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霊感商法に魅入られた男《元統一教会信者の独白》【怪談・怖い話】

昭和54年秋、足立区で起こった奇妙な訪問者の話

昭和54年の秋のこと、ぼくは足立区の江北橋近くで突貫工事をしていた。昼下がりの3時、仮設小屋でエバラギから来ているおばちゃんたちとスルメや漬物を食べながら休憩していると、突然小屋のドアが開いて一人の女性が現れた。

「こんにちわー、健康管理センターから来ました田中でーす」

その女性は黒い大きなバッグを肩に掛けており、22-3歳くらいの清楚で可愛らしい感じの人だった。こんなところに訪れるのは普通、押し売りのヤクザくらいのものなので、彼女の登場はとても新鮮に感じられた。

田中さんは初め、鈴木先輩のそばに行って色々と話しかけていたが、先輩は完全に無視していた。次に、彼女はぼくの方に向かってきて話しかけてきた。

「あのー、健康に関心はありますか?」
「は、はい。関心はありますけど...」
「今日は健康について色々お話をさせてもらっているのですが、どこか体の具合が悪いところ、ありますか?」
「いや、特にないですけど...」
「でも少し顔色が悪いですね。肝臓が弱っているのではないですか?」

その日は風邪気味で顔色が悪かったのは確かだ。毎日コップ酒を飲んでいたので、肝臓も悪くなっているだろう。彼女の一言で、自分の健康について改めて考え始めた。

田中さんは続けて、健康に関する長い話をしてくれた。要するに、酸性体質をアルカリ性体質に改善するためには朝鮮人参が良いという話だった。そして、彼女は黒いビンを取り出して言った。

「これは一和の高麗人参濃縮エキスです。毎日お湯に溶かして飲めば万病を予防できます。そして、とても健康になるんですよ」

おばちゃんたちは大笑いしながら、「あっちもビンビンになるんべよー」と突っ込みを入れた。

ばあちゃんへの想い

初めは自分の健康のためだけに買おうと思っていたが、ふと田舎のばあちゃんにでも買ってあげようかな、と思い始めた。これは一種の「ばあちゃん孝行」だろうか。6万円をはたいて高麗人参を買ったが、結局ばあちゃんには贈らず、自分で飲んでしまった。

そうこうしているうちに、突然ばあちゃんが亡くなったとの訃報が入った。人の死に初めて直面したぼくは、人生や死について深く考え始めた。そして、その後も考え続けるようになった。

しばらく経ったある日のこと、朝鮮人参売りの彼女から電話がかかってきた。彼女はお客様アンケートをとっていると言い、その後の体調や運勢、占いに興味があるかどうかを尋ねてきた。そして、韓国から有名な霊能者が来ているので特別に占ってくれるという話を持ちかけてきた。

幸せの壺と霊感商法の罠

次の日、彼女から電話があり、霊能者の先生が「転換期にある」と告げているという。そのため、先生のいる壷の展示即売会に誘われた。会場に行くと、先生が現れ、家系の因縁や先祖の救済について話し始めた。出家をするか、財を捧げるかの選択を迫られたぼくは、後者を選んだ。

そして、契約書にサインをして、高価な壷を購入することになった。これは後に「世界のしあわせ」という霊感商法の先祖のような会社と、「日本パナックス」という朝鮮人参を売っていた彼女の会社であることがわかった。

幸運をもたらす壺の秘密

気がつくと日付が変わっていた。ぼくは、桐の箱に入れたお壷さまを抱えながら、車で寮まで送ってもらうことにした。寮に着いてさっそく折りたたみテーブルの上に台座を敷き、その上にお壷さまを置いてみた。一緒についてきた彼女が言う。
「たつさん、よかったですね。ご先祖さまも喜ばれていますよ」
「この布で、このように円を描くように、毎日40回ずつ思いを込めて磨かれるといいんですよ」
「へぇ、そうなんですか。なんかいいことあるんですかねぇ」
「ええ、ご先祖さまが守ってくださるので、運がどんどんよくなってくるんですよ」

彼女の話が続くなか、ぼくはある一つのことに思いをはせていた。彼女が言っていることなんか、もう聞いちゃいない。思いをどんどん膨らませていくうちに自然と顔がほころんでくるのが自分でもわかる。んふふふふ…
「…たつさん、たつさーん」
「は?」
「ご浄財のことなんですが、いつ奉納されますか」
「あ、そ、そうですね。じゃあ、とりあえず、明日用意しますんで取りに来てください」

