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【短編小説】世界は思った以上に柔軟なんだ。♯一つの願いを叶える者

ジャンププラス大賞の結果発表が終わり(もちろん落選しましたが)、タイトル変更とハッシュタグ設定をし直しました。本文は変えてません。
旧:一つの願いを叶える者 第1話
新:世界は思った以上に柔軟なんだ。

いつもながら、この公園には誰もいない。

住宅地から外れた一角に、この公園はある。昼間は人で溢れているのかもしれないが、夕方のこの時間帯に、人影を見たことがない。
だから、僕は、学校帰りにこの公園に寄って、塾が始まるまでの時間つぶしをする。家に帰ると時間的に中途半端だし、塾に行く気が失せそうな気もする。塾の自習室は、他人の物を書く音が気になってしまって、集中が削がれる。

自販機で缶コーヒーを買って、単語帳や参考書を眺める。
本当はスマホゲームでもしたいところだけど、受験が終わるまでは、使用を控えている。早く受験が終わって、ゲームを一日中思いっきりやりたい。
こういうところで短時間だからとやり始めたらおしまいだ。そうしないために、僕はスマホからゲームアプリを一旦すべてアンインストールまでした。誘惑に弱いというのは、自分でもよく分かっている。

単語帳の上に目を走らせていた僕の前に影が落ちた。
顔を上げると、視線のあった人物が僕を見て、ニンマリと形容したい笑みを浮かべる。
この公園で、他の人に会ったのは、それこそ初めてだ。
僕は失礼だと思いながらも、相手のことを言葉なくジロジロと眺めまわしてしまった。

髪は短く、年齢は自分よりは上だろうか?中性的な容姿で、この人が男なのか女なのかもよく分からなかった。
白のオーバーサイズのパーカーに、白のチノパン。スニーカーも白。肌も白いので、全体的に白い人型の輪郭が目に焼き付いた。
少なくとも、自分はこの人物に今までに会ったことはないだろう。

不審者だろうか?とにかくすぐに立ち上がって、この場を立ち去るべきでは?そんなことを考えながらも、次の行動を考えあぐねていると、相手は、僕の目の前で、両腕を広げて言った。

「貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう。」

僕は何と言われたのか理解できず、馬鹿みたいに口を開けながら、動作を止めてしまう。

「えーっと、聞こえてる?」
相手が、僕の反応がないのに焦れて、そう言った。

「願い?」
「そう、一つの願いを叶えるって、言ってんの。」
僕のつぶやきに、相手は嬉しそうに笑って、答えた。

「言ってる意味がよく分からない。」
「まぁまぁ、話だけでも聞いてみてよ。願いを叶えないと、私の役目は終わらないから。」

こんな荒唐無稽な話に、長々と付き合わされてはたまらない。
僕はベンチから立ち上がる。
「これから、塾なんで、失礼します。」
「・・・まだ、塾が始まる時間じゃないでしょ?・・・・くん。」

相手が口にしたのは、確かに僕の名前だった。僕が相手の顔を見ると、相手も僕の視線を受けとめて、言葉を続ける。

「なぜ、自分の名前を知っているのかって顔してる。そりゃあ知ってるよ。選ばれた人なんだから。」
まぁ、座って。と相手は僕の肩に手を当てて、元のベンチに自分を再度座らせた。その隣に腰を掛けると、相手は大きく息を吐く。

「何から説明しようかな。私は一つの願いを聞いて、その願いを叶えるためにここに来た。願いを叶えれば、私はこの場から消えるし、君も私と会ったことを忘れてしまう。」

「何それ?僕のことを馬鹿にしてる?」
「真面目な話なんだけど。まぁ、信じられないよね。私も自分に向かってそう言われたら、信じられないと思うし。」
相手は、そう言って苦笑した。

「まぁ、とにかく、何か願いを一つ言って。それを叶えてあげるから。」
「なんで、僕の願いなんか。」
「さぁ?私もなぜ人の願いを一つ叶えているのか。その叶える相手をどう選んでいるのか、私自身何者なのかもよく分からない。だから、聞かれても答えられない。」

