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「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」について考えてみる 3 現在→未来

ここまで、経済産業省が掲げる「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」が必要となってきた背景と、目指すべき未来の製薬業界の姿について述べてきた。ここから読む人のために予備知識としては、

  1. 日本のアカデミア・製薬業界は欧米の時流に乗り遅れ、Biotech企業を中心とする創薬エコシステムを作らなかった。そのために資金もなかった。

  2. 製薬企業がデジタル化の進む医療で生き残るためには、一般市民と医療IT人材への教育への参画が必要

と言う感じで書いてきたことを念頭にこの項を理解してほしい。最後に、事業開始から1年3ヶ月の間に聞こえてきた国内外の声を拾いつつ、Next Stepに向けたアクションの案をいくつか記載する。


国の介入のアレルギーか?民業圧迫か?

1.金だけではダメ、民間の経済活動に国が介入するべきでない、説
ほとんどの人が開口一番、この手の自説を展開し、いかに日本の過去の出資事業がうまく行かなかったかということを、事例付きで解説してくれる。かく言う筆者も、3000億円という規模感から、10年前に新型インフルエンザ対策で、ワクチンの備蓄のために1000億円が投じられたプロジェクトを想起した。確かにリスクマネーではなく助成金として一方通行で提供すると言うモデルは事業者目線からは「キモチワルイ」し、後々なにかついてくるフラグでしか無いと感覚的に感じる。ただ、この手の議論が盛り上がってこの事業自体を強く非難するほどになっていないのも事実(その前に知られていないというのも事実)。本当に何が課題で、何だったら良いのか?3000億円という数字が日本の創薬エコシステムの中でどの程度の規模感なのか?教えてくれる人は全くいなかったことが、この一連のNoteを書くきっかけとなっている。この課題は実は日本だけではなく、北欧やアジア各国はSovereign Wealth Fund(政府系ファンド)を通じて特定の産業分野に金を注入しているし、それに付随した補助金(今回のような直接の助成金)もある。この批判については、日本がダメなのか、額がダメなのか、運用がダメなのか、そのあたりがはっきりせず、建設的な議論になりにくい。ただ、共通しているのは得体のしれない違和感と、納得できる説明が得られていないことからくるジレンマのようだ。

多額の投資をする以上、道具にはこだわるのは当然

2.そもそもAMEDの資金は使いにくいし、事業運営に極めてFitしない条件がついている、説
これは比較的この事業に近しいところから聞こえてくる。政府系の助成金あるあるで、当初記載した事業計画通りでなければ助成金は得られずさらに、場合によっては事業者側に借金が残るという構造になってしまうこともある。開発事業なので不成功のこともあるし、途中でより良い出口が見つかればそちらに進むべきだ。しかし「資金の性質上コレコレこういう使い方しかできない」という制約がついてくることが多く、今回も特定のパイプラインのマイルストン達成に至らず、途中でピボットすることは不可能なようだ。この話をする時にあまりでてこないことの一つとして、助成金、いわゆるNon Dilutive Fundであり、出資者が損をしない仕組みだ、というところは誰もありがたがっていないという点は重視するべきかもしれない。投資家たちは、事業の加速が目的であり、下手をすると事業を潰しかねないリスクのある投資家とは協調投資は絶対避ける。今回の助成金は下手をするとその手の判断の対象となっている可能性が、ある。


3.具体的に日本のエコシステムに得られるメリットの設計がない、説

この声は特に海外から聞こえてくる。ざっと$3BのNon-dilutive fundだよ、というと"Oh! That's so generous. What do they want to achieve with that?"と逆に質問される。日本の技術をもとにしたとしても、米国で米国人が米国のファンドを使って実施するところに、日本政府のお金が数十億ついてくる… それで?というのが質問の趣旨だ。会社設立時に受けた技術ライセンスが最終的に使われないことはよくあるし(殆どの場合ライセンス料を支払わなくて良い方策を積極的に模索するし)、日本人が介在せず、教育効果もないのに、この金は何の意味があるのだ?と言う質問だ。Equityであれば、あるいみリスクマネーとして責任があるので、ボードメンバーの派遣を始めそれこそハンズオンの支援という責任も発生し、必然的に人材の経験値も上がる。この設計の内の10億円くらいでもいいから人員の派遣に割いて、ボストン、シリコンバレーのインサイダーを育てる努力をしろよ!と最終的には言われる。Top-tierのVCにとっては数十億円の助成金はあったら良いけれどもそれほど大きな額ではない。彼らを動かくのはむしろ、長期に渡ってwin-winの関係を築けるパートナーとしての価値ではないか?


4.米国の二流VCの食い物にされて終わる、説

90年代より製造業系の企業がシリコンバレーに駐在員を派遣したが、当時は日本企業はソコソコのプレゼンスと資金力があったので、それを目当てにコンサルタントを行う日本贔屓の人たちがいた。しかし今ではスタートアップ界隈で日本企業と連携を求める声は皆無と言って良い。一方で、VC業界が肥大化しており、資金調達に苦慮する二流以下のVCが、様々な戦略を駆使して自らのファンド規模を大きくし、投資の成功確率をあげようとしている。成長株のVCに認定ベンチャーになってもらいその成長とともに事業の成功、という方向性が望ましいが、実態は「トップVC紹介の手数料」「手持ち案件の延命策のために日本の技術を形だけ導入」などと言った事業目的と別のところでお金が溶けていく事が想像される。

5.オレが使ってやる、説

これは事業開始当初は意気込んで聞こえていた説だが、最近は減っている。ただ、使う気になって動かないと課題の本質は見えないし、次の手も打てない。筆者がVCとして資金調達の成功していればこの立ち位置をとっていただろう。


ちょうどいいものが無いなら、作る!Venture Creation!

