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第3部 南西部への旅 [21] Arizona を旅する

21-4 Navajo の渓谷へ

「Mather Point」を旅立つ。
 赤い平坦な大地の荒涼とした砂漠道 US-89 をホーリーの指示で走り続ける。「Antelope Canyon」に向かって北上する。
 州道を外れ、砂漠道を走り続けて2時間半、コロラド川を渡る。目の前に、青い水を湛えた巨大湖に到着する。

「Ryu, we've arrived at Lake Powell. It's a lovely view of the lake's waters of this beautiful. It is a nice break from the deserted scenery......荒涼とした景色から解放され、ホットするわね」  
「It sure is. The contrast between the azure sky, the lake, and the red boulders is excellent......紺碧の空と湖に赤い巨石のコントラストが素晴らしい..... It's a relief to see the refreshing coolness of the lake view......水の景色の清涼感にホッとするね」 
「Ryu, let's stay at a motel near the lake this evening...... 今晩は湖の近くのモーテルに泊まろうよ」

 パウエル湖畔を離れ町に向かって『鷹』を走らせていると......「Ryu, There's a ”B & B” right there on the main road. Let's check it out...... あそこの”B & B"があるわ。チェックしてみましょ?」
「Holly, What's B&B?」
「B&B is a small inn in which the host lives in the house and provides services for the Bed and Breakfast....... ホストが家に住んでいる小さな宿で、ベッドと朝食付きの民宿ね」
「Canyon Dam B & B」は4部屋だけの小さな宿。老夫婦が経営する宿は、ベッドルームとバスルームの客室に、ダイニングルームで朝食を摂るだけのアットホームな宿。
(思ったより広くて綺麗なベッドルーム。泊まるだけなら十分だなぁ.......)

 部屋でくつろいでいると、オーナーの老夫婦と話し込んでいたホーリーが戻ってきて.......「Ryu. There is a Navajo folk music concert tonight at "Page red rocks park". I'd love to go, okay?......" Page red rocks park" でナバホ民族音楽コンサートが今夜開催されるの。行きたいんだけど、いい?」
「Sure. What time does it start?」
「An outdoor stage on the outskirts of town at 7:00 pm?......町外れにある 野外ステージで7時から開催されるの?」
(インデイアン居留地の町外れで聴く、Navajo 音楽か......面白そうだな)

 6時過ぎにコンサート会場に到着する。岩場の野外ステージに ”Tipi ”が張られている。
 円錐形のインディアン・テントの周りに50人程の観客が集まっている。観客は、石段や地面の上のラグに思い思いに座っている。ホーリーと二人で石段に腰掛ける。

 羽飾りを纏ったミュージシャンが、赤い巨石に囲まれたステージに登場する。陽が傾き夕暮れ色に空が染まり、テントの周りに篝火が灯される。野外ステージが夕闇の静寂に包まれた時......。羽根飾りのフルート演奏がスポットライトに浮かび上がると演奏が始まった。

 流れるような笛音が、星の瞬く夜空に静かに響き渡る。清涼な風に染み入るようなフルートの音色が、巨石に溶け込んでいく。ソプラノのような澄んだ高音から、尺八のような物悲しい音色が心に響いてくる。
 変幻自在に奏でるフルート奏者の華麗な演奏にタンバリンのリズム伴奏が重なり、岩山に木霊する。音域の深さに心奪われ聴きほれる。岩山に、音色が染み入る。  

「Holly, Navajo music has a similar taste in melody to "Folclor", the folk music of the Andes region in South America.......ナバホ音楽は南米アンデス地方の民族音楽” Folclor”に似たメロディがあるね」
「Yes, it sure sounds like......確かに似ているわね..... Navajo music has more soulful melodies...... ナバホ音楽はもっと魂を揺さぶる旋律があるわ...... I feel that "Folclor" has more of a friendly melodic feel to it......”Folclor”の方が親しみやすさを感じるわ」 
「Hmmm......」
「American Indians were culturally influenced by their contact with the Spanish, such as silver craftsmanship......アメリカン・インディアンはスペイン人との接触により、銀細工の加工技術など文化的な影響を受けたそうよ..... Therefore, it is not surprising that they were influenced by the folk music of the Andean region of South America......だから、南米アンデス地方の民族音楽の影響を受けていても不思議はないわね」

 フルート奏者の演奏の余韻が残る中、女性シンガーが歌いだす。
魂を揺さぶる物悲しい旋律の歌声が響く、何時の間にか、歌声は英語に......。それでもナバホ音楽独特の旋律が心に響いてくる。

 シンプルなドラムビートのリズムに乗ってダンスが披露されている。
「Ryu, That is mysterious music..... ミステリアスな旋律ね...... The rhythms and melodies sound very similar to the traditional Japanese music I listened to with you......このリズムとメロディーは、貴方と一緒に聴いた日本の伝統音楽に良く似ている気がするわ」 
「I felt the same way.  Somehow, there is a melody that shakes the soul……確かに魂を揺さぶるリズムがある」