ぼくは、それどころではなかった。今度の日曜日が楽しみで楽しみで、それどころではなかったのだ。さあ、どう料理してくれよう。一点買いにしようか、流しにしようか、んー迷うなぁ…でへへへ。

彼女が帰ったあと、お壷さまを40回、いや300回以上は撫で回しただろうか。ぼくは、満ち足りた気分で深い眠りについた。朝鮮人参エキスの焼酎割りが、ことさらうまく感じたことはいうまでもない。

翌日の昼休み、親方の家へ

翌日の昼休み、預けておいた通帳を取りにスーパーカブでひとっ走り、親方の自宅へ向かった。奥さんが、なんでおろしちゃうの?と聞くので、とっさに
「ばあちゃんの仏壇買うんすよ」
とうまい方便が出てきた。壺を買うと言わなかったところがまた大人だな、などと自己満足にひたっていた。(あとで自分からばらしてしまったが)
通帳を見てみると、なんと!ぴったり120万円+利息が入っていた。やはりこの日のために用意されていたんだ、と思うと感動と驚きで鳥肌が立った。こういうのを「導かれた」というのだろうと思った。

成和信用金庫の窓口で
「全部おろしたいんすけど」
と申し出ると、通帳を見ながらおろす理由をあれやこれや聞かれた。自分のカネなのにいちいち理由を言わなければならないのには少々むっとしたが、これも決まりなんだろうと思って素直に答えることにした。
「高級美術品を買うんすよ」
「絵画かなにかですか?」
「いや、大理石の壺っす」
「つ、ぼ、ですか」
「はい」

窓口の人はけげんそうな顔をしながらも、少々お待ちくださいと言って手続きをしてくれた。冷静になって考えてみると有名な画家の絵ならともかく、美術工芸品の大理石の壺で100万円以上もするものはそうざらにあるものではない。一般的な常識では骨董品か人間国宝が作ったものだろう。ましてや土とコンクリでうす汚れた作業着を着て、くるくるパーマで不精ひげの20代のあんちゃんの趣味としては少々不似合いである。

まあ、そんなことはどうでもいい。めでたく預金を全額おろすことができたのだ。これで浄財ができる、罪(ざい)を財(ざい)で浄(きよ)めてもらえる。いろんな奇跡が起こる、幸せになれる、浄財したお金もすぐに何かの形で戻ってくるそうだし、願いもかなえられるし。そう思うとうれしさがこみ上げてきた。

浄財の夜、焼酎を片手に

夜、朝鮮人参エキスの焼酎割をチビチビやっていると、彼女が浄財を預かりに来た。しゅっしゅしゅぱしゅぱしゅぱっ、ぱちん!まるで銀行員のような手さばきでお札を数えている。ぼくにはそういう芸当はまったくできないから思わず見とれてしまった。ばあちゃんの葬式で、香典を数えるとき初めて左の小指と薬指と中指でお札をはさんで数えるやり方を試してみた。が、もたついてうまくいかなかった。それ以来、ぼくのお札の数え方は「トランプを配る方式」に決定したのだった。
「…ひゃくじゅうはち、ひゃくじゅうく、ひゃくにじゅう」

さて、待ちに待った日曜日がやってきた。

サンデーハズカムである。うきうきした気分で、竹ノ塚から東武線で浅草駅へ向かった。目指すは、そう、浅草場外馬券場である。さあ、どこからでもかかってきなさい!って感じ。昨日の夜は、お壷さまにばっちし祈ったし、400回も磨いたからなー、もう怖いものなしなのだ。
で、全レースにトータル10万を突っ込んでみた。今までは、多くて1万円くらいだったのに、今日は10倍の投資だ。迷いもなく10万円分の馬券を買い込んだあと、ぼくは意気揚々と鼻歌なぞを歌いながら寮に帰ってきたのだった。
______Wish on a TUBO!

