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【短編小説】あの時、告白してなかったら

最寄駅前のカフェに入ったら、思っていた以上に客がいて驚いた。今の時刻は午前6時半過ぎ。大半は夜行バスで来た人が時間を潰しているんだろうと思う。

だが、その内、一人で過ごしている女性は、待ち合わせ相手の彼女しかいなかった。その横に立つと、彼女は手元の本から視線をあげて、自分を見上げる。

「ロミさんですよね?」

彼女は私の言葉にニッコリと笑んで応えた。

「そうです。はじめまして。幾夜いくやさん。」

改めてコーヒーを頼みに行き、彼女の前の席に座る。
何と話を切り出していいか分からず、黙ってロミの顔を見つめていると、彼女の顔が心配げに曇った。

「どうかしましたか?」

「いや、本当に会うことができたんだな、と思って。」

自分の言葉を聞いたら、彼女はキョトンとした顔をした後、楽しそうに笑みを浮かべる。表情が良く顔に出る子だと思った。

「実在しないかと思いました?」

「まぁ、写真を送ったことも送られたこともないし、文字のやり取りしかしてないから。」

「本名はロミじゃないですけど、それ以外に話したことは本当ですよ。」

「本名明かした方がいいですか?」と続けて問われたが、今まで『ロミ』として付き合ってきたのだから、別にいいと思った。

「そういえば、幾夜さんは、本名なんですか?」

「ええ、峰岸みねぎし幾夜いくやと言います。」

「フルネーム、明かしちゃうんですね。」

「別に隠すものでもないから。」

自分はコーヒーを口にする。かなり冷めている。猫舌の自分には、問題ない温度だが、あまり室内が温まってないんだなと感じる。
彼女の格好を見ると、コートを着たままだった。早く、もっと温かいところに連れて行った方がいいかもしれない。

「大変だったでしょう。夜行バス。」

「初めて乗りました。いい経験になりました。」

「よく眠れた?」

「あんまり。慣れてないというのもあって。」

彼女は言葉を濁す。

「これから家に行くから、辛かったら寝ちゃっていいよ。」

「・・家、ですか。」

「こんな朝早くに、他に時間を潰せるところはないだろ?」

「・・確かにそうですね。」

ロミは学生で、自分とは3つくらい年が離れてるが、今までのやり取りから、女が一人暮らしの男の元を訪ねたら、どうなるかぐらいは分かってるだろう。別に無理強いするつもりはないけど、自分が彼女の選択肢を狭めてるのは意識してる。

文字のやり取りだけでも好感を持っていたのに、その本人が目の前にいる。
できることはしておいたほうがいい。

次の機会があるのかどうか、わからないのだから。

「じゃあ、おじゃましますね。本当に寝ちゃったらごめんなさい。」

「いいよ。全然ゆっくりしてくれて。」

自分はそう言って、テーブルの上に置かれた彼女の手を掴んだ。


「次はいつ会えるかな。」

私の横に立った彼にそう聞かれて、咄嗟に答えが返せなかった。

「・・ここに来るには、時間もお金もかかっちゃうから、はっきり決められないかも。」

そう答えて、自分の目尻に涙が浮かんだ。

自分はおかしい。

彼とは昨日の早朝に初めて会ったばかりで、恋人になったわけでもない。
その場の雰囲気に流されて、キスはしたけど、最後の一線は超えてない。

なのに、私たちは恋人のように寄り添って、手を繋ぎ合って、次に会うことを考えている。私たちの間には物理的に距離があって、簡単に会おうと言えないのが現実なのに。

「次は僕が会いに行く。」

彼の言葉に顔をあげると、彼は優しい笑みを浮かべて、私の涙を拭った。

「仕事があるから、直ぐには難しいかもしれないけど。でも、何とかしてみせる。」

「・・無理はしないで。」

「ものすごく自分が稼いでて、君を引き留められるくらい力や金があればいいんだけど、ただの一般人だからさ。」

彼の言葉を聞きながらも、私は熱に浮かされたような気分になっていた。それが心に響きにくいのは、お互いに決定的な一言を口にしていないからかもしれない。

本当に、このまま別れて、私たちが再び会うことはあるんだろうか。
会わない内に今抱えた気持ちは薄れて、その内、やり取りは切れて、私たちは、それぞれの道を歩いているんじゃないかな。