 笛とドラムと歌声だけのシンプルな音楽と身体を揺らし踊る姿を見て、昔、島根県の石見地方を旅した時に観た「石見神楽のお囃子」を思い起こした。
「Navajo 音楽」曲調には『生』を告げるリズムがあり、太鼓囃子に合わせて神話を謡い舞う「石見神楽」に共通する旋律がある。ドラムに合わせて踊る「Navajo ダンス」に神々への武勇の姿が重なる。

 心臓の鼓動や呼吸の波動を感じさせるドラムや笛の音。風に震える音色に魂が揺さぶられ、情感溢れるメロディに酔いしれる。
(不思議だ。石見地域で古くから伝わる伝統芸能とナバホのダンスには、共通するリズムとテンポがある。何の違和感も感じない.......)
 見上げる空に広がる満天の星空。夜の静寂が破られ、赤い巨石のステージに神々のメロディが木霊する。

「Ryu, Navajo music reminds me of ancient Greek lyric poetry......古代ギリシアの抒情詩を感じさせるわ...... I can feel the expression of honest emotions when we are in contact with nature, integrated with "sound and poetry"......自然に接した時の素直な感情を”音と詩”の一体化で表現されているのを感じるわ」
「You imagine an ancient Greek lyric poem.  I was thinking of Japanese Kagura...... 日本の神楽お囃子を思い浮かべたよ」
「Is that so? Either way, you would say it is classical music. So it's an image of classical performing arts.......どちらにしろ古典音楽と言うか。古典芸能のイメージなのね....... In that sense, it's a disappointment because American culture does not respect the ancient arts......そういう意味では、アメリカ文化は古典芸能を大切にしない文化だから、残念だわ」
「Is that so? America doesn't value traditional culture and history?......そうなの?アメリカは伝統文化と歴史を大事にしないの?」

「Yes, it does. Americans only value white culture and history......そうよ。アメリカ人が大事にするのは白人文化と歴史だけよ」
「But you have a Black music culture, such as blues and jazz.......でも、ブルースとかジャズとか、黒人音楽の文化があるじゃない」
「That's right. Only in the special field of music. For example, the beginning of the American history that we study in school begins with the history of Europeans' settlement in the United States.......それはね。音楽と言う特別な分野だけよ。例えば学校で学ぶアメリカ史の始まりは、ヨーロッパ人が移住した歴史から始まるのよ..... We never learn about American Indian history in school, so we have no idea how many years ago the Indians arrived and what kind of culture they had.......アメリカンインデイアンの歴史など学校で学ばないから、先住民が何年前から住み着きどんな文化を持っていたのか、ほとんど知らないわ」
「Isn't American Indian culture described in American history?......アメリカンインデイアンの文化はアメリカ史に記述されてないの?」
「Yes, it is. We study that the American Indians existed, but we totally ignore their culture and history.......そうね。アメリカンインディアンが居たことは学んだけど、彼らの文化や歴史は全く無視しているわね.....Don't get me wrong. I personally am not racist. However, America is a predominantly white country...... 誤解しないでね。私個人は人種差別主義者ではないけど。しかし、アメリカは白人優位の国よ......  I am sure you will have many negative experiences in the future......これから先、あなたはきっと多くのネガティブな経験をすることになるわよ」
(そうなのか? 驚いたなぁ.....。アメリカ文化のマイノリティへの差別は相当に根深いようだなぁ。何となく感じてたけど、やはりそうだったか.......)

 コンサートの最後に、インディアン・フルートによるソロ演奏「オロワン」の語りかけてくる先住民の伝統的な詩が星空に沁み入る。スピリチュアルな演奏が静かに終わった。
「Ryu, However,  the Navajo music is traditionally ceremonial, and I feel very spiritually at peace with nature......ナバホ音楽は、伝統的に儀式の曲だからかしら、とても自然との一体感を神聖に感じるわ」
「Indeed, it is a very spiritual and natural feeling.....確かに、とてもスピリチュアルで自然な感じが......I feel like I'm listening to Japanese gagaku music......日本の雅楽を聴いてるような感じがする」
 コンサートの最後に演奏されたインディアン・フルートの素朴な音色が、翌朝まで頭の中に響いていた。

 翌朝、二人で朝食を食べにダイニングルームに降りると、既に大きなテーブルで二組のゲストが談笑していた。
「Hello, good morning!」
「Good morning. Please have a seat. Coffee and juice are self-service at this inn......コーヒー、ジュースはセルフサービスよ」
 テーブルに座ると、直ぐに家庭的な朝食がサーブされる。食事しながら、ホーリーがサイドテーブルから、ゲストとホーリーが Antelope Canyon ツワーの話に花を咲かせている。

