見出し画像

宇宙に飛バス

「お客様、落ち着いて席にお戻りください」
「放せ、放してくれ!」

狂乱状態の男はチーフパーサーを思いっきり飛ばした。宙を舞ったチーフパーサーが嘔吐しながら近づいてくる。
ㅤㅤㅤ
(うおおお、ダイビング・ボディ・アタック、キター!)

脳裏には、トンデモツアーの出来事が走馬灯のように浮かんでいた。

◇◇◇◇◇

日本初の月周回ツアー「宇宙に飛バス」参加券は、競争率1000倍超のプラチナチケット。企画した権田原交通はインバウンドの波を巧みに操り、瞬く間に業界トップに躍り出たベンチャー企業だ。

ゴンちゃんこと権田原会長は、茶目っ気多い愛嬌ある爺さん。ただ、かなりクセが強く、変わってる。ㅤ

父親が会長の起業時から懇意にしてきたおかげで、私は運よく特別縁故枠、無料で参加券をゲットした。

◇◇◇◇◇

宇宙は人間のロマンをかきたてる。
子どもの頃からずっと宇宙系のコンテンツに親しんできた私は、心躍らせてXYZ島の「権田原宇宙打ち上げセンター」に向かった。

受付エリアで搭乗手続きを済ます。定員42名満員のはずだったが、時間厳守の集合時刻で私も含めた参加者は26名。うち、半分以上が50歳以上。高齢化社会の縮図だな。

遅刻した16名は、有無を言わせず無断キャンセル扱いとなった。契約では無断キャンセルは全額没収。

「会長は時間にルーズな人が大っ嫌いなのです」ㅤ
「社会の基本ルールすら守れないような人は絶対に乗せません」

ギャーギャー文句や言い訳を並べる遅刻者に言い聞かせるように、美人スタッフのハスキーボイスが響きわたる。
ㅤㅤ
「絶対に」のところで声が不自然に高くなったので、急に笑いがこみ上げてきたが必死に堪えた。ここは笑うトコじゃない。それにしても私は笑いの沸点が低い。

美人に一喝されシュンとなった遅刻者たちは、記念のゴンちゃん人形を片手にスゴスゴ施設外へと退出した。

何事もなかったかのように、スタッフは話を続ける。

「ツアー手引書pdfが50000ページ以上あるので読む気が失せた方が多いと思います」ㅤ
「こんなこともあろうかと、AIに3ページで要約させた内容をこれから紙でお渡しします」
「お時間をとりますので目をお通し下さい。ご質問や疑問点等ございましたらご遠慮なくお尋ねください」

キレ味鋭そうな女性占星術士が質問する。

「はじめから3ページでよかったんじゃないですか?」

「私も……そう思うのですが、会長の宇宙への熱ーい……想いは……どうしても削れないのです」
ㅤㅤ
ポーカーフェイスだったスタッフも、さすがに笑いをかみ殺していた。

一通りの質疑を終えると、いったん姿を消したスタッフはスポーツウエアに着替えて戻って来た。少林寺拳法の達人に相応しい体格だ。

「ツアーは安全第一です。楽しくなければ旅行といえません」
「そのためには身も心もリラックスです。まずは軽くラジオ体操で体をほぐしましょう。体操ルームへ移動してください」

(ラジオ体操か、懐かしいなあ)

30分後、息も絶え絶えの私がいた。

(アレは絶対にラジオ体操なんかじゃない!)

馴染みあるピアノの伴奏の第1から幻の第3までは、みんな笑顔で和気あいあいだった。

が、

「ラジオ体操 ザ・ファイナル」

では、次第に加速するアップテンポのコサックダンス5分間が決定打となって、あの占星術士含む大量17人のリタイアを出したばかりか、美人スタッフまでもがカニのように口から泡を噴いて倒れ、担架で運び出されていった。
ㅤㅤ
お姉ちゃん、よく頑張ったよ……
そもそも、会長の趣味のコサックダンスを準備体操に組み入れるのが間違いなんだ……

恐怖のラジオ体操で生き残ったのは9人。50歳以上は私ともう1人を除いて全滅した。

これって、一応は観光ツアーなんだよな?

◇◇◇◇◇

皆の体力が回復したのを確認すると、続いて登板したパーサーが宇宙船内に誘導する。

船内に入った私はすぐに違和感を覚えた。つり革に手すり、<<次停まります>>のブザー。

「あの、どう見てもバスなんですけど?」

「当社はバス事業が原点です。初心忘るべからず。本船ウラヌス初号機は会長の信念の結実なのです」
「だから、商品名も<<飛ばす>>ではなくて<<飛バス>>なのです」

「えっ! バスで宇宙を飛ぶ?」

「まさか! あくまでもイメージですよ。車体、あ、船体の安全性の保証はNASAのお墨付きです」

「ウラヌスって素敵な名前ですわね」

魔封波インストラクターを名乗る

「餃子のコスプレ」

をした美魔女が目を輝かせた。

魔封波といっても、公式インスタを見る限り、トラップをしかけて害虫や有害動物を閉じ込めて駆除しているだけみたいだが。
しかし、何でよりによって餃子なんだ?

