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短編小説『東京ゲーム』

新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、政府は緊急事態宣言を発令。宣言期間は、飛沫感染が危ぶまれる新型コロナウイルスへの対策として、飛沫が飛びやすいとされるP音B音V音K音を発することが禁止された。緊急事態宣言の前段階にあたる「まん延防止等重点措置」においては、K音は許された。



「知ってる?昨日、役所の人が飲みに来たんやけど、今後コロナがさらにやばいことになったらT音とCH音も使ったらあかんくなるらしいで」
「たちつてとちゃちゅちょですか。それもなかなかですね」
「せやし、PとBとVとKとTとCH。こんだけ使えなくなるねん」
「半木京子って知ってます?」
「ラジオの半木さん?知ってるで。わたしあの人の喋り好きやもん。半木さんがどないしたん?」
「いやね。前に言うてますかね?僕、ラジオのディレクターやってて。半木さんも知ってるんですけど。緊急事態宣言の時ってさっき言うてたみたいに使えない音があるじゃないですか。半木さんって、それでも使ったらあかん言葉一音も使わずにめっちゃスムーズに喋るんですよ」
「私らかってお店に立ってる時なんかは、お客さんの誰がどういう思想持ってるかわからんから、まん防の時とかでも、喋り方めっちゃ気にしてたけど、それでも出そうになってウッて何回もなったもんな」
「僕もどんな思想持ってるかわからないですよ」
「菊池くんは大丈夫やわ。あなたは嘘をつけん瞳をしてるもん」
「アホみたいですやん」
「アホでええねん。アホがええねん。いろいろ頭回して人のこと信用できひんくなるんが一番悲しいで。アホはアホのままがええわ」
「僕めっちゃアホやん」
「そやで。アホやで。私、アホが好きやねん」
「ミサトさんもけっこう滑らかに喋ってましたよね」
「まん坊は別にそこまで困らんやろ。緊急事態の時はけっこう、きつかったで。せやし、T音とCH音も足されるとなると、ほんまになんにも喋れなくなるわ。焼酎とか言えへんしな」
「ビールはむぎしゅになってましたよね」
「そうそう、1杯めとかみんな嬉しがってむぎしゅむぎしゅ言うねんけどな。飽きたらめんどくさなるんやろか、日本酒とかワインとか、変えなくていいやつ注文するようになる。銘柄が言えなくなったら、棚に並べてる順番で、左より3番目のやつ、とか言うてたで」
「からがあかんから、よりになるんですね」
「そやねん。なんやかんやで工夫したら喋れるもんやで。どの程度飛沫防止に役立ってるんか知らんけどな」
「ちょっと今からT音もCH音も出せなくなった時のシミュレーションしてみませんか」
「それな。東京とか、あっちの方だけ緊急事態宣言出てたときに、K音出せない遊びやってたわ。東京ゲームって言うて、けっこう盛り上がってやってたで」
「やっぱりやってるんですね」
「そやねん。ほな、他のお客さん来るまでやってみよか」
「じゃあ今からスタートですね」

「何飲む?」
「えー、えー、えー」
「全然だめやん」
「それはしゃあないですよ。ぼ、いや、わ、わ、わしはやるのは最初なんですもの」
「そうそう、ええやん、ええやん。慣れないのがすごい良いで。ほんで何飲む?」
「じゃあ、芋の水割りをお願いします」
「なるほどな!それ使用するわ。うまい表現やん。最初の割に上手上手!」
「いや、ミサトさんも今のルールははじめ、いや、最初でしょ」
「あ、名前、ダメやで」
「うわー、ほんまや。どう呼んだらええねん」
「名前を呼ばんのよ。おまえ、you、おはん」
「むずっ、むずいなー」
「いま2人なんやし、わざわざ呼ばんでもええしな。はい、芋の水割り、どうぞ」
「あー、ありがっ。あー、あー、どうもどうも」
「そうそう、上手じゃないのでもいいねん。ミスしながらでも思いがあれば、それはそれでいいねん。それがいいねん」
「でも、上手じゃないのは良いはずはないですよね」
「でも、上手ならそれでええのではない。上手でもしょうもないのはいるで」
「上手じゃないおもろいのが上手なしょうもないよりいいです?」
「そらそうやん。上手なんを自慢するのはほんまにダメ。もう、ほんまにしょうもないし、萎える」
「そんな話になるのは意外です」
「でも、そうや言いますが、それでも、じゃあ上手じゃないでもいいんやって居直りされるのはさらにダメ。上手やないなりに真面目にやる人間が良いねん」
「年齢やら、えー、えー、えー、財布事情やらはどうでもええんです?」
「それはどうでもええやん。思いがあれば、それに見合うようになるもんや。財布事情はな。年齢も何歳やし、何はもう何で何やし、のようなものがあるのはほんまにしょうもないやん。それもどうでもええなー」
「あー、そうや。なりわいやし、人間に合わせながら話すんですね」
「いやいや、そういうのは所詮は些細な問題やん?あ、お客さん来たわ。これ、おもろいけど疲れるな。いらっしゃいませ」

客が来て二人のゲームは終わった。

#令和3年9月16日  #コラム #エッセイ #日記
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