見出し画像

300個の肉まん

「勢いとはいえ、無茶したなぁ」早朝5時。試水はまだ誰もいない、工場のセントラルキッチンにひとりで来ていた。
「さて、朝の9時までに300個の肉まんだ。もたもたしていられない」と試水は黒縁眼鏡を直すとさっそく準備に取り掛かる。そして昨日の出来事が頭の中に浮かんだ。

----

「先ほど病院から連絡があり、妻が車に轢かれて病院に運ばれてしまいました。リーダーお願いです。明日休ませてください」試水とコンビで毎日作業をしている井高が訴えた。
「井高、お前その気持ちわかる。が、なあ。終わってからでも間に合うだろう」
「で、でも出血がひどいそうで、緊急手術になるんです」
「だから、どうしても明日の朝9時までに、肉まん300個作らないといけないんだ! それ終わってから行くので良くないか?」
「で、でも... ...」

 納得できずにうなだれる井高。チームリーダーは追い打ちをかけるように。「あのさ、行ってどうにかなるの? それ無理でしょ。わかるよ。奥様が大変なことになって。でも結局言ってお前何もできないだろ。緊急手術だったら面会すらできるかわからないんだぜ。結局それはお医者さんにゆだねるしかないの。だから9時までに肉まんだけ作って。それが終わったらもちろん早退していいから」と、チームリーダーは最後まで休むことに同意しない。

「あ、あぁ、だ、だめですか」井高は目をつぶり、辛そうな表情になる。それを見てた試水は思わず声を出したのだ。
「あ、僕、明日ひとりで頑張ります。井高さん休んでください」「え!試水さんいいんですか?」驚く井高に、大きくうなづく試水。

「おい!試水ひとりってお前正気か?先に行っとくが、我々はぎりぎりのメンバーでやっているんだ。だから応援とかは無理だよ。お前いつもの倍だけど。本当にできるのか?」リーダーは試水のほうを向き大声をだす。

「はい、予定より2時間早く出社しますから必ず」「うーん、本当だな。そこまで言うのならわかった。その代わり絶対に作れよ。出来なかったらどうなるかわかってるな!」

----

「出荷の関係で一般企業よりも早い食品工場。いつもなら7時出社なんだよな。ふたりで作れば、出荷の時間である9時までに余裕で300個は作れる。だけど今日は緊急事態。ここは頑張らないと。でもちょっと後悔かな」と、ひとりつぶやきながら準備を終えた試水は、材料を目の前に置き、さっそく作り始めた。

 あらかじめ作られている肉まんの具材。決められた量を掬い取り、そしてこれもあらかじめ用意されている皮の上に乗せる。あとは手のひらでころ返しながら、その具材を皮で囲むように覆っていく。見事に囲み終えたら、親指を軸に使い、うまく残り4本の指でひだをつけながら、閉じてしまえば完成する。

 試水はひとり黙々と作り上げる。最初の10個20個は余裕。むしろいつも以上に気合が入っているのかペースが速い。しかし50個を超えたあたりから、ペースが徐々に遅くなる。100個を作った段階ですでに6時前。「9時まであと3時間か、残り200個頑張ろう」

 再度気合を入れて作り続ける試水。ここでいつもの量である150個を突破する。ここからは未知の領域だ。試水はここで大きく深呼吸をする。もちろん食品工場なので、不用意に口から息を吐くことは厳禁。鼻から吸い込んだ空気は数秒間肺の中にため込むと、口ではなく鼻からゆっくり吐き出した。

 こうして気分を変えて後半戦のスタート。170、180と作っていく。200個ができた段階で7時30分であった。ここまで2時間30分かかっている。タイムリミットまで1時間30分だ。
 この時間になるといつものようにみんな出社し始めている。メンバーの中には早くから作っている試水を見て、驚きの表情を見せている者がいた。試水は出社してきたメンバーからの挨拶を、小刻みにうなづきながら合図をする。だがひたすら肉まんを作るための手を止めることはない。

 250個を超えた時点で時刻は8時20分を指す。「あと40分」いつもよりも多く作っているためか、手が疲れている。とはいえ、ここまで来るともはや時間との戦いだ。1分以内に1個確実に作れば余裕で間に合う。
 しかしそんなことを頭に浮かべると、余計なミスをしてしまった。イレギュラーな動きがあると、修正する必要がある。だがその分、疲れ切った両手にとっては、余計な負担がかかるのだ。
 そのため失敗してからの復帰には、いつもよりもはるかに余計に時間がかかった。「くそ、もう少しなのに」試水は焦りながらも冷静を多もろうと必死になる。ついにあと20個のところで、時刻は8時40分。試水は焦りながら無心になり作り続けた。

 299、そして300個。「できた!」試水は心の中で大声を出す。最後の追い込みが功をそうしたのか、時計は8時55分。9時までにどうにか間に合った。

 そして問題なくこの日のノルマ、数も時間も見事にクリアした。「お、よしよし、よくやってくれた」リーダーが、笑顔でねぎらいの言葉をかけてくれる。「よしあいつに貸しが出来た」と試水は笑顔で休憩室に入った。
 そして試水のスマホをチェックするとメッセージが入っている。井高からだ。「妻の手術が無事成功に終わりました。試水さんありがとう」
 それを見て思わず笑顔になる試水であった。 



追記:ついに掌編・短編小説300本書けました。
(ちなみに今年あと33本書くのが目標。最終目標1000本まであと700本)

こちらもよろしくお願いします。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
シリーズ 日々掌編短編小説 300

#小説 #掌編 #短編 #短編小説 #掌編小説 #ショートショート #肉まん #300個 #挑戦している君へ

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?