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シルクロードをゆく (三蔵法師の道、西安からウイグルを目指す - Ktrips1 前編)

この旅行記は、アマゾン・キンドルで電子書籍として100円で販売しています。アマゾンリンク:http://ktri.ps/Silkroad1
noteではその一巻を無料にしています。もしこれが面白かったら、後編を買ってみて下さいね。

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これは1996年8月28日から9月21日にかけて、約一ヶ月間に中国からシルクロードを抜けてパキスタン、インド洋まで行った旅行記です。

もし、万が一この日記(その時書いた日記帳)を何処かで見つけた方は、下記まで送って下さるようお願いします。

〒168 日本国東京都杉並区久我山5-38-XX

03-5370-XXXX

吉田 顕一

よい旅でありますように。

This is my travel diary from Aug 28 to Sep 21 in 1996. Please send this to followed address, if what happens.

168 5-38-XX, Kugayama, Suginami-ku, Tokyo, Japan

+81 3(5370)XXXX Kenichi YOSHIDA

God bless us.

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1996年8月28日 (水) 成田-北京 初日

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今日から二十五日間の旅の始まりです。昨日まではかなりいろいろ大変だったけど、気分一新、心は旅へ。元気に行こう!佐野家で食べたピザはうまかった。

成田空港で。大学の同級生サノと出発する。

買い物はダイアルキー、おりたたみ傘、歯磨き粉、で完璧!成田に行ってTake Off!!

・・・・

北京着、中国時間P.M.10:00.バスを見つけ、北京市内へ。

北京市内着P.M.11:00.これからどうやって宿さがすんだあ!

中国本土は初めて。どんな旅になるのやら。

とりあえず、宿のありそうな所まで市バスで行く。お金はいちお空港で換えられた。バスでお金の払い方がわからん。とりあえず適当に払い、謝謝!

「歩き方」の安宿はMAPに載ってない!どうやってさがすんだあ!歩くこと一時間半。もう十二時をまわった。

怪しいネオンと、高そうななんとか大酒店しか開いてない。佐野も不安そうだ。もうTAXIの運ちゃんに連れてってもらうしかない。

とにかく英語が通じないなか、適当に伝えてTAXIに乗る。

一軒目の宿。没有(メイヨー)!やられた。中国初めてのメイヨー(ないよって意味。これから何回これを聞くことになるか...)

なんとか二軒目の宿「中国黄金葉酒店」はちょっと高いけどGet!!

とにかく寝る..zzzz...

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8月29日 (木) 晴れ 北京 2日目

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今日はチケット取りにあけくれた。まず昨日の宿は高いので安い宿にChange.今度は「満隆酒店」。受付の女の子はけっこうかわいい。

天安門広場にて

とっとと明日の夜の北京-西安の電車のチケットを取って北京観光だ!っと思ったらとんでもない。まず北京駅に着けない。駅という字は「立占」と書かないと筆談してもわからないらしい。

結局バスを三回乗り継いで北京駅へ。駅に着いたら集票処(チケットを買うところ)はまさに修羅場。喧嘩というより戦争だ。

列が列をなしてなく割り込みが割り込みを呼び、ケンカが始まっている。どうするんじゃ、こりゃ。

これはヤバイと思いつつ近くの人に聞いてみると、北京-西安の鉄道は「北京西駅」へ行けと言う。何だそりゃ。そんなんしらんよ。

とにかく今度は地下鉄に乗って、北京西駅へ。なんとこの西駅、今年の6月に出来たばかりで、かなりの路線がこっちに移ったらしい。そりゃわからないよ。

とにかく並んでみる。西安まで夜行「堅臥(二等寝台)」二票!なんか言ってるぞ。何でもいいよ、とにかくくれ。今度は以外とすんなり買えた…

しかし!見てびっくり!買ったのは「臥」でなくて「座」。つまり噂に聞く中国最低の席「硬座」だ!!まあ北京-西安間十六時間なんとかなるだろうと開き直った。

とにかく疲れた。飯食おう!

