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猫の短編小説『赤鼻のご主人様』

ご主人様はお琴が下手くそや。猫のあたしにもわかるくらい下手くそや。下手くそやのになんでか知らん、あじのある演奏しはりますな〜っていうのを「へたうま」て言うたりしますけど、ご主人様はほんまに下手くそなんや。別に誰にも迷惑かけてないんやさかい、構わんのやけど。
 
 あたしの母はご主人様のお母様と一緒に宋という国から海を渡ってきたらしい。ご主人様は鼻が高くて先が垂れてて、赤くなってる。赤くなってるんは最近ちょっと寒いからやと思うけど、顔はお母様にそっくりらしいわ。お父様のほうが、えらい凛々しい顔立ちやったらしいから、ご主人様はたまに「なんで私は父上に似なかったのかしらん」と泣いてるんやけど、あたしはそういうとこも含めてご主人様のことが大好きや。こんなん言うたら怒られるかも知らんけど、なんか笑えるねん。
 
 せやけど羨ましい思うこともあるんやで。ご主人様は女の人の割にはガッシリした体つきで胴も長いんやけど、逆にあたしはずんぐりむっくりで鼻も低いし、ご主人様の鼻、少し分けてもらえんやろかて思ってる。あたしもご主人様も家系を辿っていったら宋の国よりもっと西のペルシアっていうとこから来てるみたいなんやけど、同じとこから来てるのに人と猫では、だいぶ特徴が変わるもんなんやな。
 
 ご主人様はここ何日か、ずーっと夜になったら下手くそなお琴を弾いてる。泣いてる?って思うこともあるんやけど、高い鼻をすすってるだけや。自分がいまどういう気持ちなんかも、よくわかってないんやろうな。ご主人様の気持ちもわかるで。そら、急にやんごとない身分のおっとこまえが夜中、部屋に入ってきて、朝まで一緒におったんやからな!ご主人様にとっては男の人と夜を共にするっていうことがはじめてやったんやさかい。何が起こったんかもよーわからんかったみたいや。え?何が起こったんかって?そこは皆まで言わさんといて。
 
 ただ、やんごとない身分のおっとこまえのほうは、どうやら天下に名の響く源氏っていうプレーボーイやったらしいんやけど、女の人の扱いならお手の物のはずやのに、ご主人様はいつもと勝手が違ったみたいでな。実際、ご主人様は、はじめて源氏と夜を共に過ごしたあの日までに何回か源氏から手紙をもらってたみたいなんやけど、返してないねん。源氏からしてみたら「手紙を返さぬとはどういう了見か?」と怒ってええとこなんやけど、逆に興味をそそられたみたいでな。ご主人様はただ恥ずかしくて返せんかっただけなんやけど、源氏のほうは、そうはとらんかったんや。
 
 いつやったかは頭の中将ていう男と一緒に様子見にきとったんやけど、下手くそな琴の音が聞こえてくるだけやし、どういうことなんか、ますます訳がわからんくなったみたいや。これはおもろいな〜と思って、あたしは普段そんなに鳴くほうやないんやけど、こっそり二人に近づいていって「にゃん」と一鳴きしてみたら、えらいびっくりしたみたいで頭の中将のほうは走って帰っていったわ。源氏もびっくりしたはずやけど、鳴いたあたしのほうを見てにっこり笑って帰っていった。ああ、あんな男前が、なんであたしのご主人様にアプローチかけとるんやろうと思ったんやけど、なんでかて言うたら、それはつまり、何やらいつもと勝手が違うからなんやろな。
 
 せやけど、残念ながらご主人様は意図して源氏を転がしたわけやなし、源氏が勝手に転がってしもただけや。ビギナーズラックとでも言うんやろか。あの夜、源氏に抱かれるまではよかったんやけど(あ、何があったか言うてしもた!)、そのあとがあかんがな。源氏から歌が届いたさかい、もちろん返さなあかんのやけど、何を返したらいいんかがわからんのや。涙目になってあたしに「どないしよ?」って聞いてくるんやけど、あほな、あたしかてルーツはペルシアやし和歌のことなんかわかりませんわ。まぁ、そんなこと言い出したらご主人様かてルーツはペルシア方面なんやけど。それでもご主人様なりに一生懸命、思いを込めて和歌をしたためたんやけどな。字のほうもこれがまた何書いてるんかわからんレベルなんや。
 
 お琴は下手くそ、和歌はよめへん、字もあかん。恥ずかしがりやで高い鼻だけやたら主張しとる。ご主人様はほんまやったら源氏と一夜を過ごすことなんかなかったはずや。偶然に偶然が重なってしもたわけやけど、あまりにも現実離れしたことが現実に起こると、「あの人に似合う女になる!」とか、そういう前向きなメンタルにはならないみたいで、ずーっと放心状態のまま鼻すすりながら下手くそなお琴を弾いてるんや。哀れでならんわ。どうにかして源氏に出会う前に戻れんのやろうか。
 
「なつかしき色ともなしに何にこの末摘花を袖にふれけむ」
 
ある日、源氏がこんな失礼な歌を口ずさんどったもんやから、あたしはそっと後ろにしのびよっておもいきり猫パンチを食らわせてやった。あほー!

↑ このお話を関西屈指のラジオDJによる独自すぎる朗読バラエティ「魔女ラジライブラリー」にてblondyさん(百鳥秀世さん)が朗読しています!
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#令和3年7月19日  #コラム #エッセイ #日記
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