Venture Creation Modelを取り入れる!

もう一度、政府のこの事業の目的を見てみる
「日本国内の枠組みに閉じて研究開発・供給基盤構築を行うことは、開発・供給のスピード感で我が国が後れを取るおそれがある。日本の企業・研究機関と、米国等の有志国のスタートアップ・ファウンダリとの連携を促進し、国際的な新薬開発・供給体制の構築を図る。」とある。ファウンダリとは半導体でよく使われる言葉だが、おそらく「スタートアップを生み出す工場」と言う意味合いだろう。出来上がったスタートアップの支援よりも、そもそも成功するスタートアップを企画立案し、同時に資金調達も行う。あらゆるポイントでリスクを確認し、低減するための試験と優秀な人員を雇用し、"Risk Mitigation"を行う。2010年にFlagship Pionneringはこう言った自社が投資することを前提にスタートアップを企画段階から立ち上げる仕組みを考案した。その中で誕生したプロジェクト、LS18がその後モデルナとして史上最大規模のIPOを果たしそして、COVID-19ワクチンを創出している。既に米国のスタートアップ関係者の中では「VCのバックアップなく新規で立ち上げたスタートアップの資金調達は難しい。最初からVCのVenture Creationの枠に入っていることが当たり前」となっていることからも、彼らの手法を学ぶ上でVenture Creationは避けて通れないモデルだ。

米国VCにとって日本のシーズの魅力は?

多くの米国の創薬関係者にとって、日本は謎な国だ。ほぼすべての研究者が欧米に留学するにも関わらず、いつの間にか日本に帰って自分たちと似たような研究をしている。留学先と瓜二つの仕事をすることもあれば、自分たちの流行と外れたところで一生懸命研究を続けている人もいる。彼らはサイエンスは真理を追求する学問だと教育をしつつも、実際には流行り廃りがあり、戦略的に立ち回らない限りトップ大学の魅力的なポジションは得られないと同時に教えている。Biotech Startupも基本的にはその延長線上にある。人間はハイリスク投資と言っても、計算できるリスクでなければ投資活動はできない。投資側もされる側も、欧米のサイエンスというトレンドにどれだけ近いか、確からしさを他の人達も証明してくれるかどうかで判断をしている。日本のサイエンスはその枠から外れている。なので事業化をしようとしても肌感覚では8割くらいの研究成果はリスクの評価の軸が作りにくい。しかし残りの2割位の中に、欧米の流行りから少しだけ外れているが、一応理解できるレベルの研究成果が存在する。それらは流行に乗っていないがゆえに他社との差別化が容易でありかつ、理解できるためにリスクの評価も可能となる。
そして、そういった変わった研究成果がノーベル賞級である事があるという、極めて謎な進化を遂げているのが日本のシーズの魅力とも言える。

研究には流行り廃りがある。日本はそこから少し外れている

Next Stepは?

3000億円あるとはいえ、際限なく資金を使って好き放題に事業をすることは誰も望んでいない。しかし、取りうる手段として選択肢が片手以上存在している状況ではないことは確かだ。既に走り始めている認定VC制度とその投資に対する助成金という枠はそれで走り続けるしかない。しかしそれだけでは事業のリスクヘッジとしてあまりにお粗末に思える。そこで既に米国で主流となりつつあるVenture Creationモデルを米国一流VCと共に実施すると言う方向性を、強く推奨したい。その際には日本の若手トップサイエンティストとタッグを組んだプロジェクト組成など、米国のVCが魅力を感じる枠組みの提供などで議論をし、ある意味仕込み案件と、それ以外のバラマキで成果を期待する案件とに分けて動くべきだ。これだけ流動的な社会に於いて、1年半前に決めた枠組みだけでダラダラと資金を垂れ流しにすることは得策でない。

最後に

BioJapanの資料を作っているうちに、いつの間にか「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」に絡めて資料を作ってしまった。本当は英文で真面目な文章を書かないといけないのだが、結局自分が創薬スタートアップの考え方が整理できていなかった、というのがこれを書いてみてわかったところだ。実際に数字を調べてみて、日米の違いを再確認し、結局誰が何を欲しがっているのか?という論理を確認してみると意外に「こんなの絶対ムリ!」って思っていたところに道筋が見えてきたように思う。
最近Venture Creation Modelにハマっているけれども、一部の業界の方々からは「それだけが全てちゃうで」というツッコミも頂いている。しかし実際にそれのお陰でCOVID-19のmRNAワクチンはできたわけだし、日本も同じか、それを凌駕する仕組みを作らなければならない。
「米国の仕組みに翻弄される日本と、その環境の泳ぎ方」という図式でこの3つのNoteを書いてきた。過去にホンダは米国の高い排ガス規制基準に取り組み、それを克服することで市場シェアを拡大した。規制があるから、システムが日本向きでないからダメだ、ではダメ。オールジャパン、もダメ。日本というブランドを使って世界のヘルスケアの未来を明るい方向に持っていくのが、我々の使命。


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