駅近くの市場の屋台で、炒飯、炒面、肉菜、ビールを頼む。そしたら来るわ来るわ、すごい量だ。かなり食べて油っこい炒面を残していたら、店のおばちゃんが何やら言ってきた。中国では食べ物残しちゃ行けないよ。「是中国人」と言っている。

更に仲良くなっちゃってもう一杯炒面とビールを持ってくる。

佐野と死ぬきで食べてやっとの思いで帰してもらった。もう宿に帰って寝るしかない。

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8月30日 (金) 曇り 北京 3日目

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さて、晴れて今日から北京観光に出よう!とにかくまず万里の長城だ。受付の可愛いお姉ちゃんに聞いて前門まで行けばバスが出ていると言う。

さっそく、前門へ。もう北京の地理は把握した。しかし、、、よくよく探してみると、万里の長城行きのバスは6:00〜10:00と書いてある。

Fuck! なんて中国人は早起きなんだ!しょうがないからサノと相談してTAXIで行くことに決定。

それじゃあ、その前に天安門広場だ!天安門広場はさすがにでかい。世界一の広場だ。

写真を取りまくる。それにしても日本人らしき人はいない。そんなもんかな。天安門に登ってみる。広場が一望できる。

ここが、毛沢東が中華人民共和国宣言をしたところであり、あの広場で学生達が戦車にひき殺された広場でもある。記念バッチをもらって、天安門を降りる。

よし万里の長城に行こう。TAXIの運ちゃんと交渉して片道だけ100元くらいで行ってくれ、と言ったら、断られた。交渉の末片道300元でまとまった。ちょっとぼられたかな。

TAXIは普通道を行くこと二時間弱。

どうも調子が悪いらしい。いきなり降りろと言う。何かと思えば後輪がパンクだ。Shit! もしスペアがなかったらどうしよう。でもいちおタイヤはあり、事なきを得た。ふー、冷や冷やさせるぜ。

とにかく長城の入り口らしきところまで来た。よし万里の長城だ!っと思っていた所はなんと熊園。失敗した。

もう少し山道を歩きやっと長城の入り口へ。

やっぱり万里の長城はすごかった。

全部が全部こんな立派な石垣のわけではないが、こんな峰の上にこんなものを延々数千キロも、、、気狂いだ。月から見える唯一の人工建造物というのも嘘に思えなくなる。なかなか満足して万里の長城を去る。帰りのバスは10元だった。

それはそうと今日の夜から西安まで硬座で十六時間。どうなるんだろう。

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8月31日 (土) 晴れ 硬座西安行き 4日目

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硬座(インツォー)。この響きは中国バックパッカーにとって最低最悪の座席を示す。つまり生の中国を感じられるところなのだ。

        硬座にて。これからが大変だった。

座席指定にもかかわらず、まるで戦争のように乗り込む中国人民に混じっておれとサノも列車内に乗り込む。拍子抜けしたことにそこはきれいな座席が整然と並んでいる。なんとかなるじゃん、二人は思った。

そんな思いは列車が北京を出てから1時間もたたないうちにかき消される。

誰もが食べたものをそこらへんに投げ捨てる。リンゴの皮、カップ面のあまったやつ、ビールの瓶、タン。たばこの煙となんだかわからない臭いの中、ほぼ直角の座席で眠れるわけがない。しかも訳の分からない音楽が流れ、電気もつきっぱなしだ。果たして十六時間もつんだろうか....

とりあえず、向かいの人達と話す。母親と息子、そのガールフレンドらしい。けっこう良さそうな家族で打ち解けて果物やガムを交換しあった。女の子はけっこう可愛い。中国のカップルはけっこうべたつく。まあそれもよし。

中国列車の旅は生の中国を感じさせてくれる

なんとか寝ようとする。すると突然足の間から人の顔が出てきた。座席がないやつが席のその下に寝ようというのだ。

もうどうにでもなれ。サノもあきらめる。あまりに疲れ切ったところで二人とも眠りに落ちていった。

やっとやっとの思いで西安に着いた。昼の2時だ。

古都西安は高い城壁に囲まれたおもむきある街だ。とりあえず明後日のチケットを押さえて、宿を取り寝よう!

