異空間に紛れ込む 第946話・8.28

「きょうもコンビニで弁当か」と言いながら決まって同じ弁当を買う。朝の通勤前のひとこま。朝に買うから温めはしないが、購入した弁当を手にすると、お昼休みが早くも楽しみになる。こうして会社に向かった。

「あれ?」コンビニを出た瞬間、目の前が異様になっている。ゆがんだ空間というか、黄色と黒で主に構成されていた。明らかにこの世に存在しないようなものというべきであろうか?
「え、え」後ろを向く。さっきまでいたコンビニが無く、同じように不思議な空間にいた。「ち、ちょっとなに!」焦って自分の頭を思いっきりたたく。たたくが何も変わらない。夢ではない現実なのに、現実ではないものがそこにある。
「ど、どうしよう。早くここから出ないと会社に遅刻しちゃうよ」時計を見る。時計は普通に動作していた。勤務時間開始まであと15分だ。本来ならコンビニの隣のビルに会社のオフィスがあるのに、まさかの展開に戸惑ってしまう。

「目をつぶろう」いったん目をつぶった。目を開けたら元の世界に戻っているかもしれないという期待を持って。
 こうして目を開ける。「あ、あ、あ」それ以上は言葉が出てこなかった。まったく変わらぬ風景がそこにある。
「だめだ、今日は遅刻確実だ。でもこんな言い訳できないよ。『異空間に紛れ込みました』なんて」

 想像するだけで頭を抱える。いやそんな場合ではないと、すぐに開き直った。言い訳しようにもまずはこの不思議な空間から脱出しなければならない。「どうやって抜けられるんだ? 手を伸ばしたらどうなんだろう」
 試しにやってみた。恐る恐る手を伸ばす。手は普通に伸びる。目の前は不気味な色は付いているが、空間は広がっているようだ。
「歩いてみるか」勇気を振り絞り一歩、また一歩と歩く。下も同じように不思議な空間、上も同じだが。特に無重力とかそういう事でもないようだ。普通に歩ける。だから一歩、また一歩と歩く。歩くが何も変わらない。そもそも一体どの方角で歩いているのかもわからなくなっている。
「下手したら同じところ回っているだけかもしれんな」

 ここで、空間をじっくり眺める。ゆがんだ空間ではあるが、その歪み方はばらばらであった。黒い部分が大きく見えるところもあれば、黄色が主体になっているところもある。そんな感じで空間の特徴をつかんでいく。
「大きく見えるところを目指してみようか」何の根拠があるわけではない。もう直感のようなもので、大きく見えるところを目標に歩く。最初は何も変わらないように見えた。だけど気のせいかもしれないが、大きいものがますます大きくなっている気がしてきたのだ。

「この先に何かあるはずだ、よし行ってみよう」最初は戸惑うばかりだった異空間。その環境に慣れたからであろうか、いつしかこの異空間そのものを楽しめるようになり、好奇心だけで異空間のある特定方向をひたすら歩く。
「うん、大きくなった。行ける。行けるぞ!」と、心の中で呟きながら歩いた。確かに徐々にではあるが大きくなっている。さらに歩けば大きさだけではない。だんだんと暗くなってくる気がした。
「振り返ったら」と後ろを見る。そのあともう一度前を見た。これで確信する。同じ異空間でも確実にある一定方向に進んでいるようだ。その証拠に後ろは明るく前は暗い。

「あ!」このとき気づいた。コンビニ弁当をどこかで忘れてしまったようだ。「もう、取りに戻れないだろうなあ」異空間で無くしたものはどうなるのだろう。そんなことも考えつつも再度前を見た。

「トンネルになっていて、元の世界に戻れるかもしれない」目の前の風景を見ていよいよ確信したのか、ここからは歩く速度が速くなる。早歩きで進めばそれに比例して、風景の変わり方が早くなってきた。このころになると黄色い部分はほとんど無くなっている。正面に見える穴のような大きな黒の塊と、その周辺も暗く黄色から別の色になっているような気がした。

「恐れるな、行くぞ!」と自らを奮い立たせるように、前に向かって歩く。歩けば歩くほど暗くなり、さらに目の前の黒の塊が巨大化、もう完全に自分の体よりも大きくなっている。さらにすすむ。もう後には引くつもりはない。

「ああ、見えない。ああ闇だ」ついに完全に黒い穴に吸い込まれたように全体が暗闇になる。後ろを見た。少しだけ光のように黄色い。だが、ここまで来た以上、この黒い空間を歩くしかないのだ。だからこうして歩く。方向は完全にわからなくなっているが、もう気にしない。

 すると、白い点が見えてきた。「で、出口に違いない」このとき、はやる気持ちが抑えられなくなる。白い点に向かって走り出す。走り出すと案の定白い点が大きくなり、やはり白い丸に見える。「出口だ、急げー」ついに本気でランニングを始めた。スーツと革靴だというのに、希望の光に見えたのか白い塊目指して、無心に走り出す。

ーーーー
「あれ?」気が付いたらいつも見るオフィス街に戻っていた。「あ、あ、戻った。うわ、やったあ!」思わず声に出した。だから周辺の通勤客が不信そうな視線を一斉に浴びせてくる。
「やべ」阿波って口をつぐむと、位置を確認した。すぐ目の前にいつも使っているコンビニがある。「あ、戻っているぞ。で今は何時だろう」
 どのくらい歩いたのかはわからない。もうお昼過ぎているかもしれないが、今の状況だけは確認しようと時計を見た。「あ、あれ?」思わず驚く。時刻はコンビニにいつも入る時刻に戻っている。
 異空間に紛れ込んだ時刻より10分時間が遡ったといってもよいだろう。

「そうか、これなら、異空間のことはは無かったことになる」余計な言い訳を考える必要もなくなり、急に気分が楽になり、会社のオフィスに急ぐ。ここでいつもなら立ち寄るコンビニを通過する。「まさかとは思うけどな、今日は昼買いに行こう」
 何しろコンビニに出た瞬間に紛れ込んだ異空間だ。さすがにこの朝はちょっとコンビニに立ち寄る気になれなかった。


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