「Ryu, They told me that the Antelope Canyon tour requires reservations......ツワーは予約が必要だそう...... They asked me if we would like to join them on the Jeep tour they have booked. What do you think?.....彼らの予約したジープツワーに一緒に参加しないかと誘われたけど。どうする?」
「Hi. I'm Ryu. Thanks for the information. I didn't know that you have to make a reservation for the tour.......ツワー予約しないと見学できないとは知らなかつた.....But if we go with you, won't we be in trouble?……でも、僕たちが一緒に行っても面倒を掛けないのですか?」

「Hello, this is Larry. No problem......問題ありません...... I have a reservation for a Jeep tour, and it would be helpful to have a companion to share the cost of the tour......ジープツワーを予約しています、それにツワー費用をシェアーしてくれると助かります」
「Okay then. Please let me join you. That would be great.」

 宿から、僅か10分程で砂漠の広場に到着する。
「Adventurous Antelope Canyon」...... のサインが掲げられた掘っ建て小屋の前に、10数台のジープが並んでいる。Upper Antelope Canyon と Rattlesnake Canyon を巡るツワーが予約されていた。

 ホーリーと流雲が同行したのはサンフランシスコから来た20代のカップル...... 「Hi, Larry and Susan, where are you from?」
「We are from San Francisco, studying bioengineering at UCSF......UCSFで生物工学を研究しています」
 「So you are studying DNA technology?...... それでは、DNA technology を研究されているのですか?」
「Hi, I'm Ryu. We are from Denver, where is UCSF?」
「Ryu, UCSF is the University of California, San Francisco.....カリフォルニア大学サンフランシスコ校...... It is a graduate university that researches life sciences.......生命科学を研究する大学院大学よ......They are researchers in genetic engineering......彼等は遺伝子工学の研究者よ」
「......?」 

 ナバホ族のガイドが運転する6人乗りのジープに乗り込む。砂ぼこりを上げながら、道なき砂漠道を結構なスピードで走る。「Antelope Canyon」はナバホ先住民族の私有地にある。公認ガイドのツアーが条件になっている。

 暫く走り、駐車場に到着する。今日は穏やかな気候で無風状態で問題無かったが、風の強い日は砂埃が鼻や口、耳に入ることもあるらしい。砂地のトレイルを20分ほど歩くと、砂岩の岩山が目の前に現れる。
 岩山の前に到着する。渓谷を抜ける隙間が、目の前にある。
 渓谷の中に入る前に撮影ツアーの「Photo Pass」が手渡され、ガイドと共に行動するように警告される。この地に生息し神話にも登場するカモシカ「Pronghorn Antelope」に因み「Antelope Canyon」と命名されたとガイドが説明する。

 渓谷内部に足を踏み入れる。渓谷入り口は、幅は2~3mしかなく、人がすれ違うのに苦労する広さしかない。渓谷内は、数人が並んで歩ける程度の広さしか無い。
 渦巻く模様が、岩壁を波打つように流れている。上空から射す光線を探しながら、ゆっくりと歩みを進める。
 アンテロープ・キャニオンは砂岩の浸食と鉄砲水や風化など、長い時間をかけて形作られた自然の通路だが、ナバホは「岩が流れる谷」と神秘の光景を表現している。

 上空の岩壁の空間から、スポット光線が差し込んでいるエリアに到達する。光線の織りなす自然の光景に驚愕する。

 太陽光線が内部を美しく照らし、ピンクから紫色の色彩に彩る。自然の創り出す不思議な芸術作品に圧倒される。光の芸術に圧倒される。洞窟の岩壁が、光線に反射し神秘的な色彩世界に包まれる。

 渓谷を抜けると、ジープが待っていた。「Rattlesnake Canyon」に向かう。ラトルスネーク渓谷は、地下にある。入り口に掛けられた梯子を降り渓谷内に入る。
 フルートの奏でる調べが渓谷内に響き渡っている。渓谷の中をフルートの音色に引き寄せられるように進む。
 ナバホの民族衣装に身を包んだフルート奏者が岩壁にもたれ、ひとり静かに奏でていた。

「光のビーム」が、上空の岩の裂け目から差し込み岩壁を照らしている。赤紫に彩られ波打つ縞模様の岩窟の中に響くフルートは幻想的であり、物悲しく木霊する。

 フルート奏者が唐突に語り始めた。聴き取りにくい彼の話を何とか理解すると.......「この渓谷の底は、ナバホ族が神聖な儀式を執り行った心の故郷だ」と、身振り手振りを交えて語っていた。
 確かに、渓谷の隙間から差し込んだ 「光のビーム」に照らされた砂岩の景観は人知を超えた「神聖な光景」に思える。

 数百万年にわたる水と風の浸食が形成した”蛇のうねり”のような砂岩の道は異空間へ誘う不思議な体験をもたらした。
 世界に類をみない渓谷芸術の素晴らしさに何度もシャッターを切り続けた。


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