それだけの思いだった。そして更に地獄が待っていた。

駅の集票所は人、人、人でごったがえし、何処で買ったらよいかわからん。とりあえず並んでみよう。番が来たら「外国人はあっち」と言う。上の外国人受付は閉まっていて、それっぽいところに並ぶとあっちに行け、あっちに行くと今日は売れない月曜日の朝来い、と言う。

西安で乾杯!

どうなっているんだあ。

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手紙1 To: M 1996/08/30 @西安

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你好、M!

今、写真の兵馬俑のある古都、西安を出て、列車の中にいます。

向かう先はこのはにわ達のみつめる先シルクロードです。

あまりにトラブル続きですが、とにかくGo For It!

2泊3日の列車の旅の末は、ウイグル族の住む鲁木齐(ウルムチ)です。

西へ西へ向かいます。

では再見!

From K.

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9月1日 (日) 曇り 西安 5日目

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朝チケットを取りに行ったがまた、ダメ。土日は予約が取れないらしい。

しょうがないので当日にかけることにして西安観光だ。

西安と言えば秦の始皇帝の築いた6000体の、はにわの軍団、兵馬傭だ。入場料はちょと高かったが、やっぱりすごい。2000年の時を経て彼の軍隊がよみがえる。しかも一人一人顔の表情が微妙に違う。馬も精巧にできている。

そしてよくもまあこんなものを掘り出したものだと思う。発掘はまだまだでその全容がわかるのはいつのことだろうか。とにかく始皇帝はなかなかの気狂いだ。

西安で自転車を借りて、グルッと一周

それにしても兵馬傭まわりの飯やでは結構ぼられた。まっ観光地だからしょうがないか。三包苔茶と石榴も食べたし。

西安に戻った後は市内を自転車で回ろう。かなり気分がよい。中国人民担った気分だ。

これがあの兵馬俑

西安の町は広い。城壁の中だけでも5キロ四方はゆうにある。

いにしえの都、シルクロードの始点,国際都市西安。ロマンかきたてるねえ。

それにしてもサノの調子が悪い。腹が痛いらしい。二人とも中華の油っこさに少し飽き飽きしたらしい。

今日は日本食といこうか。「歩き方」おすすめの日本料理屋「理恵」はなかなか、サービスもよく値段安めで味も良かった。とんかつ定食を食べられたからにはもうこの先一生日本食が食べられなくてもいいと思った?

明日でサノともお別れ。最後の晩餐はなかなか楽しかった。

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9月2日 (月) 曇り 西安-ウルムチ (軟臥) 6日目

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いよいよ決戦の日だ。今日こそチケットを取らねば。

朝8:00から駅に行くと8:30始まりなのに並んでるわ、並んでるわ。めげずに予約取りに並ぶ。となりのイギリスからきたヒゲ君も不安そうだ。

ここでサノと分かれる。別々の行き先、別々の旅。

ここでイズミにあう。彼はトルファンに向かうらしい。彼と共同して交渉するが今日のは「没有」!しょうがないから当日キャンセルに並ぶ。

並ぶこと一時間、とにかく割り込みが多い。割り込みのやつと喧嘩しそうになったが、やっとの思いで番が回ってきても、予約表がないとダメと言う。

どうすりゃいいんだ。明日はウルムチまで行く便がないし、もう方向性を見失った。

っという間にサノはゆうゆう軟臥で広州まで行く時間が来た。気をつけろよ,サノ!日本のみんなによろしくな。

それぞれの行き先に向かって、進みます

困り果てたところにまたイズミ登場。もう一度予約に並んでみよう。もう閉まる時間(AM10:00)を過ぎてるがTRY!

今度は英語がしゃべれるおねーちゃんで、なんと軟臥ならO.K!