ぼくは、もういとおしいお壷さまの口に馬券を突っ込んで一心不乱に拝んだ。あとはテレホンサービスでレース結果を確認するだけである。

驚愕の結果と見えざる封印

ところが、ところがである!ものの見事にハズレていたのである。拝み方が悪かったわけでもあるまいし、磨き方が足りなかったわけでもあるまい。なんでそうなるの?んー、なぜじゃなぜじゃー!?んーわからんわからん。
悩みながら、ふとお壷さまの方へ目をやると"製造番号00385"とか書いてあるシールが目に止まった。

「ふーん、ぼくって全国で385番目の果報者なんだぁ」
「フフッ、このシールがお壷さまのパワーに封印をしてるんだな!」
などと、意味不明なことを口走りながら、そのシールをベリベリっと剥した。壺さまの封印を解いたぼくは、気分爽快。次の日曜日が待ち遠しい。

翌週の日曜日、ぼくは再び浅草場外馬券場に足を運んだ。前回の失敗を教訓に、今回こそはと意気込んでいた。壺の封印を解いたことで、運が向いてくるはずだ。お壷さまを丁寧に磨き、心から祈りを捧げて臨んだ。

お壷さまの封印が解かれた日

先週の日曜日、俺は意気揚々と10万円を投資に使った。しかし、結果は惨憺たるもので、全くの無駄金に終わった。さすがにたっちゃんもこの結果に顔を青くした。

「封印を解いたのに、なぜ効果がないんだ?」
「このシールが封印のはずなんだけど」
「きっとそうだ。いや、そうに違いない」
「そうあってほしいなぁ...」

俺は自分を納得させようと必死だった。

「こりゃ、騙されたかなぁ...」(気づくのが遅いちうの!)
「んー、くやしいな、返そうかなぁ」
「ん?まてよ。そうだ、佐藤大工に売っちゃうべぇ」

翌日、俺は早速現場で草加から来ていた型枠大工の親方、佐藤さんに話を持ちかけた。俺は自分の機転に自信を持ちながら、こう話しかけた。

「佐藤さん、美術品に興味ないっすか?」
「なんだよ、おめえ、なに売りつけるつもりだ?」
「大理石の壷なんすけど、古賀政男も持ってるらしい、いい壷なんすよ」
「ふーん、いくらすんの?」
「200万」
「なにぃ、にぃひゃくまあーん?ばかやろ、んなもん買うか!」

佐藤さんの目が本気で怒っていた。やっぱりダメか...トホホ。

仕方なく、次は彼女に電話でクレームをつけることにした。現場では罵声が飛び交うことには慣れていたが、人を脅かしたことなどないぼくは、精一杯ふてくされた物腰でクレームをつけてみた。

「ぜんぜん、いいことないんすけど、どうしたんすかねぇ」
「ぼくの部屋、どろぼうから入られるし、車、運転してたら追突されたりとか、お金だって出ていくだけっすよ。なんにもいいことないじゃないっすか」

どろぼうも追突も、実際にあったことだ。これがますますお壷さまへの不信感を募らせた。ぼくのクレームに対して彼女の返答は予想外だった。

やけに明るい声で「そうですかぁ。でも追突だけでよかったですね。命が無事だったのはお壷さまのお陰ですよ」
「へ?」
「もし授かっていなかったら、命を落としていたかもしれませんよ」
「どろぼうに入られたのも、なにかの警告ですよね。大難の前の小難のような...」

確かに、現場は常に危険が伴う。「ですから、どろぼうに入られたことで、大難を防ぐことが出来たのかもしれません。これもお壷さまとご先祖さまのお陰なんですよ」

「あ、そうだったんですかー」

妙に納得してしまったぼくは、ブルーな気分がどこかへ消えていた。

※その後のぼくとお壷さまの関係について言うと、実は寮が火事になってしまい、そのどさくさに紛れてお壷さまはどこかへ行ってしまったのだ。きっと土に還ったのだろう。

火事に遭ったとき、ぼくは思った。お壷さまのお力で大難を小難にしてくれたのだろうか。ということは、火事で焼け死ぬところだったということなのだろうか。うわぁー、こわいなー。そう考えるとありがたいなー。お壷さまあー。うう...(歓喜の涙)

どこまでもプラス思考のぼくだったが、その後の出来事で更にその信仰心が試されることになる。

ある日、突然「生水」と呼ばれるビンに入った炭酸水を売りに来た。

韓国の有名な鉱泉だと言う。早速、勧められるままにサンプルを飲んでみたが、その味は_________

「まずーーーーい!」(心の叫び)

