 勝男は立ち上がる。

「ねえ、このあと、どうするの?」沙羅も勝男の近くまで歩いてきた。「うん、海を見て、磯を見たせいからかな。やっぱり海の幸が食べたくなったなぁ」
「そりゃそうよね。ここで山菜とかイノシシ肉とか出てきたらおかしいじゃん」「どこか地元の良い、海鮮料理が食べられるお店がないか探してみようか」
「そうね。ここだと寒くて手がかじかんでしまうわ。駐車場に戻ってから探しましょう」

 そう言ってふたりは海を背中に駐車場に戻る。その直後突然ふたりの背中に襲ってきた突風。「うぁ、寒い」「早く車に戻りましょう」と、小走りになって海から離れていくのだった。


https://www.amazon.co.jp/s?i=digital-text&rh=p_27%3A%E6%97%85%E9%87%8E%E3%81%9D%E3%82%88%E3%81%8B%E3%81%9C

------------------
シリーズ 日々掌編短編小説 737/1000

#小説
#掌編
#短編
#短編小説
#掌編小説
#ショートショート
#スキしてみて
#勝男と沙羅
#冬の海
#磯場
#ドライブ
#寒い日のおすすめ

この記事が参加している募集

#スキしてみて

524,761件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?