Oh, My God!!ちょっと高いけどとにかく取れた!神様ありがとう!

14:00の列車まで、待合室で待っている。隣の中国人の女の子に話しかける。彼女はEnglishがいける。うれしい。

なんでもQigong(気孔)を勉強してるらしい。みょうに好かれちゃってよかったら遊びに来ないかと自分の故郷、銀川の住所をくれた。

ちょっと別れがたかったけど、これからウルムチまでの軟臥の旅二泊三日がスタートだ!

鉄道からの風景。まさに世界の車窓から。

イズミとは上下のベッドで同室。さすが軟臥、中国のお金持ちか我らを含め外国人だけだ。

同室のおじいちゃんとおじさんに声をかけた、もちろん筆談で。かなり日本に興味を示している。我ら日本人に質問の雨あられ。そのうち歴史の話になり何でもおじいちゃんは李先生と言い史学家らしい。

そして続けざまに侵略、東条英機,靖国神社参拝と続く。でも外国人となんかまじめな話が出来てうれしい。我好平和。やっぱりこれでしょう。

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9月3日 (火) 西安-ウルムチ (火車) 7日目

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さて軟臥二日目。以外と暇を持て余すことはない。手紙を書いて、いろいろ荷物を整理して,これから行くところをチェックして、、、まあ眠くなったら寝ればいい。

気分もなんか楽だ。これが軟臥の醍醐味でしょ。

鉄道のコンパートメントの中のメンバー、ほんとうに楽しかった

また同室の李先生と話す。もう一人のおじさんは政治家らしい。さすが軟臥。

彼らは四人で中国国有公司油田を調査しに行くらしい。だいぶなごんできた。今度はこっちが質問だ!中国は何でこんなに列車のチケットが取れないんだ!とか結構君ら無愛想だよとか、言いたいこと言いまくり。

なかなか盛り上がって中国じゃんけんで一気大会もしたりした。いまいちルールが分からなくて負けっぱなし。飲んだ酒はかなりきつく、胃が乾く!

ところであなたは何を勉強してるんだと聞かれ、かなり大げさに答えてやった。

そしたら李先生より励ましの言葉をいただいた。まあがんばりましょう、日本の加藤君。

それはそうと車窓はすごい景色だ。360゜地平線しか見えないなんて、、、っと思ったら山あり谷あり川あり、、、

そして万里の長城はここらへんにまである。嘉峪関で西域最後の長城を見た後は本当に西域まで来たんだなあと感じる。ここから敦煌まで行きたかったなあ。

玉門で政治家の先生とお別れし、イズミと食堂車で晩餐をとる。

こんな風景を見ながら食事なんて最高だ。なんて贅沢なんだ。ちょっとビールもまわって話がヒートアップ!

やっぱりBackpackerでまわってるやつはひとくせある。石垣島の話に始まり、海の話、Surfin'の話、そして自然の話、神の話、宗教の話、ラリると高ぶるの違いetc...

やっぱりそうだ。何かに気づきそうだ。何かを感じる。車窓の風景のせいだろうか!ビールのせいだろうか,わからない。

でも何かがあるから私は旅にでる。この気持ちがたまらない。私はどこに行くんだろう。何かを感じろ!楽しくてしかたない。

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9月4日 (水) 西安-ウルムチ (火車) 8日目

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さて,とうとう二泊三日の列車の旅も終わり。

イズミともトルファンでお別れ。またどこかで会おう!

明け方李先生はハミで降りていった。最後に、日中友好!と言う言葉をもらって、ああなんかよかったなあと思う。再見!李先生!

それにしても今日の風景は本当の砂漠だ。砂漠の朝焼けがきれいだ。

砂が赤く染まり、幻想的だ。

途中から隣の部屋の人たちと仲良くなった。彼らは英語がしゃべれる。ちょっとほっとする。

他の中国人に比べると明るい。

そろそろP.M.1:00。イズミが降りるトルファンに近づく。

たった三日くらいのつきあいだったがすごく長く感じた。旧知の友のようだ。

俺も「愛しのトルファン」降りたいなあ。最後に固い握手でお別れ。気をつけてな。

火炎山があるという伝説のトルファン

さあウルムチだ。これから何があるんだろう。とにかくGo for it!