しかし、営業トークに乗せられて、ぼくは1ダースも買う羽目になった。

しばらくして、今度は姓名学の先生とやらを連れてきた。無料で姓名判断をしてくれるという。占いは好きなので断る理由はない。

「こちら、天水先生といわれまして、姓名学の専門家です」
「てんすいです。よろしくお願いします」

やせこけた貧相な男で、歯も少し出ていて顔色も悪い。見かけで判断してはいけないと思いながらも、ぼくは半信半疑だった。

しかし、先生は慣れた手つきで画数を数え、説明し始めた。

「たつさん、今凄い転換期ですねぇ」
「はぁ!?お壷さまの先生も同じこと言ってました」
「...殺生因縁と色情因縁と財因縁が出てますね」

ぼくは小学校の時に脱腸の手術をしているし、祖父は脳溢血で亡くなった。当たってる...

天水先生の言葉にぼくは恐怖を感じつつも、妙に納得してしまった。人は見かけによらないものだ。

これが霊感商法トークだ!!(因縁トーク)

天水先生の話を聞くまで、ぼくは彼を「サエないせーんせ」などと軽んじていた。だが、今や彼の言葉に耳を傾けるべきだと感じている。不思議な気分だ。

「それから、お武家さんと言えば、大奥を代表として女性関係が大変乱れていましたね。女性特有の嫉妬や恨みが渦巻いていました。これを色情因縁と言います。たつさんの家系には、淋しい思いをして亡くなった女性の恨みの念が見えます。男性に弄ばれ捨てられたとか、夫の浮気で離縁したとか。また、たつ家の男性も、妾を作ったり不倫をしたり、女遊びをしてきた家系ですね。こういった女性の恨みが強い家系だと、女系になりやすいのです。男性の運勢が弱くなり、女性が強くなる結果が現れるのです」

ぼくはその言葉を聞いて青ざめた。
「先生、たつ家は祖父も父も二代続けて婿養子なんです。完全に女系ですよ!」

「ふむ、やはりそうですか…」
天水先生は眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をしている。

「それで、妹が二人いるんですけど、とても気が強いんです」
当たっているだけに怖い。ぼくが結婚しても子供は女の子ばかりだろうか。かわいいけれど、嫁に行ったら老夫婦が二人きりで寂しいだろうなあ。いやだ、いやだ。

絶家の家系

「絶家の家系とも言いますよね。男の子が生まれないか、生まれても夭折するか病弱だったりします」
天水先生が淡々と語る。なぜか、彼がキリスト様やお釈迦様のように崇高に見えてきた。

「霊界は三層に分かれています。一番上が天界で、義人や聖人がいるところ。次が中間霊界で、良心的な人々が行く場所。そして一番下が地獄です。罪を犯した者が行く場所です。霊界の位置は自分で決めるのです。天界は光に満ち、美しい香りが漂っていますが、地獄は暗く寒く、異臭がします。たつさんはどの霊界に行くと思いますか?」

「ぼくは信号が赤でも青になるまで待つし、40キロ制限の道路ではちゃんと40キロを守っています。人様に迷惑をかけていないので、中間霊界ですかね?」

ぼくは特に罪を犯していないから、中間霊界に行くだろうと思っていた。しかし、天水先生の次の言葉で再び青ざめた。

「中間霊界ですか。でもですね、天法といわれる天の法律では色情の罪が一番重いのです。殺人や泥棒よりも罪が重いのです。不純異性交友や不倫は相当罪が重いのです。実際、肉体関係を結ばなくても淫らなことを思うだけで罪になります。どうですか、たつさん、今まで地獄に行くような罪は犯していませんか?」

「ひぇー、そんな…頭の中はいつも妄想でいっぱいです。これじゃあ中学時代の同級生はみんな地獄だぞ」

「先生、ぼくはやっぱり地獄です。ということはご先祖様もみんな地獄なんですか?」

「名前に現れた凶数と因縁線を見ると、ほとんどそうですね。ご先祖様は地獄で苦しんでおられます。もし生きている間に何が罪なのか知っていれば、罪を犯さなかったでしょう。しかし、ご先祖様は知らなかったのです。ですから地獄で苦しみもがいておられるのです。救いを求めておられるのです。もしここで悪因縁を断ち切らないと、たつさんの後孫にも影響が出てきますよ」

