動物の先生の裏

この作品は、こちら の裏設定です。単独でも楽しめますが、セットで楽しんでいただくとより面白いかと存じます。

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「理事長、吉川です」「おう、副校長。お忙しい中申し訳ないな」
 ある日の午後の昼下がり、朝比奈学園理事長の朝比奈は、当学園の小学校副校長の吉川を理事長室に呼んだ。

 朝比奈学園は、日本有数の財閥組織である朝比奈コンツェルンの経営する学園である。教育事業にも力を入れており、私立の幼稚園、小学校、中学校、高校、そして大学を所有していた。出来て10年もたたない新参校ながら、従来の進学校にはない「人間らしさ」を全面に出した校風で都内から西にある広大な敷地を取得し、緑あふれる中でのびのびとした校風。そして実際にその戦略により優秀な人材を輩出しているのだ。

 隣接するそれぞれの学校の中心にタワーの様な建物がある。これは朝比奈学園事務棟。ここを司令塔として学園の事務関係、所属児童・生徒・学生らのあらゆるデータを保持している。この事務棟には、所属する学生・生徒・児童をはじめ保護者ら一般人。さらに各学校の一般教師も入ることが許されていない。許されているのは教頭以上。そして各校長室から専用の連絡通路で事務長室とつながっていた。

 だがその事務長室の上階に理事長室がある。ここは理事長に呼び出されたものだけが、入れる特別な空間。そこに朝比奈小学校副校長の吉川が、理事長室に呼び出されたのだ。
「理事長、御用件を」30代前半ながらも小学校の副校長に抜擢された女性の吉川まなみは、はやる気持ちを抑えきれず、月に1度来るかどうかも分からない理事長の目的を探る。
 コンツェルン会長の息子で、次期会長の地位が約束されている理事長の朝比奈重雄は、吉川よりも少しだけ年上の独身男性。お世辞にもイケメンとは言えない。とはいえ細身の長身で茶色と黒が混じった髪。ファッションも意識しており、高級ブランドのブラウン色で統一されたスーツとネクタイを違和感なく着こなしている。遠くから見えればそれなりの美貌に見えなくはない。
 それまで口元に手を当ててポーズを取っていた朝比奈は、横に置いて赤ワインの入っているワイングラスを傾けながら一口口に含む。口の中に広がるワインの風味。朝比奈は目を閉じてその余韻をしばらく楽しむと、余裕の笑みを浮かべた。そして唯一ある自らの席を立ちあがると、ゆっくりと目の前の吉川に近づいた。

「吉川副校長。どうですかAI動物先生は」「はい、おかげさまで1学期の間大きな問題もなく、先生方そして児童たちも大変好評でございます」
 吉川の報告に満面の笑みを浮かべる朝比奈。「ふふふ、そうですか。それはよかった。あのAI動物先生は、文科省の極秘プロジェクト。担任教師と児童を結び、そして教育のサポートができる存在として期待されている物だ」

「はい、承知しております。そして理事長のお力添えにににより、わが校に入る栄誉を賜りました」
 紺色のスーツとタイトスカートの姿の吉川は、いつもの副校長としての威厳は無く、ただ圧倒的存在感のある理事長朝比奈の、しもべのひとりのように振るまう。

「フフフ、まあそんなに固くなりなさんな。あのAI先生を作っているのは、ここだけの話だが我グループ企業のAI専門研究室。それを文科省に売り込んで成立したもの。あまり大ぴらにできないが、完成した先生の動作確認を兼ねて実験校になれるのは、わが学園が必然的にそうなったものだ。まさか公立校でいきなりはリスクが高すぎるので、文科省の役人連中らにとってもちょうど良かったということだな」

「は!」吉川は頭を下げる。
「まあ、順調ということで安心した。それも吉川副校長だからだと、私は思っておる」「理事長、めっそうもないことでございます。私めのような非力なものが」
 必死で否定する吉川。とにかく朝比奈の前ではパーフェクトなイエスマンと低姿勢が唯一の手段。意見を言うことなどありえない。なぜならば朝比奈がその気になれば、即職を失うのだ。

 そんなこと朝比奈は百も承知。だが吉川に対しては非常なことをするつもりは毛頭なかった。「副校長殿。心配するな。君を我が朝比奈学園小学校に招いたのはほかでもない、この私だ」
「私めを引き立ててくださり。大変ありがたいことにございます」
 ただ低姿勢の吉川。しかし目の前に朝比奈が来ると軽く右肩を叩く。
「そんなに堅苦しい挨拶などいらない。我学園は全国から優秀な教師をヘッドハンティングしている。君もそのひとり。そして私は実際に勤めていた公立小学校で来賓として直接その活躍ぶりを見たので、他のエージェントの報告ではなく、私が引き上げたのだ」