駅前ではビリヤードをやっている。顔はやっぱりウイグルっぽい。ちょっときつそうだが、笑うと人なつっこい。

とりあえず一番近くの新彊飯店に宿を取る。ドミトリーで二十五元だ。安い。久しぶりのドミだ。

とりあえずすごい日本人がいる。すごいのはヒゲがすごいのと目つきがやばい。北京で留学してるらしい。

彼は今日、硬座で北京まで四泊帰るらしい。すごい。

という間にももう一人、日本人が来た。ユウジと言うらしい。かなりしゃべる。そして文庫本を十冊も持ってきたらしい。その一冊中原中也の詩集「汚れちまった悲しみに、、、」を貸してくれた。

不思議なやつだ。彼もカシュガルへ行くらしい。よしそれでは一緒にバスのチケットを取りに行こう。

ウルムチ駅にて

いろいろウルムチを見て歩こう。やっぱりバザールの周りは面白い。中国じゃないみたいだ。シシカバブを食べる。あまりにもうまい。ウイグルに来てよかった。

ウイグルの子供たちに道を聞く。ユウジは少ししゃべれるのですぐ仲良くなる。一緒に写真をパチリ。

いちお道を教えてくれたがよくわからない。やっとバスターミナルを見つけチケットを帰るかどうか聞く。

明日の17:00なら寝台車が買えるらしい。よし明日カシュガルまで行こう。33時間バスの旅だ。

宿に戻るとパキスタン人が二人いた。彼らは英語がしゃべれるので、パキスタンのこと、国境越えのことを聞く。

とにかく今日はお疲れ。もう寝よう。おやすみ。

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9月5日 (木) ウルムチ-カシュガル (バス) 9日目

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朝起きたら、いきなりパキスタンが話しかけてきて、オレは日本に行ったことがある。池袋の田無に住んでいた。オレの弟は日本でパキスタン料理屋をやっている。今度日本に帰ってきたら行ってみろ、と言う。なかなかお節介なやつだ。

もう一人のパキスタン人はなんとビールを飲んでいる。いいのかおまえは!

それハラルじゃないの?と聞くと、a little little beerと言う。二本も飲んでなにがlittleじゃい。なかなかいいやつだ。

今日はバスが出るまでウルムチを歩き回ろう。

やっぱりバザールだ。生活すべてものがつまっている。香辛料のところへ行くと鼻がかゆい。ナイフや帽子はカシュガルで買うとしてなんかいいもんないかなあ。

それにしてもここらへんの人は厚着だ。しかもよくよくみるとみんなかなりおしゃれだ。みんなジャケットかコートをはおっている。中でも一番クールなのは結構おじいちゃんが着ている詰め襟型ハーフコートだ。人民服みたいだが、色も紺、黒、茶,格子柄とある。中は必ずVネックニット。これもイカしている。そして頭は民俗帽か鳥打ち帽(ハンチン帽)。

どっちもイカす。でもとりあえず民俗帽は買おう。

ウルムチの学生と写真をパチリ

更に古着街も見つけた。あのハーフコートあるかなあと探したが、どこにもない。もう流行ってないのかなあ。

日本で着てもかなりいい線いってるのに。

とりあえずバスの出る時間。いろいろあってバスの時間はギリギリだ。ギリギリで行ってみると、バスの寝台車はまるで奴隷船。こんなんで33時間もつんかなあ。(そして地獄のクレイジーエキスプレスは走り出した。)

これがこれから三日三晩共にするバス

とにかく腹が減った。夜食べてない。バスの運ちゃんの気分次第なんだろう。トイレ休憩もとにかく何にもないところにいきなり止まるだけだ。

なんか食わせてくれえ。とガマンすること六時間。P.M.11:00頃宿場町みたいなとこに止まって、食べたラガメン(うどんみたいなのに、ちょい辛めのピーマン、トマト、マトンのスープをかけたもの)のうまかったこと。