「先生!じゃあどうしたらいいんですか」

「それはですね、お守りを持つことです。因縁が雨のように降り注いでいるわけですから、傘をさすようにそれを防ぐお守りを持つことが必要なのです。三大相というのを知っていますか?」

「いいえ…」

「三大相とは、墓相、家相、印相のことです。墓相は氏族を守り、家相は家族を守り、印相は個人を守ります。良い相は幸せを呼び、悪い相は不幸を呼び寄せます。ですからまず個人の相、印相を良くすることが大事なのです」

「じゃあ、ハンコを作ればいいんですか」

「いえ、ただ単にハンコを作ったからといって良くなるわけではありません。私がお勧めするのは『天運守護印』というもので、私どもの大先生が祈りを込めて彫ってくださるお守りの印鑑です。たつさんの画数を特に運勢を強めて彫るのです。例えば木という漢字は4画で凶数ですが、印鑑独特の書体の印相体で彫ると3画になって吉数になるのです。大先生が40日40夜、断食や水行と祈祷をされながら彫られるので時間もかかりますし、真心のこもった浄財も必要です」

「俗にいう、魂がこもっているってやつですか。でも、ぼくハンコ持っていますよ」

「そうですか、では印相鑑定してあげましょう。凶相印というのは、小判型で楕円形、色が黒い、腹のところに欠き込みがあるもの、長さが60ミリ以下のものです。ちょっと見せてもらえますか」

「…はい、これ中学の卒業式のときにもらったものです」
と手渡したとき、またまたまた青ざめた。

「たつさん…これ、凶相印そのままですよ」

「しぇー!こんなの持っていたから運勢が良くなかったんですね。先生、それじゃ一本いいのを作ってください」

「たつさん、その気持ちは分かりますが、『天運守護印』は一本ではだめなんです。それを説明する前に吉相印の条件についてお話します。印面は正円でなければなりません。何故かというと印面は人生と宇宙を表していて、八方位に対応しています。次に最低三本は必要です。実印、銀行印、認印ということですが、三本ということに意味があります。宇宙森羅万象は三数で成り立っています。例えば、固体、液体、気体の三相とか三原色とか。次に長さは最低60ミリ必要です。材質は象牙が一番いいです」

「それじゃ三本セットでいくらくらいするんですか」

「たつさんの場合、特に色情の因縁が強いので因縁消滅の祈願をして先生に彫っていただくことになります。たつせいぞうさんの総画数は27ですから、27数以上のものを授かるといいですね」

「しぇー、そんなにするんですか」

「たつさん、私も授かりましたよ」

今まで黙っていた彼女が急に話し出した。パンフレットをめくりながら、「この福寿印のセットは30万円です。天慶印は40万円。天宝印は75ミリで100万円です」

「じゃあ、この福寿印でいいです。彫ってくれる大先生はどこにいるんですか」

「杉並区、浜田山の天運観相協会におられます。橋本研臣先生といいます」

「じゃあ、よろしく伝えてください」

「たつさん、これに書いてもらえますか」
契約書が彼女の鞄から出てきた。
「大先生が40日40夜、祈りを込めて彫ってくださいますので、お届けは1ヶ月半後になります。特に祈願することがあれば、この用紙に書いてください」

差し出された"天運祈願用紙"に、ぼくは「お金が貯まりますように」と書いた。頭金として10万円を支払い、残りは明日払うことにした。

契約書の控えをもらい、やれやれ、長い話だったが、これでまた良い買い物をしたぞ。天水先生、田中さん「じゃ、どうも」と別れの挨拶をしようとしたが、まだ話があるらしい。

「それから、たつさん。大先生が40日40夜の祈祷をされている間、初水行をしていただきたいんです。このグラスに朝一番の水を汲んで、お壷さまの前に置いて手を合わせるんです」

彼女は鞄から小さなグラスを差し出した。

「泡粒がコップにつくことがありますが、これは御先祖さまが喜ばれている証拠です」

「そうなんですか」

「そして、黙示行をやっていただきたいんです。誰にも話さないという黙示行です」

「じゃ、初水行と黙示行を40日間やればいいんですね」

「そうです。頑張ってください」

「じゃ、どうも」

長い話がやっと終わった。ぼくは豪華な印鑑を買った!いや、授かった。懐は寂しくなったが、これで運勢が上昇するんだ、と自分に言い聞かせながら寝床についた。

つづく……


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