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短編小説『常連客の漬物』

 いつも来てくれるお兄さんが今日も来てくれた。あたし嬉しい。別に恋してるとかそんなんや無いんやけどやっぱり自分のお店に毎日来てくれはるのは嬉しいもんやん。あたしは料理を作ってるわけやなし、ただのホールスタッフとかカタカナにするとシュッとしすぎや、せやけど「お運びさん」とか今時言わへんやろ。なんにせよ、毎日来てくれるあのお兄さん、無愛想やしいつも「日替わり定食」としか言わへんであとはずーっとゴルゴ13読んではるし、食べる間も読んではるし、別にあたしはそれが行儀悪いとも思わんし。

 なんであたしがお兄さんのことちょっと気になるかいうたら、お兄さん、あたしと同じ左利きやねん。左利きは左利きに会うとちょっとテンション上がるねん。最初に来はった時に気ぃ付いたさかい、2回目からは定食の割り箸の置き方を通常の逆向きにして左利きの人が取りやすいようにしたんやけど気づいてくれてるかな、いや、絶対気づいてるはずや、だってあたしがそうやもん。よく行く居酒屋のお姉さん、あたしが左利きやて知ってから箸置き逆に置いてくれるねんけどすぐに気づいたし、めっちゃ嬉しかったし。

 お兄さん、今日も日替わり定食や。今日の日替わりはハンバーグと海老フライ、ポテトサラダにお味噌汁、ご飯に漬物で750円。なかなか良心的やろ。ほんでなかなか美味しいねん。休みの日はわざわざお昼、食べにくることもあるんやで。バイトに好かれる店やないと今時は絶対流行らへんわ。

 お兄さんはいつもお漬物だけ全く手を付けずに残さはるさかい、今日はもう、それやったら漬物は付けずに出したろうと思ったんよ。左利きなんをわかってくれてるうえに漬物が嫌いなんも汲み取ってくれたんですねって無口で無愛想でも内心喜んでくれるんと違うかな、と思ったんやけどまさかあんなことになるとは。

 「すみません、お漬物が無いんですけど」
 「あ、はい。お客様、いつもお漬物残されてるので必要ないかと思いまして」
 「え。それはどなたの判断なのですか。お店としてそういうシステムにされたのですか」
 「いえいえ、システムだなんてそんなたいそうなものではなくてあたしがそうしようかなと思っただけで」
 「それはおかしい。確かに僕はいつも漬物を残しているが僕が注文している日替わり定食はお漬物が付いて750円だ。同じ750円払うのであれば漬物をつけてもらわなければ僕はその分だけ損をしたことになる。見たところ着色料だらけの質のよくないお漬物だから安物だろうしだからこそいつも残しているんだが、残すか残さないかは僕の自由であるべきで最初から漬物をつけないなんて言語道断だ。つけないのであればその分値段も引いてもらわないと納得できない」

 あたしは涙ながらに謝罪して出さなかった漬物を出したんやけど結局それを残しやがったさかい、次の日から箸置きも元通りにしてやった。あほー!

#令和4年1月14日  #コラム #エッセイ #日記
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