「ロミ?」

私の反応が薄くなったのが気になったのか、彼が繋いだ手に力を込めた。

私はその手を引いて、彼の顔に自分のを近づけた。彼の目が見開かれたのを見た。

「いったい、どうしたの?」

唇を離して一声発した彼の顔を見ながら、私はそれに応える。

「私は、幾夜のことが好き。」

「ロミ・・。」

「もしこのまま二度と会えなくても、この気持ちは変わらないから。」

彼が唇を噛みしめた。しきりに瞬きをして、涙が零れないようにしてるのが分かった。

「昨日、初めて会ったばかりで、引くかもしれないけど。」

「そんなことない。自分だって。」

「・・裕実ひろみ。」

彼の言葉を遮るように、私は自分の言葉を被せた。彼と繋いでいた手を離す。精いっぱいの笑顔を向けた。

「私の本名は、瀬田せた裕実ひろみ。もう、時間だから。」

「裕実。待って。」

「さよなら。幾夜。」

きっと、このまま話していたら、いつまでたってもお別れできないから。

私は改札に向かって足を進める。彼が追ってこられないように足早に。


「で、彼とはどうなったの?」

久しぶりに会った学生時代の友人と、昔話に花を咲かせていると、突然そう問われた。そういえば、彼女には彼の話をしてたなと思い出す。

「結局、音信不通になって、別れたよ。」

「なんだ。別れちゃったんだ。裕実が勇気を出して、告白したのに。」

心底残念そうな様子を見て、私は思わず笑ってしまう。

「私も学生だったし、その後、卒論とか就活とかいろいろあって、とてもじゃないけど、遠距離恋愛をしている場合じゃなかったんだよね。」

「そこは、お互いの強い気持ちがあれば、乗り越えられるものじゃないの?」

「・・そんな、簡単なものじゃないよ。」

「ごめんごめん。遠距離恋愛をしたことのない私が、言っちゃいけない言葉だったね。」

「ぜんぜん。気にしないで。」

「今度結婚する人とは、こっちで知り合ったの?」

話が重くなりそうだと思ったのか、彼女は話題を切り替えた。私は手元のミルクティーに目を落とす。

「そう、就職した先で、職場が一緒だったの。」

「そもそも、何で就職先にここを選んだの?ここ、地元でもないんでしょ?」

ここは、彼女にとっては地元だけど、私にとっては地元でもなんでもない。一度しか来たことがない場所だった。

「一度来たことがあって、その時に思ったんだよね。ここで暮らしてみたいって。」

「まぁ、ここが地元の私としては、嬉しい言葉だけど。結婚式もこっちでするんでしょ?」

「うん、相手にとってはこちらが地元だから。それに2人で過ごしてるのもこっちだし。」

「私も呼んでくれるの?」

「もちろん。」

「それは楽しみだなぁ。」と言いながら、彼女はケーキにフォークを差し込む。

瀬田せたさんは、何さんになるんだっけ?」

「・・峰岸みねぎし。」

「峰岸さんかぁ。結婚するって、どんな感じ?」

「いろいろすることはあるけど、既に一緒に暮らしてるから、あまり変わりないかも。」

そう答えたら、彼女が私のことをじっと見て、ふにゃっと表情を緩ませた。

「なに?」

「・・とっても、幸せそうだなぁって。」

私はミルクティーを取り上げて口に含んだ。

言ってることに嘘はない。だけど、彼女に話していないことはたくさんある。

別れた彼に一目でも会いたくて、就職先にこの地を選んだこと。
職場で、本当に偶然再会して、その後復縁したこと。
その彼と今度結婚をすること。
そして、その彼の苗字も。

全ては、私があの時、告白してなかったら、なかったかもしれない未来。

今でも、あの時、ああしていたら、今の自分はなかったかも、と思うことは多々ある。人生は選択肢だらけ。

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