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短編小説『夜の放送室』

 アナウンス部の先輩のヨシコさんは同い年のヨシヒコさんと付き合っていて美男美女でお似合いだなんて言われていたっけ。名前がそうだからかもしれないけれど、ヨシヒコさんは広島カープの高橋慶彦みたいなハンサムで少しやんちゃな感じが女の子にはモテた。僕はどちらかというとぬぼっとした佐々岡真司顔で、みんなからは優しいと言われるけれど、僕の優しさなんて気の小ささから発せられるものであり、要は誰からも嫌われたくないから嫌われないよう嫌われないよう危ない橋は渡らず、なんだったら石橋を叩いてからやっぱり渡るのをやめるくらいの慎重さで人付き合いをしてきたから、その結果優しいと思われているだけで性根のところはそんな優しさはカケラもなく、ヨシヒコさんのこともヨシコさんのことも本当は心の中では呼び捨てにしていて、とにかくまず、ヨシヒコは何か不祥事を犯して逮捕されてしまえば悪い男が好きだとはいえ、さすがのヨシコも愛想を尽かすに違いないからその間隙を逃さずにヨシコへ愛情を注げばさすがのヨシコも俺の醜男であるのを差し引いても俺に靡くだろうから靡いたヨシコのことを・・・などということを考えながら毎夜自分を慰めていた。夜中の放送室に忍び込んでヨシコと俺はマイクの前で服を脱ぎ散らかし、あの純真を絵に描いたようなヨシコに対して誠心誠意の愛撫を尽くすとヨシコは堪えきれずに声をあげようとするからそこで俺には意地悪な気持ちが芽生え、すっとマイクの隣にあるカフボックスをONにするとヨシコは慌てて「あかん、あかんて、カフはあかん!」と泣きながら、しかしその嗚咽には喜悦が混じっているようであったというようなことを想像するだに、僕はどうにも堪らなくなり、自宅から3分ほどのところにある学校に忍び込み、放送室へと向かうのだけど、あまり急ぐと木の廊下がみしみしとうるさくて、だからといってそのせいで誰かに見つかるなんてことはないのだけれど、変に僕がドキドキするものだから抜き足差し足一歩ずつ慎重に放送室へ向かうのだけど途中で笑いが込み上げてきて「なんだってオレは誰もいない放送室へ行くだけでこんなにドキドキしているんだ」と思い直し、やがて堂々と廊下の真ん中を闊歩して放送室に近づいてみると何やら人の気配がするので本能的にこれはマズいと引き返そうとしたとき、放送室の中から「あかん、あかんて、カフはあかん!」という女の声がしたものだから、そんな馬鹿な!と心拍数がぐんぐん上がっていくのを感じ、かといってあの切迫感ある艶かしい声を聞いた今、お家に帰ることなどできないから、おそるおそる放送室へ近づいていった。ドア越しにもう完全にそれとわかるヨシコさんの声が聞こえてきて僕はもう、この声を聴きながらここで一人でやってしまおうかと思ったところにドアが開いて「ひっ!」と情けない声を出してしまった。中では男性部員10人ほどがラジカセを囲んでいた。

#令和4年4月7日  
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