「願いは何でも構わない。定番のお金とか地位とか名誉とか、変わったところで永遠の命とか、病気を治してほしいとかもあったけど。」
「そんなのが叶ったら、騒がれると思うけど。」
「騒がれない。だって、私に願ったというこの出来事の記憶は残らないし、周囲もそれに合わせて補正されるから。つまり、その願いが叶っても、それに矛盾がないように、周りが変わるわけ。」

「そんなご都合主義な。」
「世界は思った以上に、柔軟なんだ。」
相手は、そう言って笑う。
「だから、私の存在も容認されているわけ。」
「そんなことをして、そちらに何のメリットがある?」
「・・・だから、何度も言うように、私はなぜ人の願いを一つ叶えているのか知らないんだって。」

「だけど、叶えられる願いは一つだけ。それを複数に変えることはできない。それができたら、無限に願い事が叶えられちゃうからね。」
なんだ。そこは厳しいんだな。チート的な願いができるかと思ったが、それは無理らしい。
ちょっと、そう願おうかと思っていた考えを修正する。

もしかしたら、何か言っても、その願いは叶わないかもしれない。
でも、言うだけならタダだし。胡散臭いけど、一つの願いを言ってみてもいいだろう。この白い人物もそれほど悪い人ではなさそうだし。それは見た目や雰囲気で判断しては、本当はいけないんだろうけど。

ただ、何を願う?
お金、地位、名誉。別に欲しくないし、永遠の命も世界征服も異世界転生も興味ない。
早く受験を終わらせてゲームしたいというのはあるけど、それだって、勉強して時間が経てば、受験も終わって、どこかしらの高校には入って、ゲームを再開することも可能だろうし、ここで願うことでもない。

考え込んだ自分を隣で相手が、のんびりと待っている雰囲気を感じる。

「決まった。」
「何々?」
相手が好奇心に満ちた眼差しを向けてきた。僕はその色に戸惑いながらも、一つの願いを口にする。

「自分の人生をゲームのようにしてほしい。」
僕の願いに、相手は首を傾げる。
「ゲーム?」
「僕、ゲームは得意なんだ。ほら、バトル系のものだと、うまくいかなかったら、リセットしてやり直しができるだろう?僕も、何か嫌なことがあったり、うまくいかなかったりしたことがあったら、その場でリセットしてやり直しができるようにしたいと思って。」

相手は、僕の説明にやっと理解したといった表情を浮かべた。
「つまり、自動セーブするゲームではなく、何かの折にやめて、セーブしたところに戻れるようにすればいいということ?」
なんか、思ったより理解が早いな。と思いつつ、僕は首を縦に振った。
相手は、ニヤリと口の端を上げる。

「面白いこと考えるね。分かった。その願い、叶えよう。」
相手は、僕の顔を見て、少し表情を真剣なものに戻して告げた。
「ちなみに叶えた願いは、なかったことにはできない。本当に叶えてしまっていい?」
僕は、少し考えたが、嫌なことがあったら、リセットしてやり直しがきくのだから、今後いい人生が送れると思ったし、そこにデメリットはないように思えた。

僕が頷くと、静かな眼差しで見つめていた白い人物は、とらえどころのないふんわりとした笑みを浮かべた。
「貴方の願いは叶えました。」


僕は、塾から帰った後、家でも宿題や塾の課題をやり、寝る前に必ず日記をつける。これは前からの僕の寝る前の習慣だ。日記をつけると、自分の一日が整理され、翌朝スッキリとした気分で起きられるからだ。

でも、嫌なことがあった時や、特別に書くことがない時は、日記を書かない。嫌なことを日記に残しておきたいと思わないし、書くことがない時は、あえて言わなくても分かるだろう。

ここ最近、勉強、勉強ばかりで、塾から帰ってくると、頭を使っているせいか眠くて、日記を書かずに寝ることが多くなってきた。受験期間だから仕方ないだろう。受験さえ終われば、好きなゲームもできる。あと、3ヶ月ばかり。早く終わらないだろうか。

・・・僕の体に不調が出始めたのは、いつからだったか。
寝る時間は確保しているはずなのに、いつも眠くてたまらない。体がだるくて頭痛も時折激しい。何より、受験まで応援の意味を込めて母が作ってくれていた、僕の好物の夕飯が食べられなくなってきた。
以前はあれほど好きだったハンバーグやからあげは、見るのも嫌になった。まるで好物で食べすぎて、逆に嫌いになったかのようだった。

