輪廻の風 (16)


夕日が沈み、外はあっという間に真っ暗になった。

エンディとカインは物陰に隠れ、密漁船の様子を伺っている。
船上から魚網を引き上げている人影が見えた。

「よし、あそこまで泳いでこっそり忍び込もう!」

「待てよ、よく見ろ。」

カインに言われた通り船の近くに目をやると、海面に人影が浮かんでいるのがうっすら見えた。

どうやら魚網を持って素潜りをしいる乗組員がいるようだ。

もしこのまま泳いで船に近づいたら、間違いなく見つかっていた。
エンディは早まったことをしなくて良かったと安堵した。

1つだけ腑に落ちない事があった。
エンディはこの島に、数多くの凶暴な野生動物が生息している気配を感じ取っていた。

しかし、自分達に襲いかかってくる動物は1匹もおらず、それどころか動物たちがまるで自分達を避けているようだった。

四面楚歌の死の森で、2人の周りだけ不気味な静寂に包まれていたのだ。

「なあカイン、ここの動物たちって…」

恐る恐るカインの顔を覗き込み、言った。

「…ああ、あいつら人間が怖いんじゃねえか?」

クスッと微笑みながらそう言ったカインを見て、エンディは少しゾッとした。

カインはミステリアスなオーラが漂っていた。

こちらから話しかけない限り、滅多に自分から喋らない程に無口で無愛想な男だ。

心を閉ざし、世の中を斜めから見ている感じがした。

エンディはなぜラーミア救出にカインを誘ったのか、自分でもわからなかった。
しかしそれは"必然"だったのだと、後に思うようになるとはこの時はまだ知る由もなかった。

「なんか不思議だな、お前とはガキの頃から友達だったような気がする。」

この何気ないエンディの発言に、カインは一瞬動揺しそうになったが、必死に平静を保った。

「何言ってんだか。それよりダイバーたちが船に戻ったぞ、忍び込むなら今がチャンスだ。本当に行くんだな?もう引き返せないぞ。」

「当たり前だろ。それより、おれから誘っておいてこんなこと聞くのおかしいけど、どうして着いてきてくれるんだ?」

「後戻りできない状況を作りたかったのかもな。」

少し沈黙した後、カインは真顔で答えた。

「??どういう意味だ??」

「別に、深い意味はない。それより、別にこっそり忍び込まなくても堂々と乗り込めばいいんじゃねえか?何人か殺して操舵手脅せば、すぐにそのラーミアって女のとこにたどり着けんだろ。」

エンディは絶句した。

「何言ってんだよお前、そんな酷え事できるわけないだろ。いくらあいつらが悪い奴らでも、簡単に奪っていい命なんてこの世に一つもない!」

「いくらでもあるさ。世の中残念なくらい、汚い人間ばかりだ。死ぬべき奴らはごまんといる。」

「じゃあ、ラーミア助けたら俺と一緒に散歩しよう!」

「は?何言ってやがる。」

「お前はこんな所に篭ってるからいけないんだ。俺もずっと独りぼっちで辛かったけど、一歩外に出れば優しい人ばっかだったよ。世の中捨てたもんじゃないってことをお前に見せてやる!」

「そうか、それは楽しみだな。」
カインは鼻で笑った。

「だけど悪い部分があるってのも確かだよな、そんな世の中を変えてやろうぜ!お前も協力してくれ!」

目をキラキラと輝かせながら笑顔で理想を語るエンディは、カインにはあまりにも眩しく見えた。そのあまりの眩しさに目を逸らし、切ない気持ちになった。

「ああ、分かった分かった。早くしないと船がいっちまう、さっさと乗り込もうぜ。」

船はイカリをあげ、出港の準備をしていた。
インダス艦の3分の1ほどの大きさだったが、頑丈そうな鉄甲船だった。

2人は闇夜に紛れ、静かに海中に潜り、あっという間に船に船の近くに到達した。

エンディはどうしていいか分からず、とりあえず動き出した船にしがみついた。

カインはゆっくり海面から顔を出すと、小窓から生ゴミを捨てている乗組員を見かけた。

船にしがみつくエンディを手招きし、小窓の近くに呼び出した。

「多分あの部屋はゴミ捨て場だ、とりあえずあそこから入ってみねえか?」

「なんだよお前ノリノリじゃん!ゴミ捨て場なら人もあんま寄り付かなそうだし、とりあえず行ってみるか!」

「でけえ声出すなよ、こっそり忍び込もうっていったのはお前だろ?」

「ごめんごめん。」

エンディは少ししょぼくれている様子だった。

2人は物音を立てないように細心の注意を払いながら船体を登った。
運の良いことにその小窓は鍵がかかっておらず、エンディとカインの体格ならなんとか侵入できる大きさだった。

2人は中に入ると、強烈な異臭に愕然とした。
どうやらこの部屋は、カインの言った通り本当にゴミ捨て場だった。

さっき乗組員が海にゴミを捨てていたからか、部屋の広さに対してゴミの量はそこまで多くなかったが、部屋の中は凄まじく強烈な匂いがこもっていた。

「おい、こんな部屋早く出ようぜ。具合悪くなってきた。」

「ああ、そうだな。初めてお前の意見に賛成したよ。」

2人は部屋のドアをゆっくりと開けた。
シーンとした真っ暗な廊下を、忍び足で歩く。


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