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夏夜怪奇譚。そしてその後。

【第二夜】

先日お話した怪奇には続きがある。

後日のある夜、その彼女と車で出かけた帰りに自宅まで送っていき、かなり遅い時間になっていたので、一帯が閑静な住宅地というのもあり家の1ブロック手前くらいで車を停めエンジンを切った。

そのまま車の中で何となく話を続けていたのだが、そのうちに何か気に入らないことでもあったのか彼女がだんだんと不機嫌になり、しまいには相当な剣幕で一方的に責め立てられるという事態になってしまった。

「もう、一体どういうこと?!」

「いや、そう言われても…」

「絶対ありえないし…!」

眉間にしわを寄せた彼女の怒りはエスカレートする一方だ。

「…あれ?」

「ちょっと聞いてんの!?」

「いや待って、あれ何…」

「またそうやって誤魔化して!」

「いやいや、ほんとに、あれ見て…」

「もう、何なの…?!」

それまで一気にまくし立てていた彼女が突如、口をつぐんだ。
無言で一点を注視している。
それまで運転席と助手席で顔を向かい合わせで会話していたふたりの目線は、フロントガラス越しに注がれた。

まただ。
その暗い闇夜に浮かんでいるのだ。

"何か"が。

ただ、以前と違うのはそれが比較にならない程、僕らのすぐ目に前の宙に存在しているということだ。

車を停めている左側の外壁の先、その上空あたりに"何か"がいるのだ。

「あれ…街灯…じゃないよね…。」

「うん…うちの前あんなところに街灯なんてない…。」

ようやく彼女が口を開いた。

「風船…かな…?」

「でも…まったく揺れてない…。」

それは、一見、位置的に街灯のような高さにあるが、そもそも柱も何も無い場所なのだ。

「ちょっと降りて見てみようか…。」

「う、うん…。」

僕らはそっとドアを開け、そっちの方へ歩いていった。といってもほんの数メートル先だ。その真下まで行き、"何か"を見上げた。

それは、真っ白な、恐らく今まで目にしたことのないくらいの、"完全な球体"だった。

当然、電柱にぶら下がっているわけでもなく、風船のように揺れることもなく(そして形状的にも)、ただその宙に静止しているのだ。

そして、それとの距離は電柱の変圧器などがあるくらいの高さ、ジャンプしても届かないが壁に登ればすぐ手に触れられるくらいの位置だ。

「見て…ちょっと光ってない…?」

よく観察してみると、僅かながら鈍く発光している様なのだ。ただそれは形容しがたい光源というか、見たことないようなマットな質感で、白くぼーっとそこに存在を示している。

前回の夜空の怪の大きさからすれば、これは言うなればバランスボールを一回り小さくしたくらいの大きさだろうか。それが微動だにせずそこに浮いているのだ。

「何なのこれ…家族に言った方がいいかな…。」

その時だ。

スーーーーーーッ。

その球体が、音も無く宙を移動した。

「えっ、動いた…!?」

そしてまた少し先の中空で静止する。

「追っかけて!」

僕らは早足で、後を追った。
再びその下まで来た途端。

スーーーーーーッ。

それはまた滑るように移動した。
そして事もあろうか彼女の家の敷地へと入っていったのだ。

「走って!!」

深夜の住宅街、彼女が小声で叫ぶ。

僕はダッシュして、玄関まで着くと、躊躇せずに門を開け、一気に庭へ入っていった。

スーーーーーーッ。

白い球体が闇夜を滑っていく。

スーーーーーーッ。

全くの無音で宙を動いている。

バクバクと僕の心拍数はあがり、とてもじゃないが冷静でいられない気分だった。

が、ひとつ気付いたことがあった。

その、移動している"高さ"がずっと一定なのだ。

もはや"浮いている"とは形容し難い、まるでグリッドに沿って進んでいるかのような、幾何学的なモーションなのである。

「あーっ、隣の家に入っていく…!!」

彼女の小さな叫び声が庭に響く。

球体は今度は止まることなく、垣根を越えその姿を消した。

さすがに隣家に立ち入ることは出来ない。
僕らは呆然と立ち尽くした。

その時、ふと僕の頭の中に、

「"完全な球体"は地球上には存在しない。するならばそれは接地面ゼロとなり、つまり宙に浮く。」

という、どこかで聞きかじった物理ネタが思い起こされた。

"完全な球体"は地球上には存在しない…?

明かりもない真っ暗な庭先で、僕らは目を合わせる。
お互い発する言葉も見つからず、ただ無言で肩で息をしていた。

それは、余りに暗く静かな夜だった。



ー終ー


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