病院に連れてもらっても、体のどこにも異常は見られなかった。
家族は心配し、僕の生活や食事に気を使ってくれたが、僕の不調は全くもって改善しなかった。これも受験のせいで、気が張っているためかと思ったが、勉強を疎かにすることもできない。
いつになったら、受験が終わるのだろう。もう体感的には半年か一年経っているように感じるのに、まだ受験まで3ヶ月もあるんだ。

いつも通り、学校から塾までの時間を潰すのに、人気のない公園に寄る。
僕は、自販機で買った缶コーヒーを飲むと、単語帳の特定のページを開いた。ここから数ページは、何となく頭の中には刻み込まれているように思う。でもそんなことはないと、ページを開く度に思い直す。
僕は、前日この前までしか記憶していないはず。毎日覚えるページ数は決めている。

眠気が立って、単語帳の上を視線が滑る。心の奥底でこんなことをしても意味がないと思う自分がいる。そして、それを毎回打ち消す自分も。
そんないつもの心の中の押し問答を続けていると、単語帳の上に影が落ちた。

顔を上げると、視線のあった人物が僕を見て、その黒々とした瞳を大きく見開いた。まるでここで予定していなかった人に会ったかのように。
この公園で、他の人に会ったのは、それこそ初めてだ。
僕は失礼だと思いながらも、相手のことを言葉なくジロジロと眺めまわしてしまった。

髪は短く、年齢は自分よりは上だろうか?中性的な容姿で、この人が男なのか女なのかもよく分からなかった。
白のオーバーサイズのパーカーに、白のチノパン。スニーカーも白。肌も白いので、全体的に白い人型の輪郭が目に焼き付いた。
少なくとも、自分はこの人物に今までに会ったことはないだろう。

不審者だろうか?とにかくすぐに立ち上がって、この場を立ち去るべきでは?そんなことを考えながらも、次の行動を考えあぐねていると、相手は僕に向かってぶつぶつと呟き始めた。

「これは、運がいいというか、運が悪いというか。・・・こんなこと初めてだな。」
相手の言っていることは、自分の耳には入るが、その意味は全くもって分からない。単なる独り言として、スルーすればいいのかもしれない。

その様子を黙って見つめていると、相手は思い直したように、呟くのを止め、僕の目の前で、両腕を広げて言った。

「貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう。」

僕は何と言われたのか理解できず、馬鹿みたいに口を開けながら、動作を止めてしまう。なのに、僕の中から何か湧き上がってくる感情があった。これは何だ。僕は思わず座っていたベンチの上に身を屈める。
僕の上から、相手の優しい声が降ってきた。

「大丈夫?」
「・・・けてください。」
僕は相手の声に被せるように、自分の口を開く。
「どうしたの?」
相手の手が僕の肩にかかった。それは優しくて、制服の上からも温かく感じた。
僕は、涙にぬれた顔を上げ、相手と視線を合わせると、叫んだ。

「僕を助けてください!」

静かな眼差しで僕のことを見つめた白い人物は、とらえどころのないふんわりとした笑みを浮かべた。
「貴方の願いは叶えました。」


卒業式の日。空は綺麗に晴れていた。

その空を見ていると、何となく、これは僕の未来を表しているのかと、感傷的になる。そうだったら、いいんだけど。

「なぁ、今日これから遊ばね?」
隣で、卒業証書が入った筒を弄びながら、友達が声をかけてくる。
「同じ高校行くんだから、いくらでも遊べるのに、なぜ今日?」
「いやぁ、どうせ暇だし。ゲームしようよ。勉強のせいで全く進められてないし。」
「・・・ゲームか。しばらくはいいかな。」
「なんで?やっと、できるようになったのに。飽きちゃったのか?」

僕は、彼の言葉に苦笑してみせた。
「ゲーム以外なら付き合うよ。」
「強いから、ミッション手伝ってもらおうと思ってたのになぁ・・。まぁ、いいか。一旦、家寄って着替えて、何か昼飯、食べに行こうぜ。」
「了解。」

そう言って見上げた青空に、一箇所だけ、白い雲が浮かんでいた。

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