そしてまたバスは走り出す。とにかくすごいゆれだ。でも寝るしかない。

そして砂まみれだ。喉が痛い。心なしか腹も痛い。

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9月6日 (金) ウルムチ-カシュガル (バス2日目) 10日目

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とにかく走り続ける。バスは昼も夜も。

砂漠の中、前にも後ろにも何もない

2:00A.M. トイレ休憩;あんまり眠れないとりあえず外にでる。少し寒い。星はまあまあ。ホコリが多いせいか,またたいている。

寝るしかない。そのうちガタゴトが子守歌になるだろう。

11:00A.M. 朝御飯。やったあ。ご飯だ。腹減った。今度は人参ピラフだ。真ん中に羊のリブ肉がのっている。かなり油っこい。胃にもたれた。

同じバスのロシア人ぽいおじさんが声をかけてきた。なんと彼は日本語がしゃべれる。こんなところにしゃべれる人が。でも彼は英語がいけない。彼は来年、北大に農業関係で行くらしい。

ウオー。ホコリがすごいゼ。目にも鼻も喉も痛い。

休憩所で売られている香辛料。まさにシルクロードは香辛料の道でもある。

外は相変わらず、ゴビ灘って感じ。荒れた土地に草がちょぼちょぼ。ときどき羊が通る。

とにかくなにもすることができない。後は同じバスのメンバーのメンバーにあだなを付けるだけだ。

一人目の運ちゃんは寺山修司に似ているから「寺修」。

カメラを持った一見日本人風の旅人は長髪だから「キタザワ」。

かなりロッカー風で、上下黒ピチジーンズでオールバックの彼は何となく「ジョニー」。そしたらやっぱりギターを持っていた。

そして唐辛子もたくさん。こんなにあったら辛いだろうに。

こんな砂漠にエレキギター?彼のライブを聴きたいぜ。

あとさっきの日本語を話せるやつは変な帽子をかぶってるから名前は「ボス」。

そして途中から乗ってきたウイグル系のスカーフをした女の子。眉毛がりりしいので「サエ」。

まあその他いろいろ。

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9月7日 (土) カシュガル 11日目

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やっと着きました。カシュガルです。6:00A.M.真っ暗です。とりあえず宿を取ります。少し寝させて下さい....ZZZ....

ついに来たんです!北京から6000キロ。シルクロード、中国西の端。砂漠のオアシス,カシュガルです。

カシュガル第一のイエティガール・モスク

ここは90パーセント以上ウイグル族が占める町で、絶対に中国じゃありませんって感じです。とりあえずイエティガール寺院のある町中心付近のバザールに行きます。

ここのバザールはウルムチのとは比べものになりません。お土産やから日用品まで何でも売っている。とにかく町全体がバザールです。

イエティガール寺院はたいしたことないけど、その前で売っているハミ瓜は絶品!とにかくこれはメロンでしょ。それで一切れ一元!うまい!

そしてとにかく子供がかわいい。男の子は積極的で小さいのに仕事をしてる子が多い。

女の子は結構シャイでちょっと遠目で見てる。とにかく女の子は化粧をする前の十歳くらいの子がやせてて一番かわいい。その年頃を過ぎるとかなりポチャッとしてくるのが残念。思わず写真をパチリパチリ。

折り紙を折ってあげた子供達

歩いてる途中にバスで一緒だったユウジに遭遇。一緒に夕飯を食いに屋台に座った。

ここにも子供たちがいっぱい居たので写真を撮るよーって言ったらみんなポーズを決める。そしてこれが運の尽き。

仲良くなって帽子やら眼鏡やらバンダナやらを貸してやると,面白がってかけまくり、みんなとにかく素直そうな目だ。もっと撮ってと言うがフィルムがない。

よし日本からはるばる来た僕らがプレゼントをやろう。

子供達の瞳が印象的だ

そして折ったのがこの鶴。はじめは一つのつもりが取り合いの喧嘩になりこれはやばいともう少し折ってやった。すると来るは来るわ、オレにもくれオレにもくれとにかく折ること一人20羽以上。歩き方の後ろをやぶっておりまくった。

