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作家になりたかった男【稲川淳二オマージュ】

中山って男は、「霊的な経験をした事がない」って私に言うんですけど、こいつ、実は十分に怖い体験をしてたんですよね。彼は作家になっていますが、昔から作家になりたかった。彼は学生時代に大阪の大学に通ってて、実家からも通えるんですが、作家になりたいし、自分の時間が欲しいということで、学生用のアパートに住みたいと言い始めた。

親の了解を得て実際に住んだんですよ。当時ですから大したアパートじゃない。ボロアパートでなんの設備もない。暑くたってクーラーも扇風機もない時代ですよ。もちろん冷蔵庫もあるような時代じゃない。そういうアパートに住むことになったんですね。

彼のアパートは二階建てで、彼の部屋は二階にあった。その一番端の部屋に先輩が居て、一つ空いて彼の部屋があって、また一つあった。下には誰が住んでいるか分からない。なかなかこの先輩はいい先輩でね。よくお話するんだって。彼も気は使わないし、気持ちのいい先輩だった。

季節がだんだん暖かくなってきた。そんな時にその先輩がね、
「おい、中山。最近あたたかくなってきただろ。おれ、窓を開けて寝ているんだよ」と言うんです。窓とドアを開けていると風が流れるじゃないですか。だから窓を開けて寝ていると言うんですよ。「そうすると、可愛いもんだぜ。鳩が来て鳴いているんだよ」昔のアパートって、窓を開けると手すりがあるんですよね。そこに鳩が来ると言うんです。

「鳩がクックックックックック鳴いて、かわいいもんだぜ。この間なんて、トンッと音がしてさ、部屋に入ってくるんだよ。クックックック鳴きながら俺の傍まで来るんだけどさ、目を開けると逃げちゃうから、俺は寝たふりしてるんだよ。可愛いもんだぜ」
「あー、そうですか、可愛いですねー」と彼は聞いていた。

それで夏になった。そしたらアパートの住人がみんな国に帰っちゃった。先輩も用事ができて国に帰っちゃった。結果的にアパートは中山一人だけになっちゃったんですよね。窓とドアを開けて、先輩と同じように彼も風を流すようにして寝てた。一杯お酒を飲んでゴロンと横になって気持よく寝ていたんですね。

どれくらいの時間が経ったか分からないけども、クックク、クッククと、鳩の声がする。クックク、クックク、クックク……寝ながら気がついた。あー、鳩だなぁと思った。クックー、クックー……うーん、鳩が来ているんだ……あぁそうか、先輩が帰っているから俺の部屋に来たんだな。へー、可愛いもんだなーそう思ったけども、眠いから目を開けなかった。クックク、クックク……と思っているうちに、トンッと音が鳴った。

部屋に入ってきたようだ。あ、部屋に入ってきた。先輩の言うとおりだな。でも目を開けると逃げちゃうから、眠いしこのままにしておこう。可愛いもんだな。相変わらず鳩がクッククと鳴いている。少しずつ、少しずつ近づいてくる気配がする。可愛いなぁ、近づいてきてる。クックク、クックク……クックク、クックク……クックク、クックク…… ……違う。

だんだん近づいてくる鳩の声……鳩じゃない。低い男の声で笑っていると言うんですよ。鳩じゃない。クックク、クックク……近づいてくるのをよく聞いてみると、ンフフフフフ……ンフフフフフ……と、男の笑い声だった。その声が近づいてくる。なんだこれ!?でも体は動かない。

金縛りにあったように動かない。体は動かないけども、その声はだんだん近づいてきている。ンフフフフフ……ンフフフフフ……その時に中山の目に映ったものは、想像できる範囲で考えると、畳から鳩のくちばしくらいの位置に人間の口があるとしたら、そんなもの、生首しか無いと思った。

空気が張り詰めてますから、畳を擦っている音が聴こえる。それと一緒に ンフフフフフ……ンフフフフフ……うわぁ、来るぞ来るぞ来るぞ……絶対見るもんか……絶対に見ないぞ!と、固く目を閉じた。相変わらず向こうは ンフフフフフ……ンフフフフフ……自分の頭の方にグングンと近づいてくる。うわぁ、助けてくれー。頼むから助けてくれー……ンフフフフフ……ンフフフフフ……その声は耳の傍まで来た。

だんだんと近づいてくるのが気配でわかる。それで耳の傍で、ンフフフフ……ンフフフフフ……絶対に目を開けるもんか、絶対に開けるもんか!目を開けると大変なことになるだろうから、目をあけないで出て行くまで待っているんだ……!足の方はドアが開いていますからね、アイツが出て行ったら目を開けよう。それまでは絶対に目を開けないでおこう、そう決めていた。
ンフフフフ……ンフフフフフ……声が少しずつ遠くなっていく気がする。でもまだ駄目、もう少し待って、完全に消えたと思えたら目を開けよう。もうちょっとだけ待とう。どうやら行ったらしい。あぁ、居なくなった……よしもう少ししたら目を開けよう。まだ少しだけ重くて動かない。

でも良かった……と思った瞬間、ドン!!と脚の上に何かが乗った。重さ的には生首くらい。ドン!!膝の上に乗ってきた。フッと軽くなった。再びドンッ!今度は腰のあたり。絶対に目を開けるもんか!どうやら自分の上を落っこちたりしながら登ってきているようだった。

見たらどうにかなってしまうかもしれないので絶対に見るものかと思って、ジーっと耐えている。再びドンッ!軽くなって、またドンッ!絶対に目は開けない……いよいよ頭に来るな……と思った。……来ない。今までテンポよく来ていたのに、次が来ない。あれ、来ない?どうしたんだろう……?と思ったら、首のところにドンッ!!ときて、思わず目を開けてしまった。すると目の前には男の顔があり、うわぁぁあああああ!!と生首が言ったそうな。

(了)


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