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小高川の真ん中に咲く、大きな桜の木の下で

「この桜、どこで撮影されたんですか?」
「それはね、小高川の中州で撮ったんですよ。今は、行けないのかなあ…」

調べてみるとその場所は、私が暮らす福島県南相馬市内の「小高川親水公園」という公園だった。川の間にある中州に桜がそびえる佇まいから、小高川の桜島、なんて私は勝手に呼んだけど、地元の方は親水公園の名で親しまれているかもしれない。

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2018年の冬、職場のコーヒースタンドに偶然、お客さまとしてやってきた写真家の須賀さんに、彼が撮影した写真を見せてもらっていた。2000年~2003年に写された、福島県浜通りの風景写真だった。浜通りというのは福島県の沿岸地域を指す。2011年に起きた、東日本大震災でその光景が変わってしまった場所も少なくない地域だ。

愛知県で生まれ育った私は、夫と出会うまで ーというのは、東日本大震災をきっかけとしたボランティア活動に参加するまでー 、福島県に足を踏み入れたことがなかった。結婚を機に夫の地元である福島に引っ越してきてから約4年、町の景色は見慣れてきたけれど、震災前の福島の姿を、私はまるで知らなかった。

須賀さんの撮った、なんでもない、震災を経験していない浜通り地域の写真を見た時に、初めて、この地域での暮らしを垣間見た気がした。季節の移ろいを感じる風景写真のほか、休日に川辺でスケッチをする人や土地に根付いたお祭りのときの写真など。私がみてきた、震災後に積み上げられた暮らしより気の抜けたというか、言葉で表現するのは難しいけれども、毎年繰り返されると疑うことのないような、ふつうの日々のこと。あぁこの頃の生活や、人々が見ていた景色を私は知らないなぁ、と思ったのだった。

そんな中でも、ひと際私の目を引いたのは、青空をバックに、満開の桜の木が土手道を挟むようにそびえたつ春の写真だった。その写真が取られたのは、普段から足を運んでいる場所だった。

「えぇっ、そうなんですね!?こんな場所があるなんて知りませんでした。次の春を楽しみにしています…!」と、私はかなり意気込んだ。

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けれど、次の春、その場所には行けなくて、その次の春も行けなかった。理由は、工事。東日本大震災が原因なのかは分からなかったけど、少なくとも私が目を向けた2019年以降の春、ずっと工事で足を運べなかった。河川の間にある、島のような場所なので、橋がかからない限り行けなかったのである。

そしてついに今年、2022年、4月。橋の工事が竣工した。3年越しの春、念願の景色を見るために私は、かけ足でその場所に向かった。

須賀さんに見せてもらった写真通りの構図の景色が、目の前に広がった。須賀さんの写真は、この画角で桜の花びらばかりが満開だったのだけれど、今年は若葉もすでに芽生えている。それでも、「わぁ、あの風景だ…」とドキドキしながら、足を踏み出した。

この道を抜けて振り返ると…

咲き誇る、とはこういう様子をいうのだと思った。向かい合う桜並木は重なり合い、大きな大きな1本の桜の木のように見えた。満開になってもなお、一本一本の枝は懸命に、外へ、外へと伸びようとしている。何かみなぎるパワーが伝わってくる気がした。

「咲いてくれて、ありがとう」と、人生で初めて桜の木にお礼を伝えたら胸が熱くなって、念願の景色が見られた歓びと相まって、泣きそうになりながら、たくさん写真を撮った。この風景の中に自分がいられることが嬉しくて、桜だけ、風景だけ、の写真は、見返してみたらほとんどなかったのだけど。

テンションが上がりすぎて、「サイコー!!!!」と叫ぶ私
川を挟んだ反対岸から、桜のある中州に向かって

ここまでは、デジタルカメラで撮った写真。フィルムカメラでも撮影をしていた。現像するまでどんな風に撮れているか不安もあったけれど…無事、残せた。デジタルカメラより、少し画角が狭く、近い感じ。

色は、光をそのまま焼き付けるフィルムの方が、やっぱり自然で、空気感まで描写してくれる気もして、好きだなぁ。

何度も何度も、桜の花々に手を伸ばした

この道は、かつてはたくさんの人が歩いたのかな。でも、この頃は、ほとんど踏みしめられることはなかったのかな。そんなことに関係なく、春になったら緑が芽吹くんだな。たった10数メートルほどの道だけど、思いを巡らすことがたくさんあった。

踏みしめる道に咲く花も愛おしい

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3年待って、ようやく見ることのできた桜。
見ることも、見られることも叶わない時期があった桜。

「この先もずっと、今日見た景色を大切にしたい。来年も、再来年も、家族や友達と一緒に、この桜を見たい。見られる日々が続くように、この風景を守りたい」

心からそう思った。
愛着のある場所や好きな景色はこれまでの人生にもあったけど、守りたいと思う風景は、人生で初めてだと思う。季節がめぐり毎年春がきますように、大きな災害で失われることがありませんように、この場所を知る人がいつでも訪れられますように。祈ることしか、私にはできない。

*

この桜を見に行った日は本当にお天気もよくて、小高川全体の桜も満開。その様子を伝えたい気持ちが抑えきれず、急遽Instagramでライブ配信をした。その時に、震災前に近所に住んでいたという方が見てくださり、「懐かしい気持ちになりました」「綺麗でした、ありがとう」と、コメントをくださったのだ。

この春、見られるようになったばかりの南相馬のこの景色。コメントをくれた方のように懐かしんだり、見たいな、と思っている方がいるかもしれない。そんな人たちに、福島県南相馬市の桜情報として、このnoteが届いたら嬉しい。

私はまた来年も、めいっぱいに伸びる桜を楽しみに、この場所を必ず訪れる。もしお花見する方がいてくれたらその時は、目の前に広がる景色を存分に分かち合い、笑い合いたい。

場所情報  小高川親水公園(福島県南相馬市小高区)


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