こいつらの中にもボスと子分みたいなのがあるらしく,ボスはすぐ横取りしようとする。ズルするやつにはあげないよ。

でも奴らは礼の一つも言わない。もらったら「ヤクシミシーズ(ウイグル語でありがとう)」って言えと何度言っても言いやしない。

かくして僕らは折り紙製造マシーン。キリのいいところでとっとと退散。いちお最後には「謝謝」だか「ヤキシミシー」だか言っていた。

宿に戻るとドミには外国人が三人いた。

一人はなんと西安から自転車で来て自転車で国境越えをするらしい。シェー!世界にはあほなやつがいるもんだ。残りの二人は今日パキスタンから帰ってきたらしく,そりゃあパキの山はVery Very Good!と連発していた。

すっごく楽しみだ。

その他にも数人の日本人と情報交換。いろんなやつがいて、やっぱり旅人は面白いね。

そうそう、明日は日曜で、川向こうで大バザールだ。すごい楽しみだ。

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手紙2 From: K To: M 1996/09/06 @Taklimakan Desert

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其の一

ついにやってきました。中国西の果て、サバクのオアシス、カシュガルです。

地図で見て下さい。すごい所にいるでしょ。

ところで、Mはこの前、霊的なものはきっと存在するといってたね。

今、私はそれを感じます。

途中、タクラマカン砂漠をバスでひた走るなか、ここにはきっと砂の精か風の精がいるんだろうなあと感じました。

自然に対する畏怖であり、敬意であります。続く~

From K.

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手紙3 From: K To: M 1996/09/07 @砂漠のオアシス・カシュガル

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其の二~続き

そして今度は、山の精が支配するカラコルム山脈を越えます。

ドキドキするでしょ。

まあそれはともかく、ここはオアシス。

明日は日曜大バザールの日。

このシルクロードの中間地点で変な一品を探してきます。

楽しみにしてて下さい。

それではホシ! (ウイグル語さようなら)

From K.

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9月8日 (日)カシュガル 12日目

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日曜大バザールの日

バザールにはタクシーならぬロバ車で行く

とにかく今日はバザールだ。川向こうで開かれるぞ!

ロバ車に乗って出発。これは結構気持ちいいけど、ちょっとロバがかわいそう。

そして川の手前に到着。スゴイ!スゴイ!の一言(二言)。

とにかく人がスゴイ。そしてほんとに何でも売ってる。大通りには果物、野菜、ナンに、ヨーグルト、西瓜も海になっている。一歩路地にはいるとそこはアーケードバザールの迷路。日用品,化粧品、文房具から古着、帽子、靴、鞄。

ここでウイグルのおじちゃんが着てるショートコートをget!

たぶん似合ってるはずだ。なぜなら服屋のおばちゃんが手をたたいて笑ってるからだ。

思わず買ったウイグル服

次は食べ物街でLunchだ。ケバブに羊肉まん,ラグめんにナンと,もう腹一杯食べてると、向こうから日本人らしきツアーの一群が。

バザールの中はありとあらゆるものでごった返している

こんなところにもパックツアーがあるのか。おそるべし日本。しかもツアコンのおばちゃんは「こういう屋台で食べると下痢しますから,絶対食べないで下さいね。」とかぬかしてる。かわいそうなのは君らの方だぜ、ベイビー,こんなにうまいのに。

とにかく今日のバザールは地元の人が大挙して来てるのでローカル気分。そして食後の羊の乳で作った手作りバニラアイスにおいしかったこと。

もちろん動物も売り買いしている

そして次は緊張の動物売場だ。まず川岸でロバとロバ車が売られてる。買った人たちはまさに新車を買ったみたいで誇らしげだ。その近くの大きく囲われた中はまさに動物園。羊に,山羊に、馬、牛。らくだまで売ってるのは壮観だ。