「理事長ほどの方が、一階の公立小学校の一教師にすぎない私を引き立ててくださり、そのうえ副校長なる地位まで授けていただき、これ以上の栄誉はございません」
「もちろん、私は教育のプロではない。だが君はあのときあの学校の無能な校長や教頭があたふたしているときに、見事に仕切りあの卒業式を無事に終わらせた。あの学校は公立ながら、わが朝比奈グループの企業城下町にある。大多数の父兄が我グループの工場で働いているのだ。ゆえに私も来賓として参加したというわけ。だからあのような思わぬアクシデントだったのにそれを何事もなく無難にまとめあげた、吉川君の能力の高さに惚れたのだよ」
「ありがたき幸せ」吉川は頭を下げる。

「それから、AI先生が初めて紹介されるときに、全校の児童相手にあいさつした内容は、ビデオでチェックさせてもらった」「まあ」
「さすがだと思ったよ。私の見立てに間違いないとね」
 朝比奈はそういって吉川の肩に手を置く。

「そして、私はそろそろ君に小学校校長になってほしいと思っておる」
「私にですか」
「ああ、今でも私は名目上の校長だ。それ以上にそろそろ朝比奈コンツェルンの会長。つまり私の母から後継者として本格的な引継ぎをせねばならん。ゆえに学園だけに手を煩わせるわけにはいかないのだ。来年早々正式に校長になってもらいたい。もし君がその気なら学園の理事長の地位も任せても良いんだぞ」
 そういうと朝比奈は、ついにに吉川に抱き着き、口を少しとがらせながら朝比奈の顔に寄せてくる。

 しかし吉川は、ここで両掌を上げて拒絶する。「理事長、昼間ですしここは職場です。誰が見ているかわかりません」「誰も見ておらん。ここは私の許可がなければ、学園事務長と言えど入れぬ」
「いえ、油断なりませぬ」「どういうことだ」
「AI動物先生です。彼らは朝比奈コンツェルンのことを理解しているとは」

 吉川にそう言われると、渋い顔をした朝比奈は手を離した。
「うーん、確かに君の夕通りだな。彼らに余計な情報を見せて、AIが暴走するとマズイ。わかった。もう下がっても良い」
 先ほどと違い、憮然とした表情の朝比奈。吉川は頭を下げて「失礼いたします」と挨拶をする。

 そして後ろを向いて退出しようとするが、ここで体の角度を変えると朝比奈に近づく。そしてポケットにしまっていた扇子を取り出すと、紙の重なる音をたてながらそれを広げた。

そして朝比奈の耳元にそれを合わせると、耳元で小さく
「今日の19時いつものバーでお待ちしております」と伝え、すぐに扇子をもう一度音を鳴らせながら閉まい、最後に心地よい音が響いた。
  その瞬間朝比奈の表情が緩みながら、席に戻る。吉川はそのまま理事長室を引き上げたが、頭を下げると少し口元が緩んだ。

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 理事長室に残った朝比奈は、うれしそうな表情。席に置いていた赤ワインを飲み干すと、嬉しそうに呟いた。「今は15時前か。まだ4時間ある。待ち遠しいが、まなみ副校長は公私をしっかりと分けているところ、がまたいいんだよな。
 夜になると全く違う魅力的でかわいい女性になるのに。でも母も気に入ってくれたからよかった。さて今夜のプレゼントはどうしようか?服も宝石も結構あげたからな。ということは、そろそろまなみちゃんに似合うダイヤモンドの指輪を用意しようかな」そういうと、電話を取り指示をだす。

 また理事長室から副校長室に戻った吉川は、周りに誰もいないことを確認すると、うれしそうに笑顔になる。
「フフフ、愛すべき重雄理事長はもはや完全に私のもの。相変わらず公私混同して、昼間の仕事場にワインなんか持ち込んでいるのいるのだけが難点だけど。そんなの大したことじゃないわ。この前会長にも挨拶を済ませたし、ゴールまでカウントダウンね。さて私は来年に校長になった後、2年以内に学園理事長も手に入れそうね。
 じゃないの。私はあの人の妻の地位を獲得するからいずれ、会長の横にいながらコンツェルンもわが手に。よし、待ち合わせまであと4時間。今日は今から早退して、残務を教頭に任せよう。さてエステ3時間受けて肌をより美しくして彼を喜ばせなければ。それから今夜着る服は、やっぱりこの前重雄がプレゼントしてくれたあの服がいいわね」
 そう言ってエステサロンに電話を入れる吉川であった。


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こちらは54日目です。


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シリーズ 日々掌編短編小説 220

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