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奥多摩の古旅館【稲川淳二オマージュ】

これはねぇ、不思議な話なんだけど、私が経験した話なんですよ……

奥多摩にね、東京から見える日の出を録りに行こうと言うことになりまして、正月に放送する日の出を12月に先に録っちゃおう……ってね。結構、こういうことするんですよ、メディアは(笑)。

都会での仕事が終わった後、奥多摩に向かったのも遅い時間でしたから、目的地に着いたのは夜中の1時ぐらい。奥多摩って空が狭いんですよ。山が寄り添うように迫っているから、星は見えるけど空が狭い。

遅く着いたら、旅館の女将さんがわざわざ待っていてくれて、
「どうも、お疲れ様です」
「遅くにすみません。よろしくお願いします」と言うと、
「お荷物お持ちします」

自分で荷物を持って部屋に案内してもらったら、そこは蔵を改造した部屋。中は白い壁で清潔感があって気持ちいいんです。私の部屋は3部屋ある中の一番奥。窓を開けたら、ロケ車が見える。「ああ、駐車場の裏手に面しているんだなぁ」と思った。

日の出を録るために山を登っていかなければならないから、3時には出発しなければならない。寝る時間もないし、少しでも休まなくちゃと思ってごろんと横になった。

うつらうつらしてきて、寝たら余計つらくなると思ってひげでも剃ろうと起き上がったら、部屋に洗面所がない。後で聞いたら、あったんだけど見つけられなかった。そのときは母屋に行って剃ろうと思って洗顔道具を持ち、下駄をひっかけて外に出た。

母屋がどこか分からない。周りは真っ暗で、鬱蒼と木が迫っている中、川の流れる音がする。「ザーーーー」と。下にトタンの長い屋根が見える。

あぁ、母屋は下なんだなと思い、石の階段を慎重に降りた。下に着いたら「ぐしゃ」と湿っていて、一面に落ち葉が敷き詰めている。ぼんやりと入口が明るい、曇りガラスに格子の昔風の玄関でした。

ガラガラって開けて中に入ったら、中は暗い。普通、旅館って夜中でも明るいものでしょ?でも暗い。部屋に電気が付いていない。長い廊下を渡っても、人の気配が全然ない。妙に空気が緊張していて、嫌だなぁと思ったら、右に曲がる少し上がり坂の廊下があり、そこに昔風のステンレスの共同洗面所があった。

薄ぼんやりと明るくて、「これでもいいや」と思ってひげを剃っていると、後ろから水を流す音と物が当たる音がする。誰かが私の後ろを通った気配がして、鏡を見たら、一瞬だけ女将さんのような姿が見えた。

「大変ですね」と声を掛けたけど、何も言わない。

用が済んで、もと来た廊下を戻って出口に向かった。途中で急に寒気を感じて、「ぞくっ」としたから急いで部屋に戻った。駐車場にスタッフが集まっているのが見えたので、私も必要なものを持って駐車場に向かった。

旅館に戻ったのはお昼近く。日の出の撮影は最高にうまくいった。後は料理の紹介を撮影するんだけど、私は暇で女将さんに

「昨夜は参っちゃった。髭剃ろうと思ったら洗面台無いから、母屋行って剃ったんだけど、最初迷っちゃって」と言ったら

「昨夜来られたんですか?何時ごろ?それに、お部屋には洗面所ありますよ」と。

「夜中の2時半ごろかなぁ」と言ったら、

「私、起きていましたけど…本当にいらっしゃいました?」と。

駐車場の下に降りていったけど、ここは駐車場と同じ1階。

「下の階段降りた長い屋根の建物のほう」と訂正したら、女将さんが

「そこ、うちじゃありませんよ」と。

「他所の旅館行って髭剃っちゃったんだ」と笑ったら、女将さんが真剣な顔して

「そこ、私たちが来る前から、旅館やめていて……入れたんですか?」と。

「ええ、入れましたよ。お湯は出なかったけど水はでましたよ。風呂掃除していて大変ですねって声かけたんですけど」と言ったら、

「そこ、昔お風呂場から出火して、女将さん焼け死んでるんです」と言うんです。

気になって昼に見に行ったら、階段だと思っていたところは崖。崖を降りて行って、下に着いたら「ぐしゃ」。玄関の曇りガラスに、私の後ろの景色が写っていて、振り向いたら墓場。崖かと思って降りた場所は墓や壁が崩れて出来た階段。帰り道スタッフが

「あそこの旅館の女将、誰も来ない旅館で風呂掃除して、お客を待っているんですかね?」と。

12月の奥多摩は旅行客来ないけど、女将さんは毎日風呂掃除してるんですよね。

この話は怖いというより、なんか悲しいというか、寂しいというか……あるんですね。

(了)


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