ただ馬の試乗(?)がそこらじゅうで行き交っていてかなり危ない。鶏の集められてるところは無惨の一言。足をしばられた鶏が十羽単位でまとめられてころがっている。

ここでロバ車グッズのロバむちをget!なかなか味がでてる。

その他、小物をちょこちょこ買ったが、ケッサクはPAKISTANのPOSTCARD。

これと一緒にウイグル語のコーランと礼拝の仕方が書いてる本を買ったんだけど,店のおじちゃんは、このカードとコーランとかは一緒に入れちゃダメと言う。そうかごめんなさい。コーラン大切にします。

とにかく今日は一日中歩き回って疲れた。

明日のタシュクルガン行きのバスチケットを取ってみんなで夕食。結構友達も増えた。へとへとになって宿に帰る。

そうそう宿に帰ったら民俗舞踊のウイグルダンスを見たんだ。

踊りはそこそこだったけど,音楽は耳に残るね。僕はシルクロードを渡ってるんだ。

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9月9日 (月) カシ-タシュクルガン (国境越バス) 13日目

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朝、真っ暗な時間に起きて,とうとう峠越えに出発だ。今日は中国西の国境の町タシュクルガンまで。色満飯店で出会った一緒に行く沢田と小出と待ち合わせてバスターミナルまで。ターミナルで森田と落ち合い、荷物をバスの上に積み込む。

またバスに乗って、その休憩所で

知り合いが何人かいて安心する。まるでバス遠足のようだ。

バスは定刻10:00pmちょっと過ぎに出発した。そしてすぐに朝飯Time。

そしてその後がすごかった。その景色は今までの砂漠の景色に飽き飽きしていた私には感動そのものだった。

何もないところからいきなりスゴイ山が立ち上がっている。水がある。湿地がある。羊がいる。牛がいる。すばらしい景色だ。イスはめちゃくちゃせまいけど,まるで疲れない。

すごい風景だ。野生のラクダだ。

そして標高3000m付近のカラクリ湖。バスの運ちゃん止まってよ。湖は時間により色を変える。パオがあるよ。

そして頂上に雪をいだいた山が見える。あれが7000m級だって、じゃあ今相当高いところにいるね。

だんだん霞みがかってたのが晴れてきた。山だねえ。

タシュクルガン到着は北京時間18:00。って言ってもここは時差で3時間はあるから全然明るいね。

とうとう来たよ。本当の西の果て。四人でパミール飯店に宿を取る。ここらへんの人はまた違う民俗でタジク族。女の人が更にメッチャかわいい。

頭に円筒状の帽子をかぶり、それにスカーフしてる。

二十歳前後になっても太らないし、パミール飯店の前にたむろってたお姉さんたちは壮観だったね。写真取りたかったよ。

宿の受付の人も良かったし。そしてここの人たちは英語をしゃべる。うれしいね。

ここはほんとに静かなところ。そして明日は国境。

3人はVISAを持ってないので,一緒に行かないけどジープで往復するらしい。短い間だったけど妙に楽しい奴らだった。

あと更に、今日パキスタンから来た大阪のヤクモ君ありがとう。

もしかしたらインドに行くかもしれない,と言ったらネパールで買った「歩き方」をただでくれるって。ムッチャうれしい。

インドから帰ることになるかもしれない。ものすごいドキドキする。

砂漠の旅から山の旅へ。砂の神様と風の神様とは仲良くなったけど,山の神は私を祝福してくれるだろうか?

そしてこれから広がるパキスタン(インド)の旅。ちょっと興奮して寝付けない。不安と好奇心。

とにかく私はタシュクルガンにいます。もう後戻りは出来ない。

Go for it !!

中国最西の夜は更けていきます。

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Ktrips1 後編 ~ 中国⁻パキスタンの国境を抜けてインド洋まで、に続きます。

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