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【中編】片側だけで感じる彼・彼女 No.4/11

如月きさらぎと出会ってから、数か月が過ぎている。
彼との同居生活は今も継続中だ。

私は自分で思っていた以上に寂しがり屋だったらしい。
今では、彼が仕事から帰ってくるのを待ち、彼が寝室に寝に行くタイミングで、私も寝室に向かう。朝は大体同じ時間に起きて、支度をし、同じタイミングで自宅を出る。
休みが一緒になった時は、自宅のリビングで一緒に過ごしている。
もはや、同居人というよりは、・・彼女のようだ。

彼はとても優しい。
私の話をきちんと聞いてくれるし、それに対して苦言を呈すことはない。
だからと言って、自分のことも私に対して同じように話してくれるし、こちらが必要とすれば、アドバイスもくれる。
私は自分でも彼に甘えてしまっていると思う。彼といることがとても嬉しい。でも同時にとても悲しくなる。私は彼と実際に会いたかった。
それが無理だと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。

次の日が休み予定の夜。
私は彼が帰ってくるのをリビングで待っていた。
彼は私が彼の帰りを待っていることに、あまりいい顔はしない。帰りがいつも遅いし、私の睡眠時間を減らしてしまうことを気にしているらしい。
でも、帰ってきた時におかえりなさいの挨拶をすると、すごく嬉しそうな顔をする。本人は気づいていないのかもしれない。私が指摘してしまったら、きっと取り繕ってその顔が見られなくなるから、指摘しないけど。

手元の本から顔を上げると、ちょうど帰ってきた彼が、玄関にいるのが見えた。彼はいつもの只今の挨拶をしなかった。そして、何かを肩に担いでいるように身体を斜めに傾げていた。
彼は、リビングの入り口まで来ると、片目を閉じ、私に向かって口を開いた。
「後で説明する。・・何でもない。独り言。」
後半の言葉は、自分の隣に向かって発せられた。

私はそれを見て、彼に向かって軽く頷いたが、何となく分かってしまった。
彼は誰かを連れて帰ってきたのだ。そして、その人物に肩を貸している。
肩を貸さないと歩けない状態ということは、かなり酔っているのか、足を怪我したとか。
私にはその人物が見えないので、男性なのか女性なのかも分からない。
ただ、彼自身は顔を若干赤くさせていたから、一緒にお酒を飲んでいたのかもしれない。

彼はそのまま寝室に向かった。
私はそれを見送って、手元の本にしおりを挟んだ。多分今日彼と話をするのは無理だろう。彼が何もないところに向かって話しているところを、訪問者が見たら、頭がおかしくなったと思われるだろうし。
・・寝ようかな。
寝室に向かったら、ベッドの横に彼が立っているのが見えた。
私は慌てて、アイマスクと耳栓を外そうとしたが、その前に彼の声が聞こえてくる。

「だから、飲みすぎだって。今日はこのまま泊まっていっていいよ。」
・・そうか。泊まっていくのか。時間的にもう終電はないだろう。
「え、大丈夫。今日は来ないし。その状態で、一人で帰せない。」
鼓動が早くなる。相手は女性だ。それなりに親しい存在なのだろう。彼の話しぶりからして。
早く、アイマスクと耳栓を外して、彼の言葉を聞くのをやめるべきだろうと思うのに、私の手は動かない。

「俺はシャワー浴びたいから、寝てて。・・その状態じゃシャワー浴びるのは無理だよ。大人しく寝ていて。」
彼は、ベッドに向かって声をかけると、くるりとこちらを振り返った。
私は慌ててリビングに戻った。彼が少しでも片目を閉じたら、私が彼の話を聞いていたことがバレてしまう。
リビングで、彼の様子を伺っていると、着替えを持って寝室から出てくるのが見えた。一旦リビングの入り口で足を止め、こちらを伺うしぐさを見せたが、片目を閉じていなかったので、私のことは見えてないだろう。

彼の姿が見えなくなってから、私は体の力を抜いた。
シャワーを浴びて、寝支度が済んだら、彼は連れてきたあの人と一緒に寝るのだろうか?
彼と以前に話した時には、付き合っている特定の人はいないと聞いていたけど。嘘だったのかな。
じんわりと目尻に涙が浮かんできた。泣いたってしょうがないのは分かっている。そもそも私と如月はそんな関係ですらない。

今日はここで寝よう。
この後、寝室で何が行われるのかは想像したくないけど、いつも通りベッドで寝るのがためらわれた。明日は休みだし、布団をリビングに持ってくれば、体への影響も少ないだろう。うまく寝付けるかどうかは分からないけど。
私は彼がいない内に布団を持ってこようと、寝室に足を進めた。


目を開けると、窓から外の日差しが差し込んでいた。
いつの間にか寝てしまったらしい。2人はどうしただろうと、寝室の方に顔を向けると、そこには如月が気持ちよさそうに寝ている姿があった。
彼との距離は数十センチ。もう少し動けば、腕が触れてしまうくらいの距離だ。

私は慌てて飛び起きる。
彼を見ながら、私は昨日寝る直前のことを思い返す。
確か寝室から布団を持ってきて、リビングの中央に敷き、アイマスクと耳栓を付けたまま眠り込んでしまったんだ。
だから、私は起きてすぐにでも彼の姿が確認できた。
でも、彼はいつここに来たのだろう。しかも私と一緒に気持ちよさそうに寝てるし。そして、昨日連れてきたあの人はどうした?

今すぐ彼を起こして、説明を求めたい。でも、気持ちよさそうに寝ている彼を起こすのもなぁ。私はその場に立ち上がる。彼を起こさないように脇を抜け、シンクで水を汲み、口に含んだ。思った以上に喉が渇いている。
コップ一杯の水を飲み干すと、如月が大きく身じろぎして、その場に起き上がった。
よかった。私が起こす前に起きてくれた。
彼の前に膝をついて座ると、彼は私の方を見て、やんわりと微笑んだ。

「もう起きたんだ。おはよう。よく眠れた?」
彼の言葉に応えようとして、私は彼が片目をつむっていないことに気づいた。
つまり、彼が声をかけたのは私ではない。
「昨日のことは覚えてる?」
彼が問いかける。私と同じところにいるあの人が、その問いかけに答えたのだろう。彼は苦笑した。
「もう大丈夫そうだね。よかった。」

彼は、私以外の人にも、優しいんだな。
私にとって、如月は特別な存在でも、彼にとってはそうではない。そう思わされるようで悲しくなる。
何を言われたのか、彼は目を瞬かせた後、視線をさまよわせた。
「それは・・好きだからだよ。心配する事なんてない。」
私は、自分の口を押さえて、彼から自分の身を遠ざける。

彼はハッとしたように、自分の背後を振り返った。
そこは、私が先ほどまで寝ていたところだ。彼は私がそこに寝ていないことに気づいた。なら、次は目の前にいる私の姿を片目で見とめるだろう。
無理。もう如月にどんな顔して会えばいいか分からない。

「待って!」
彼に手首をつかまれそうになったのを振りほどいて、私は寝室に入って扉を閉めた。扉に背中を押し付けながら、その場にうずくまる。
もちろん、アイマスクと耳栓は外していた。

No.5に続く

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