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猫の短編小説『カムトゥゲザー』

ビートルズが解散した。それで、僕は今、天井裏にいる。
 
オサムくんは小学四年のくせに、ビートルズが大好きだから、僕にもよくレコードを聴かせてくれた。
 
シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!
 
オサムくんはこの曲が大好きで、僕の顔を捕まえて、じっと目を見つめながら、
シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!と歌い、
(あれを歌うというのかはわからないが)
シュッ!のたびに、僕の顔を捕まえている手に圧力が加わり、両側から顔を押されるから「溥儀~!」と、中国の最後の皇帝の名前を叫んでしまう。溥儀のことを教えてくれたのはもちろんオサムくんだ。オサムくんは喋るのが得意じゃないんだけど、ゆっくり言葉を選びながら、教えてくれた。オサムくんは歴史が好きだ。僕はオサムくんの話し方が好きだ。
 
シュッ!のあと、歌詞がわからなくなると、
なんとなく鼻歌に移行する。鼻歌に移行すると、オサムくんが僕をつかむ手の力はやわらいでいく。僕は危うくこぼれ落ちそうになるので、今度は僕がオサムくんの腕を強めにつかまえることになる。
 
カム・トゥゲザー、ライナウ~オオバミー♪
そこでまたオサムくんの力は強くなる。オサムくんは普段あまり喋らないけど、歌詞のわかる歌を歌うときは、自信に満ちている。
僕はイギリス生まれだが、物心ついた頃には日本にいたから、オサムくんと同じで英語は全然わからない。
でも、ビートルズの曲は好きだ。肌が合うというのだろうか。まったく違和感なく、体に入り込んでくる感じがする。と、いうことをビートルズだけ聴いていたときにはわからなかった。
 
どうしてわかるようになったかといえば、毎日聴いていたビートルズが解散して、しばらく経ってから、オサムくんが夢中になってしまった曲のことを、まったく好きになれなかったからだ。日本人の男の子が歌っているから、歌詞の意味は全部わかる。わかるから余計に好きになれないんだ。
 
だって、僕は黒猫じゃない。
黒猫に見えるけど黒猫じゃない。
うっすら縞模様になっているブラックスモークタビーなんだ。っていうことも僕は知らなくて、オサムくんに教えてもらった。オサムくんは喋るのが苦手だけど、教えるのがとても上手い。僕はオサムくんの話し方が好きなんだ。
僕は他の立派な黒猫たちを見るにつけ、どうして僕にはうっすら縞模様があるんだろう、どうしてあんなにツヤのあるピュアな黒じゃないのだろうって、自分を好きになれずにいたんだけど、オサムくんは、みんなと違うところがいいんだ!って言って、僕に「ポール」っていう名前をくれた。ビートルズで他のメンバーと違って一人だけ、ポールが左利きだからだって言ってたけど、あとあとリンゴも左利きだって知ったときに笑って僕に謝ってくれた。
 
それなのに!それなのに!
あの歌を聴いてから、オサムくんは、僕のうっすら黒くないところを、マジックで黒にしようとするんだ。
シュッ!シュッ!の時より強く押さえつけようとするんだ!だから僕は、おもいきり体をブルンブルンと動かして、天井裏に逃げてきたんだ。
 
天井裏は暗い。
ここにいれば、何色でも、どんな柄でも、何模様でも、おんなじだ。人間なんて勝手なものだよ。うっすら縞模様が好きだって言ってたくせに。違うところがいいって言ってたくせに。
 
僕は叫んだ。
「フギ~~!フギ~~~!フギ~~~~~~!」
オサムくん、僕の想いに気づいてくれるかな。
オサムくん、君は人として守るべき道をはずれてるよ。
「不義~~!不義~~~!不義~~~~~~!」
 
「ポ、ポール?」
 
天井裏にオサムくんが顔を覗かせる。
オサムくんには光ってる僕の目しか見えていないと思うけど、僕にはオサムくんの顔がよく見える。申し訳なさそうな顔がよく見える。プイっとしてみたけど、オサムくんにはこの仕草も見えないな。
 
え?何だって?怒ってるねって?
当たり前じゃないか!
え?え?いつもの鳴き声と違ってたからって?
ふ~ん。ちゃんと伝わるもんなんだね。でも許せない!
 
え?あの歌を歌ってる子も、オサムって名前で、それで、ポールのことも黒猫にしたかったって?いや、その理屈、全然わからない!
 
「で、で、で、でも、ぼ、ぼ、ぼ、僕だって、ちゃ、ちゃ、ちゃんと、しゃ、喋れって言われたら、い、い、い、いやだもんね。ご、ご、ごめんよ。」
 
オサムくんは、僕の好きな話し方で一生懸命、僕に語りかけてくれてる。
 
「ほ、ほ、ほ、ほんとに、ご、ご、ご、めん。だ、だ、だ、だ、だから、い、い、一緒に、戻ろうよ」
 
わかった。もうオサムくんは大丈夫だ!僕はオサムくんの顔に飛び込んだ。こっちこそごめんよ。オサムくんが好きな「黒ネコのタンゴ」、いまなら僕も好きになれるかもしれない。それよりも、いまは部屋に一緒に戻ろう!あ!カムトゥゲザー!
 
頭の中でポールのベースが鳴り響く。
シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!

↑ このお話を関西屈指のラジオDJによる独自すぎる朗読バラエティ「魔女ラジライブラリー」にてmelodyさん(谷口キヨコさん)が朗読しています!
よろしければ、そちらも是非チェックしてくださいませ!

#令和3年7月20日  #コラム #エッセイ #日記
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