「ウラヌスは美少女セーラー服軍団アニメの中の会長お気に入りキャラです」
「サードチルドレンですよ、フリーザ様」

(声優は同じでも、別の作品じゃないか)
(しかも、餃子をフリーザ様って……ファンはフリーズするぞ)

またまた堪えがたい笑いがこみ上げてくる。

(笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ)


指定席に着席すると、次は心のリラックスタイム、音楽を聴きながら発射まで、安らかな仮眠だ。BGMはタッチパネルの三択ロース。

①会長が歌うおりじなるそんぐ
②クラシッックセレクション
③権田原交通社歌

「ッ」は1つで十分な気がしたが、安全牌の②をタップすると同時にリクライニングが作動した。おそらく皆も②だろう。と思っていたら、早々に寝入った隣の男のヘッドホンから、会長の濁声が漏れ聞こえてきた。

おい、①を選んだのかよ!
地獄のコサックダンスの疲れからか、私もほどなく深い眠りに落ちた。

◇◇◇◇◇

かみまくりの船長の大音量アナウンスで目が覚めると、船は寝てる間に大気圏外を飛んでいた。どうやら初めてで、船長もクルーも発車、いや発射前に我々を起こす余裕がなかったらしい。苦情の声が上がったが、安全が最優先なのだから仕方がない。

しばらくするとパーサーが空中を泳いでやってきた。

「お客様の中にバーテンダーの方、いらっしゃいませんか?」
「オレ、バーテンダー」

学生時代ラガーだったという背後の巨漢の男が、無重力を理解していないのか、勢いよく立って浮上し、そのまま天井に頭をぶつけた。

「運転手、あ、船長が呼んでいます。初フライトの緊張から解放されたので、お酒を少し飲みたいそうです」

「飛行中の飲酒はダメじゃないのか?」

「今は暇……じゃなくて、発射後は大気圏再突入までほとんど操縦しないので、リラックスできる程度のお酒をつくっていただければ」

「わかったよ」

しばらくして、要領をつかんだバーテンダーはキャビンから腕組みのまま流れてきた。体に似合わず小声でブツブツいっている。

「アレは事故、オレは悪くねえんだ」

何となくいやな予感がした私は、ブザーで呼びだし漂ってきた赤ら顔のチーフパーサーに小声で

「もしかして船長は急性アル中なの?」

「いえ、緊張が解けた船長の強烈なオナラを何発も嗅がされて、怒ったバーテンダーさんが」

「殴った?」

「逆ギレの船長と揉みあい押しあって、運動量保存の法則で小柄な船長の方が高速で壁に激突して失神、現在安静中なんです」

「無重力の船内のオナラって籠るんで困るんです。しかも便秘気味だったものですから、ものすっごく臭い! 毒ガスを嗅がされれば、そりゃ誰だって怒りますよね」

「この船には空気清浄フィルタとかないの?」

「発射までには、あ、オナラじゃないですよ、稼働するはずだったのですが、メンテ担当の者がコサックダンスで泡噴いて気絶したとかで……」

(あのお姉ちゃんだったか!)

「『ファーブル昆虫記』のペ・ダイヨチャみたいですよね!」

(それもなんか違うし)

「船長が急性アル中? 船は大丈夫なのか?」

会話を断片的にしか聞いていない隣席の男が声を上げた。「声がデカイ」と制止しようとしたが遅かった。

たちまち船内は大パニック。

「ですから、当面は船長が操縦しなくても飛べるようになっています」

「機器トラブルが起きたらどうすんだ!」

「月面へ不時着です。大丈夫、これまで人類が何度も着陸に成功したところですから」
「バスをベースにした船なので車輪がついていますから、胴体着陸の心配はありません。アポロ計画にもなかった月面バス旅行だって企画しちゃいます。明日は満月、静かの海へGo!Go!」
「世界中が注目する中で月面歩行、これがホントのムーンウォーク」

ハイテンションで煽ってどうするよ? うわあ、コイツ泥酔してやがる!

喧騒の中、神経質そうな男が突如キャビンのドアをブチ破ろうとする。

「降ろせ、降ろしてくれ~」

酔いの覚めたチーフパーサーが慌てて飛んで止めに入った。

「お客様、落ち着いて席にお戻りください」
「放せ、放してくれ!」

狂乱状態の男はチーフパーサーを思いっきり蹴り飛ばした。宙を舞ったチーフパーサーが嘔吐しながら近づいてくる。

(うおおお、ダイビング・ボディ・アタック、キター!)

私は汚物まみれのチーフパーサーが激突する寸前で気を失った。

◇◇◇◇◇

息苦しさを覚えハッと我に返ると、照明のついたバスの私の席に巨漢の男が倒れ込んでいた。

「わりぃ。トイレ行く途中で急にハンドル切られてよ」

(チーフパーサー? あれ、ゲロられてない?)

運転手もやって来た。

「だ、大丈夫ですか? 申し訳ございません。いきなり鹿が飛び出してきたので……」

そうだった、東京でプロレス観戦の帰り、高速バスに乗ったんだったな。
今はなき、なんばのロケット広場を思い出しながら寝入ったから、あんなしょうもない夢を見たってか。

「大きな事故にならなくてよかったです」

私は笑顔を返した。

「ま、居眠り運転してたわけじゃないしな」

男はニヤリとした。

「ミナミでバーテンダーやってんだー。お詫びにおごるから来たれや」

手渡されたのは<<Bar ウラヌス>>の名刺。

「ウラヌスは美少女セーラー服軍団アニメの中の店長お気に入りキャラなんだぜ」
「オレのカクテルでサードインパクト!」

<<おわり>>

この記事が参加している募集

宇宙SF

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?