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心の中から現れたものは常に正しい。

『僕はきっとこの温度を忘れることはないだろう。』

中学生編 -7


昨夜の日曜洋画劇場で『ベスト・キッド』を観たおかげで、興奮して寝付けずに絵に描いたような寝坊を喫した僕は、遅刻ギリギリで教室に飛び込んだ。
真っ白な開襟シャツはすでに汗でぐっしょりだ。

しかし今や気分はKARATEの達人、僕に案ずることなど何もない。
これしきの事は「心頭滅却すれば火もまた涼し」、である。

(このオープニング・タイトルの出方よ…最高だな。。)

席に着き、ミヤギ師匠から教わった(教わってない)中国式呼吸法で息を整えると、いつ何どき学校のならず者どもがイチャモンを付けてきてもいいように、精神を集中するべく目を閉じた。
完全な中二病である。

かいた汗も少しひき、ふっと目蓋を開けると、クラスが妙にいつもと違う雰囲気に覆われていることに気付く。
心なしか、皆がざわついている。
なんだろうか。

どうやら教室のある一点に、視線が集められている。

その向いた先に目をやると、そこにヒサミツの姿があった。

ヒサミツ?

え。

どうした…!?


その髪型。

元々、小学生の頃から伸ばしていた前髪も、中学に入ると校則によって律され、短髪を甘んじて受け入れざるを得ないでいた彼だったが、
今、それがみごと重力に逆らって宙を指し立ち上がっているのだ。
インターステラーかよ。

すぐさま駆け寄って突っ込もうとした矢先、教室のドアが勢いよく開き、担任教師が出席表を片手に登壇してきた。

ちっ。
しかし、ヒサミツよいったいどぉなっちゃってんだよ…?

当然、その朝のホームルームはまったく内容が頭に入ってこなかった。

ようやく、一限目の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

「おい、どうしたってんだよその髪…」

「うるせぇな。それよりコレ。」

「うわっ。BUCK-TICKのメジャーデビューアルバムじゃん。」

「それとコレもあんだよな。」

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「マジかよ! これインディーズ時代の太陽レコ—ドのやつ! っていうかどうやって…こんなの中々手に入らないヤツじゃ…?」

「まぁな。」

これが、地主貴族の実力である。

中学生にして欲しいものは即、確実に手中に収める財力と権力の賜物。

「今日の帰り、うちで聴かせてやるよ。」

やったー!
なぜ上から目線なのかは若干気に掛かったが、単純なマタヒコ少年は早く聴きたい一心で、その後の退屈な授業の時間を滑るように泳ぎ切った。

それにしてもだ。
心中、ヒサミツの吸収力の早さと蒐集力の高さには、ただ感心するばかりであった。
まさかあの一本のビデオにここまで影響力があったとは…。


時間割りをタイムリープしたかの如く、あっという間に放課後を迎えた僕らは、申し合わせたように部活をサボタージュし(ちなみにヒサミツはサッカー部だ)、またあの長い坂をダッシュで駆け下りていた。

ほそ長い歩道を挟むように抱く山の緑は深々と生い茂り、雲一つない青い空の高きにはトンビが数羽、気持ちよさそうに舞っている。

「あのさー。」

「えーっ?!」

先を走るヒサミツの足が速く、声がよく聴き取れない。
追いていかれない様にするので精一杯だ。

まいったな、考えたら行きも帰りも走ってるじゃないか。
これじゃ陸上部に出てるのと変わらないぜ。

「ちょっと待って待って。」

歩道橋を駆け上がり、膝に手を付き身体で大きく息を繰り返す。
顔から滴る汗が、地面に黒い染みを作っていく。

おかいしいな、カラテ・キッドにはこんなの序の口なんだけどな。

ヒサミツは欄干にもたれ、所在なさげに眼下の国道を眺めている。

いや、俺なんなら "鶴の構え" だって一晩中練習したから出来るんだぜ、ほら、

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「おれもギター買うわ。」

歩道橋に落ちたふたりの影は、まだ短くそして濃かった。
生き遅れたであろう蝉の最期の鳴き声が、人気のない通学路にサラウンドに反射している。

「いいじゃん。一緒にバンドやろうぜ?」

"If come from inside you, always right down."
「心の中から現れたものは常に正しい。」


ありがとう、Mr.ミヤギ。
俺、わかったよ。

性懲りもない僕は、ヒサミツに向けて何度も鶴の構えをしてみせるのだった。


ーつづくー


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