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Lichun(立春)の日に決断したあること

「立春。占いの世界では新年か」四柱推命を学んでから15年。それなりの占い師として周囲から一目置かれつつある春子は、ひとり豆まきを終えていた。そして残った節分の福豆をかじりながら、日付が変わる瞬間を見届けている。

「それにしても年々、季節の移り変わりが早いわね。もう春ということか。春夏秋冬、いずれも「立」を頭にした、四つの季節で始まり。どれも少し早いんじゃないかといつも思う」
 春子は福豆をかじる。歯で噛み潰す福豆。それなりに歯ごたえがあり、噛み締めれば多少なりとも味は感じる。「これ節分以外で食べることは無いわね」と、口の中に残った豆の破片を洗い流すようにお茶を飲む。


「おい! 姉貴ずいぶん暗い顔してるな。鬼に攻撃されたのか?」と突然ドアを開けて春子の部屋に入ってきたのは、一つ下の弟・夏雄。
「ちょっと。もう、急に入ってくるな。ノックぐらいしてよ」
「そんなこと言わないでくれよ。大体ドアにカギがかかっていないから開けただけだろ。用心悪いのはどっちだ」痛いところを突かれ、春子は一瞬次の言葉を失う。
 だが「だとしても、いきなり入ってくるって何? あんたが弟でなかったら警察に通報するところよ」と春子の口調は熱い。
「姉貴、そんな冷たいこと言わないでよ。大体物心ついたときには母が居なくて、身近な女性は姉貴しかいなかったんだからさ」夏雄は言い訳をしながら泣き寝入りに近い状況。

「わかったわよ。で、何しに来たの? 金でも借りに来たの」
「金! いやそれも欲しいけど。じゃなくて、今日は姉貴に占ってほしいんだ」「はあ、占い? 何で私に」

「い、いや、占い師なんだろ。巷で有名な。だから占ってくれよ」それを聞いて春子は気が重くなる。「今日はもう、営業時間外だよ」
「そんなこと言わずに、ホント困ってんだ。頼むよ姉貴」
「ったくもう、でなに占ってほしいの」春子はあっさり観念。

「今年の運勢だ」「今年ってもう2月だよ」「そうかぁ? 知ってるぜ。立春が新年っていう考え方があることを」

「ちょっと、それ何で知ってんの?」春子は少し慌てる。
「姉貴が四柱推命を習いたての頃、やたらとそれつぶやいてたろ。まあ暗記するつもりだったんだろうけど、おかげでこっちが暗記できたぜ」
 思わず舌打ちをする春子。しかし相手は弟なので不満ながらも引き受ける。「わかった。ちょっと待って」

 春子は渋々準備をした。そして夏雄を占う。その結果を見たとき、思わず春子はため息をついた。
「なに、ちょっと。悪いのが出たのか?」
 夏雄は突然顔色を変えて慌てる。
「え、ああ、まあね。で、どうしたの急に慌てて」
「慌ててって。おい、今の姉貴の表情ずいぶん深刻だったじゃねえか」

「ああ、それは気のせい。ちょっとこの前あそこの水道管の一部が破損して、水滴ずっと漏れるようになってさ。年末年始だっていうから1週間後にようやく直してもらったの。だから水道代がね」とため息をつく。
「絶対違うだろう。わかった正直に言ってくれ。俺、覚悟してんだ」
 必死に食い下がる夏雄。仕方なく春子は大きく深呼吸する。
「正直に言うとあんたの生年月日から見る限りは、あまり良いとは言えないわね」

「そうか」返事はあっさりとしている。
「本当はね。最近はタロットとか他の占いと併用してやるんだけど、タロットカード事務所に置いたままだから。ごめん、それはできない」

「いやわかった。やっぱりそうかと思ったんだ」
「え? 夏雄、何か悪いことあったの?」春子の目が大きく見開いた。夏雄は小さく頷くと、突然水を得た魚のように語り出す。

「ああ、まず正月3が日までは無事に終わったが、4日の朝突然妻が居なくなった。そして一週間後に妻から送られてきたのが離婚届けだよ。何かすれ違い云々と言っていた」
「それって!」「あ、ああ俺が悪い。浮気したから。だけどしょうがねえよ。もっとかわいい子が近くに来て、向こうが誘惑してくるからつい」
「おまえ最低だね!」「いや、向こうもイケメンの若造と不倫してたの俺、知っているから」
「ならお互い様だね」思わず春子は口元を緩ませた。
「それだけじゃないんだ。その半月後だよ。突然会社が倒産して解雇だよ」
「まあこのご時世だから仕方ないね。解雇というなら失業手当とかすぐもらえるんじゃないの」

「ああ。それはもらってる。だからしばらくは大丈夫だ。だけどこの後どうしようかと思ってさ」言いたいことを言い終えたことですっきりしたのか、話の内容に反比例して夏雄の表情は暗くない。

「本当はその出来事って、占い的には前年?」と思いつつあえてリアクションを大きくする春子。
「うわぁ、聞いているだけで疲れるわ。これじゃこっちまで運気が悪くなりそう」とだけ言って、思わず春子はうなだれる。が、すぐにあることを思いつく。
「そうだ夏雄! 車はまだ持ってる」「え、ああそれまで手放すと俺・限界だ」「なら夏雄、その車でパワーを一緒にもらいに行こうか?」

「なに? パワーってなんだ」首をかしげる夏雄。

「全国にあるパワースポットを巡る旅。どうせあんた。女に逃げられて仕事失ったんじゃ。そのうち最悪自殺とかやりかねないわね」
「やるわけねえだろ。てか女って、一応義理の妹だろ」「ふん、もう別れたら関係ないわね。それより自殺者のほとんどは最初はそんなこと考えないんじゃない。だったら気晴らしに旅に出たほうが良いかなぁと思ってさ」

「で、でもよ。姉貴の仕事どうするんだ。俺失業手当もらうためには、特定の日にハローワークに行かないといけないし」

「いいわよ。私はフリーの立場。全国どこでも移動しながら現地で占いはいくらでもできるし。ネットで情報発信できる。受注の仕事もネットさえつながれば問題ないの。あんたのハローワークは... ... まあ日本だからその時だけ戻ってくればいいんじゃないの。これ本当にいいわ。ねえ、そうしようか」

「あ、ああ。確かに姉貴と旅なんて普通しないよな。うん、いいだろう。立春の日に新しい人生のスタート。それなら来週から行こうか」「おういいわよ。それまでに準備しとく、こりゃ楽しみだね」

 と、突然全国の旅をすることになる姉弟であった。


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