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ありがとうテレホーダイ、ありがとうインターネット

相変わらず県内外への出張をこなしつつ、期末の数字の追い込みや中間見直しに忙殺されていたらあっという間に月末です。
「9月30日までに記事を書くことで連続投稿を22ヶ月に伸ばすことができます。今月もnoteを書いてみませんか?」と公式からプッシュで煽られるので休日に重い筆を取る、というかキーボードに向かってみることにします。

ということで今日は、ちょうど本日新規受付を終了し、2023年いっぱいでサービス提供を終了する予定の「テレホーダイ」を偲んで、20世紀のインターネットと自分の半生について懐古厨していきます。
イソターネット老人会 キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!


テレホーダイってなんすか?

ググレカスとか言いません、まずはニュース、公式説明を。

要は23時から翌8時まで限定のダイヤルアップ(電話回線)接続定額サービスです。ADSLや光回線等の常時接続実現前夜、インターネット黎明期に大活躍しました。
今は光が主流ですが当時は音、つまり電話回線とモデムを介してPCからプロバイダに繋げてたんですよね。だからネット接続するのに通話料がかかる。ネットに繋がるまでのピーヒョロロロロという特徴的な音を聞いて毎晩昂っていました。
その通話料が定額になる、つまり(夜間限定ですが)ネットし放題。
いろんな若者の人生がこのサービスで狂わされたと言っても過言ではない、はず(藁) 
接続タイミング間違って膨大な電話料金が請求されたりして家族に迷惑かけたこともあった気がする(爆)

で、なにしてたんですか?

接続速度はせいぜい28.8〜33.6kbpsくらいでしたかねえ。メガじゃないですよ、キロです。お宝画像とかダウンロードするの大変だったんだぜ。。。

ということでやはりテキストコミュニケーションが主流になります。
同好の士のteacup掲示板を巡回し、ICQでアッオーして、
2chに入り浸っては2getズサー⊂(゚Д゚*⊂⌒`つ≡≡≡≡.したり
バーボン
されて涙を飲んだりする日々でした。
狂ってる?それ、褒め 言葉ね。

で、そのうち自分でも色々やってみたくなるじゃないですか。
HTML覚えてホームページビルダーで作ったサイトをメモ帳でエディット、FFFTPでアップする。当時まだPhotoshopは5.0くらい?
初めて作った自分のホームページ()はだいぶ痛い名前をつけた記憶があります。ほとんどのコーナーは工事中なんですが相互リンク集とかカウンターキリ番録だけは妙に充実していたような希ガスw

ということで今ふうに言うなら、ここが自己流フロントエンドエンジニア?としてのキャリアの始まり。
受験失敗して行きたかった大学に行けなかったとか色々やさぐれていた事情もあってか、講義そっちのけでネット漬けの日々を送ることになりました。
正直、スマンカッタ
ただまあ、いまだに当時身につけたことは自分の糧になってますからね。電気工学はよくわからずとも、後のキャリアにつながるWebサイト制作ディレクションの勘所を押さえることができた、とポジティブに考えます!

モバイルインターネットの衝撃

忘れもしない1999年2月22日、私が大学2年生の冬にiモードが始まります。
同級生の8割は大学院進学を意識していく中で、なんとなく自分は勉強向いてないな、ネット業界で就職探すかーと考え始めていた頃。
これまでブラウン管モニタの中でしか出会えなかったネット仲間にケータイから会いに行ける。キャリア課金でコンテンツが買える。それはそれは衝撃の一言で。
しかも記述言語はHTML互換のcHTML. 今までメモ帳で鍛えた技術でそのまま勝手サイトが作れる。すぐに仕様を覚えてモバイル対応を進めました。

cHTMLの次に学んだのはMLDファイルの作り方。着メロです。
J-POPの着メロサイトは数多あれど、洋楽メタルなどはまだまだ希少な時代。バンドでギターをやっていたこともあって、手元にはHR/HMのバンドスコアがたくさんあったのでそれを活用。楽譜とMLDの仕様を睨めっこしながら日々制作に励みました。
3和音から4和音になってドラム音入れられるようになった時は感動したなあ。銃声に近い設定音をいくつか当てていくとドラムっぽく聞こえるんですよ。。。なんてこだわりを発揮してたら、当時は勝手サイトで結構ランキング上の方まで行きました (・∀・)ニヤニヤ

そして今に至り、これから

もう大学3年も終わる頃には自分の気持ちは固まっていました。
モバイルインターネット業界で働こう。
なんならドコモに入って、自分でもiモードを超えるようなサービスを作れたら素敵じゃん、と。

あまりにもダメ学生だった私は研究室推薦的なところからも距離を置かざるをえず、自分なりのペースで就職活動を始めました。
エントリーシートで数社お祈りされつつも、面接まで行った会社は全て(と言っても少ないですが)内定がいただけました。私には自分のケータイサイトプレゼンという強いネタがあったからですね。制作の苦労やアクセス分析など披露していると大体の面接では面白がられて意気投合、ぜひうちで働いてみない?というパターンです。
芸は身を助く。好きこそ物の上手なれ。

そして縁あって当時の株式会社NTTドコモ九州に入社し、今は巡り巡って東北支社で働いてます!

今どきは就社じゃなくて就職だ、会社にこだわらずにプロフェッショナルキャリアを磨け、という声も多いですね。
だけど私は、テレホーダイやiモードを通じて人生に衝撃を受けた感覚がどうしても忘れらない。恩返しと言ってはあまりにもクサすぎるけど、NTTやドコモでなんとかしたい。NTTもドコモもなんとかしたい。
間違いがあれば正したい。自分が憧れたドコモでいてほしい。
そしてお客様に、私が当時衝撃を受けた以上の価値を届けたい。

ドコモ愛がいつか尽きる日が来ないことを祈りつつ。
今は東北・北海道エリアのお客様、代理店様、加盟店様皆さんの方をしっかり見つめて、初心を忘れず頑張ります。


・・・くぅ〜疲れましたw これにて完結です!
次スレ マダァ?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン

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