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少女の洞窟舞踊 #第二回絵から小説  第758話・2.20

「この奥で、本当に踊っているのか?」横田は洞窟の前に来ていた。横田は6か月前から東南アジアにある国で、駐在員として赴任している。普段は車が行き交う、都会の中で通勤している横田であるが、今回はこちらに来て初めての長期休暇。これを利用して都会から離れた郊外の熱帯ジャングルに近いところに来ていた。そこには洞窟がいくつもある場所で、観光地としても脚光を浴びている。

 今回横田もごく普通の観光客として、数泊の予定でそこに向かったが、到着初日に現地で雇ったガイドの男が、流ちょうな日本語で、奇妙なことをいう。
 それは、近くにほとんど観光地化されていない洞窟があり、その奥で踊っている少女がいるという。それはガイドが1ヶ月前から見つけたとかで、以降毎日のように少女が踊っていることが、現地の複数の人物の目撃情報でわかっているとか。
 横田はその話に非常に興味を持った。それは通常の観光地の案内より少し高くつくが、そのガイドのいう踊る少女を一目見ようと、少し高めのガイド料を払う。

ーーーーーー

「こんなところで踊らなくてもと思うんだが......」当日、観光の拠点から車で1時間弱、あまり舗装されていない道を走った車は、ジャングルのような森の前で停車した。ここで横田は軽くため息をつく。奥は暗闇になっているので、どうなっているのか見えない。男を先頭に横田は洞窟の中に入った。ライトがついたヘルメットをかぶり、ゆっくりと前に進む。人がすれ違うのが厳しそうな洞窟。ただ天井の高さは十分あり、しゃがむ必要はないが、湿気の多そうな鬱蒼とした洞窟。「もう少し歩くと急に明るくなります」ガイドの男は静かにつぶやき、しばらく歩くと、確かに明るい場所に出た。非常に大きな空洞となっており、空洞の直系は見た目で30メートル近くはあるだろうか。また天井が高く、これも見た目十数メートルはあるほどだ。さらに天井の一部は地上に穴が開いていて、そこから光が下まで届いている。
 まるで天然のスポットライト。ここであればライトが無くても、十分視界が広がっている。「まるでホールのようなところだな」横田はそう言ってヘルメットのライトを消した。

「鍾乳洞の美しい場所ですね」と、ガイドがつぶやく。横田は周囲の神秘的な鍾乳洞を静かに眺める。何万年もかけて構築される鍾乳石のツララが何本も見えた。また横田が来た洞穴の他にも人ひとりが入れるような小さな三つの穴があり、このホールですべての洞穴がつながっている。ガイドによれば、この先の穴は、危険が予想されているため未踏の地域なのだという。だが、この穴のいずれかから時間になれば少女が現れるのだ。

 横田はそれなら「未踏ではないのでは?」と思ったが、その質問は「タブーだからやめてほしい」と、ここに来る前にガイドから強い口調で注意されている。
「少女の目的はもちろん、そもそもどこから来ている子供なのかわかりません。でも絶対に声をかけてないでください。万一、人に見られているとわかれば恐れてしまい、二度と見れなくなるかもしれないのです。ですから現地では極力声や音を出さないでください」とガイドに想念を押されていたので、横田はただ静かにうなづくにとどまった。

「間もなくです。少女は必ず14時頃に姿を見せますよ」男はそう言って声を落とす。理由はあくまで少女から自分たちの姿が悟られないようにするためだという。

 

 ふたりがホールの手前、狭くなっているところで固唾をのんで見守っていると、ちょうど正反対の方の穴から人影が見える。やや透け気味に見えるワンピースを着た少女は、靴を履いておらず裸足のまま。ちょうどホールと穴の間あたりに現れると、ゆっくりと体を動かし踊り始める。

「これが、少女の踊り、まるで天女のようだ......」横田は少女にくぎ付けになる。かすかな明かりにしか見えない環境で見える少女のダンスは、まさしく幻想的。回転をしながら激しく踊る姿は、見ている者の視線を他の場所に離さないようにしているかのようだ。そのダンスは10分くらい続いた。少女はその間、一言も発しない。髪は黒っぽいが表情などがほとんど見えず、現地の人か外国人なのかの区別すらつかないのだ。

そして、決めポーズのようにワンピースの裾を持った少女は、そのまま後ろを向き洞窟の奥に走り去った。

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「はい、今日の出演料、良かったよ」あの後、横田を宿まで送って別れたガイドは、再び洞窟に戻っていた。洞窟の反対側と言っても良い場所。ここは小さな村となっていて、そこで踊っていた普通の服装に着替えていた少女と合い、現地の言葉で話す。

 実はガイドはこの村の少女が、洞窟で神秘的にダンスの練習をしていることを知り、儲け話を持ち掛けた。村での稼ぎと比べると非常に条件がいいので少女はその話に乗る。以降ガイドがこの洞窟に観光客を連れてくると、決まって少女は洞窟でダンスを披露。
 感動した横田は、通常のガイド料に上乗せするようにガイドの男にチップを手渡した。少女には契約上決められた出演料に加え、チップを折半するという約束をしている。

「今日の客は日本人の駐在員だったから、チップがいつも以上に多いな」そう言って、ガイドの男はチップの半分を渡すと少女は満面の笑みを浮かべ礼を言った。

 つまり、これはあらかじめ仕組まれたショーのようなものに過ぎなかったのだ。


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シリーズ 日々掌編短編小説 758/1000

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