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彼岸の呼び声【稲川淳二オマージュ】

北陸の海岸を夏の日がオレンジ色に染めてもう日はだいぶ西に傾いている。波打ち際を三人の若者がやってきた。と、キラキラと輝くすぐ傍の沖合で、何かがひょこっと現れて消えた。「あれは何だろう」「え、何が?」「いや、今あの辺りに何か見えたような気がしたんだ」眩しく照り返すその辺りを指を指して見せた。二人が目を細めてそちらを見たんだけども、何も見えない。「おい、なんにも見えないじゃないか」「確かにそれは見えたんだけど、消えたんだ。それは人間のように見えたんだけどなぁ」「ふーん、じゃあサーファーか何かかな。またそのうち現れるだろう」そんな話をしながら三人がまた歩いていった。時間が経過したんですが、そこからは何も浮かび上がってこなかった。その時に何だか漠然と恐怖のようなものを感じた。

帰り際に砂浜に看板が立っているのを見つけた。見ると、《この海岸の前の海は流れが重なりあう潮間になっていますので危険ですので遊泳は禁止されています》と書かれている。「へぇ、ここの海は穏やかそうなのに泳げないんだ」そんな話をしながら三人は宿へと帰って行った。この学生というのは専門学校の学生さんで、この夏に学生の自治会が海の家を企画したわけです。それに参加してこの三人はやってきた。ですから、参加者たちは学年も学科もクラスも違う。来るのも自由だし帰るのも各々の自由。だから人数が増えたり減ったりする。普段は科が違うと話はしないんですが、この海の家という開放的な雰囲気でもって、すっかり皆が打ち解けあって真夏の一日の楽しい時間を過ごしていたわけだ。

夕食の時間が過ぎて、何となくみんな時間を持て余している。と、その中の一人が「おい、花火でもいかないか」と誘ってきたので、三人はまた海辺へと出かけていった。その三人を見て科が違う三人の女の子が男の子の後をついていった。夜ですから北陸の海岸はだいぶ暗い。遠くにポツンポツンと灯りがあるだけ。暗闇の中を歩いて行く六人の話し声だけが聴こえる。繰り返し繰り返し潮騒が聴こえている。昼間はさほど大きく聴こえない潮騒の音が夜になるとやたらと近くで聴こえる。しばらく行ってから「おい、この辺にしようか」と男の子が提案した。海に向かって半円を描くようにみんなが座った。それで花火に火がついた。暗闇の中を花火の光で周りが明るくなった。歓声が上がり、それぞれの姿が浮かび上がる。花火が消えると辺りはまた暗闇になって、皆の話し声だけが聴こえる。再び花火に火がつくと歓声が上がり、また皆の姿が浮かび上がる。

そのうちに誰かが流木を集めてきて焚き火が始まった。花火が終わって皆は何となくその焚き火を囲ったわけだ。それでそのうちに、誰からともなく怖い話が始まった。一人が話し終わると、隣の人間が話す。そして順繰りと話は進んでいった。一人が話すたびに女の子たちのキャーキャーという悲鳴が聴こえる。だんだんと話は進んでいき、一番端に座っている女の子の話となった。もうその頃には焚き火の日は小さくなった。日が小さくなって、辺りの暗さが引き立つ。そうなると、だんだんと恐怖が増してくるわけだ。女の子は夢中で話をしている。それに皆は耳を傾けている。

その時に「ちょっと、この手誰の手!?」と悲鳴が上がった。その声につられ、皆が後ろを振り向くと、一番端に座っていた女の子の肩に白い手がおぶさっていた。キャー!っと悲鳴を上げているものもいれば、笑っているものもいる。すると、「じゃあ俺の話をしようか」と男の声がした。いつの間にか男が一人加わっている。「俺は波に身を任せて漂っていたんだ。と、すぐ先にあるキラキラと光り輝いている波間から何かが覗いて消えたんだ。そいつは照り返す眩しい光のなかで人間のようにも見えたし、腐った黒い物体にも見えたし……何かの死骸のようにも見えたんだ。それが何なのか分かんないのさ。

と、その時カポッと音がして後ろで何かが浮き上がったんだ。おい!と声がするので振り向くと、いつ何処から来たのか分からないが男がこっちを見ているんだ。それでそいつはまた海中に消えた。俺はしばらく様子を見ていたんだが、とうとうそいつは上がってこなかった。じゃあ俺もそろそろ戻ろうかと、岸に向かって泳ぎ始めた。と、その時脚に何かが絡みついた。俺はそいつを振り払おうと、必死に脚をばたつかせた。けれどもそいつは俺の脚にどんどんと絡みつく。そして俺のことを水の中に引きずり込もうとするんだ。俺は焦って体中でもがいた。でもそいつはびくともしない。俺のことを水の中に引きずり込もうとする。

俺は無我夢中で水をかいたんだが、そいつはどんどんと俺のことを水の中に引きずり込んでいく。海水を飲み込んだんで思わず吐き出した。俺の器官の中に海水が流れ込んできた。息ができない。その苦しいということはない。意識がだんだんと遠のいていく。俺の充血した目が海の底を眺めた。その時、暗い海の底からじっと俺のことを見ているんだ。それでそいつが俺の脚をぐっと掴んでいるんだ。その割にはたくさんの顔があって、皆が俺を見ているんだ。その時男が笑ったような気がした。その瞬間男の顔がぐにゃっと歪んで、男の顔の肉の皮が剥がれた。俺の意識がぷつんと切れた。……そして俺は死んだんだ」

言い終わると、男は真っ暗な海の方へ向かっていってしまった。「何なんだアイツ。気持ち悪い話だな。おい、アイツの事学校で見たことあるか?」「いや、無い」「なんなんだよ」気づくと焚き火は消え、白い煙が風になびいている。空を見上げると、星も月も出ていない。通りで辺りは暗いわけだ。遠くでテトラポットに大きな波がぶち当たっている音がする。海が荒れているらしい。誰かがともなく、「おい、もう帰ろうか」と言い、皆で引き上げた。

風は強くなって、夜には嵐になった。でも、朝になるとすっかり晴れて青空が広がっていた。

「おい、朝めし前に散歩でもするか」一人が言い、三人は浜辺へ散歩に出かけた。空気は爽やかで心地が良い。「あー、いいなぁ。昨日の嵐が嘘みたいだ」そう話していると、向こうで叫び声が上がった。何だろうと思って見ていると、その土地の若い衆らしきものがこちらに向かって走ってきている。それで彼ら三人のところに来ると、「死体が上がったんだ」そう言ってまた走っていった。見れば向こうに人が集まっている。それは自分たちが花火をしていたあたり。「行ってみようか」三人はそちらへ走っていった。行ってみると、サイレンの音が聞こえ、だんだんとこちらに向かってきている。近くに居た漁師らしきおじさんに「何かあったんですか?」と一人が声をかけた。

「あぁ、昨日の嵐で海底に居た仏さんがテトラポットに打ち上げられたんで、さっき陸の上に上げたところなんだよ」行けば辺りの人が皆何かを囲むようにしている。その真中にはシートを被った死体が居た。怖い、だけども好奇心もある。辞めようかとも思ったが、どうにも好奇心が買って人だかりの中を覗いてみた。丁度警官が来て、その遺体のシートをめくろうとしているところだった。警官がシートを掴み、ゆっくりと捲る。髪の毛が見え、やがて顔が見えてくる。瞬間、三人は驚きの声をあげた。その男の顔は、昨日最後に話をした、その男の顔だったんです……


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