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年越しの旅路 第708話・12.31

 ここはある列車の中、各駅停車ではあるが都会から大きく離れた田園地帯を走っている。遠くに見えるのは高さがまちまちの山々。この辺りは駅間の距離が大変長い。そのためだからであろうか?車掌が最後方にある車掌室から出てきて、車内の見回り点検のようなことをしている。
「たまには鉄道の移動もいいなあ」空席が目立つクロスシートに腰掛けていた西岡信二は、そうつぶやきながら車窓を眺めていた。横にはパートナーのフィリピン人のニコール・サントスが座っている。

「店も昨日30日から年末年始の休みに入ったし、掃除も終わった。今日から1月4日まで暇だからこれいいわ」
 クラフトビールの店長でいる彼女と違い、今日は終始ナチュラルな笑顔。信二はそんなニコールの表情が好きでたまらない。「だろう、自宅で過ごす年越しもいいが、今回は鉄道の旅路で迎える年越しだ。いつもは取材だからレンタカーで、あわただしく移動しているのと比べたら気軽」列車はゆっくりと蛇行する。鉄道特有の線路の切れ目になると定期的に響く「ガタゴト」とした音が旅情をさらに盛り上げてくれる。

「明るいうちからビール飲んでるしね。それも大手の」「今日は運転しないからいいじゃないか、それにクラフトビールはこういうときには合わないよ」そう言って缶ビールを口に含んだ。

 気が付いたら、車掌が小走りに最後方の車掌室に向かって小走りで戻っていった。そして次の駅が間もなく到着することをアナウンス。

「あ、もうそこか、降りるのは次だぞ」信二は缶に残されたビールをすべて飲み干した。

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「18きっぷの旅と聞いて、どのくらい時間かかるのか心配したけど楽しいね」改札を降りたニコールは終始嬉しそう。ここは海岸沿いにある小さな町で、旅館が数件立ち並ぶ。そしてこの地域では有名な寺があり、31日の深夜になれば除夜の鐘が鳴り響く。今日ふたりはこの町の旅館を予約した。そしてこの街で新年を迎えるのだ。

 駅から5分の所にある小さな旅館にチェックインしたふたり。案内されたのは8畳の和室であった。そして窓からはちょうど海が見渡せる。今日は少し冬の風が強いが晴れているためか、そんなに波は荒くないように見えた。

「ここの温泉は、人工なんだ」信二が説明する。「人工温泉か」少し残念そうなニコール。
「でも、トロンだから多分違和感はないよ。 医薬部外品としての効能効果も保証されているし、遠赤外線効果で体の芯から温まるそうだ。それに展望露天風呂からの絶景がすごいんだって」
「へえ、絶景は楽しみ。早速お風呂に行いきましょうか?」「そうだな。そのあと夕食とそれから深夜に」

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「美味しかったね」お風呂とと食事が終わり、リラックスモード全開のふたり。「お湯も良かったし、ちょうど夕日が見えたのが良かった。信二は満足げにお酒を飲んでいる。
「さてと、そろそろね」時計は23時を回っていた。部屋のテレビからは大晦日らしい特別番組が放送されている。
「これ全部見たい気もするが、そういうわけにもいかない。出かけようか」

 ふたりは立ち上がり旅館を後にする。夕方まで晴れていた天気がいつの間にか曇っていた。「雪降るかな」とニコール。「予報ではそうだけど」
 目的地は歩いて10分ほどのところにある寺。歩いている途中で白いものが降ってきた。どうやらニコールの予想は当たったようだ。こうして寺の前に来た。ここでは先着108名であれば除夜の鐘がつけると聞いていたので、それが旅の目的のひとつでもある。
 寺の入り口はまだ門が閉まっていたが、もう20人くらいがが並んでいる。ふたりはその行列の最後方で待機。23時30分に門が開き、ゆっくりと中に入っていく。多くは地元の人のようで、信二たち観光客も何人が混ざっている。

 先頭からひとりずつ鐘をつく。人は集まっているが静かな境内に鳴り響く除夜の鐘は、重低音が混ざったような音を波のように周囲に広げていく。雪は本格的に降り始めた。斜めに降り注ぐ白い粉。まだ地面は黒いが、この勢いなら翌朝には雪が積もっているだろう。
「初日の出どうかしら?」「うーん」信二はスマホで天気予報を見る。曇りのマークになっているが、その後晴れているところからして、どうなるかはぎりぎりまでわからない。

 こうしてふたりの番が来た。目の前にある見た目からして重厚な鐘。高さ数メートルはありそう。「先に俺が鐘をつくから、それを見て真似してくれ」「え、私も鐘をついたことあるよ」「え? いつ」「シンジと出会う前」ちょっと驚いた信二を見ながら意味深な笑みを浮かべるニコール。
 信二は思いっきり鐘をつく。鐘から響く音は目の前が最も大きい、この重低音は実際の音が聞こえなくなってもイメージとして残っているような気がした。
 そして信二がその余韻に浸る間もなくもう一度鳴る鐘の音。ニコールも嬉しそうに鐘を鳴らした。

「もう少ししたら年明けよ」ニコールが時計を確認。
「うん、参拝に行こうここで2022年を迎えるんだ。「え、令和4年じゃなかった?」「それもだけど、結局同じじゃないか!」まさかニコールから元号の話題になったので、信二は思わず苦笑い。こうしてふたりは寺の境内の中で年を越した。



追記
2021年もお世話りなりました。無事に2年間、短編小説が書き続けられました。2022年も引き続き、日々小説を書いていこうと思いますどうぞよろしくお願いします。

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シリーズ 日々掌編短編小説 708/1000

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