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【中編】片側だけで感じる彼・彼女 Extra edition

「本日はお招きいただき、ありがとうございました。勇人、美咲さん、本当におめでとうございます。」
祝辞を述べると、新郎新婦含め、会場から拍手があがった。
軽く息を吐くと、指定された席に戻る。
今までにやったことのないことをするのは緊張する。
何とか切り抜けられてよかった。

後は、進行されていくままに披露宴は進んでいく。
俺はその波に乗っているだけでいい。
俺が座っているのは、新郎の友人席だが、一緒の席に座っている人たちとは、顔を合わせた覚えがない。俺が新郎である波崎勇人と友人になったのは、大学に入ってからだから。それより前の同級生とかなのか、話をするにもお互いの仕事の話か、勇人の話くらいで、話はそれほど盛り上がらない。

新婦側の友人席から、こちらに向かって視線が飛んでいるような気もするが、気のせいだと思いたい。滅多に食べない豪華な食事を口にしながら、新郎新婦を見つめているように見せかけて、思いにふけってしまう。
それにしても、仕事の同僚である飯田美咲のウェディングドレス姿は確かに綺麗だった。きっと、小春がこの場にいたら、目を輝かせて彼女のことを見つめることだろう。

2次会はしないと言っていたから、この披露宴が終われば、お開きになるが、帰りは夜中になりそうだ。結婚式や披露宴が行われるこの式場は、新婦の実家近くにあるゲストハウス形式の場所で、自宅から電車で2時間くらいかかる場所だ。帰るのが難しい人に対しては、宿泊施設も用意されているらしいが、俺は断っている。

今回の結婚式も披露宴も、とても温かい雰囲気が感じられて、2人の雰囲気にも合っているように感じられた。でも、6月に、この会場での挙式は、きっとかなりお金がかかるんだろうな。

自分もここ数年のうちに結婚するつもりでいるが、まだ彼女にそのことを告げたことはない。再会して付き合うようになってから、まだ数ヶ月しかたっていない。そして、再会前にはできなかったことが山ほど存在しているので、それらをするのに精いっぱいで、まだ結婚という気持ちに・・お互いなれていないと思う。

「この後、こちらでデザートビュッフェを行います。」
披露宴会場の外のオープンデッキに、テーブルが並べられ、一口サイズのデザートがたくさん並べられている。一部は新郎新婦がサーブしているらしい。それは先ほどケーキカットとファーストバイトを行ったウェディングケーキだった。

「いいスピーチありがとう。ハル。」
俺にケーキをサーブした勇人が、いい笑顔で言う。
「いや、いい経験をさせてもらった。」
「ハルの結婚式の時は、代わりにしてやろうか?」
「・・するなら飯田・・美咲さんになると思うけど。小春とも仲いいし。」
勇人は隣にいる美咲のことを見つめた。彼女は自分の友達と話が弾んでいるようだ。

「もう少し友達になるのが早ければ、小春さんもこの式に呼べたんだけど。」
「いいよ、そこまで気を使わなくて。」
「いや、本当に可能だったんだ。最初はそうしようかとも思っていたんだから。」
「?」
俺が首を傾げると、勇人は自分の隣に来るよう手招きした。大体の人は既にサーブが終わっており、勇人たちの前のケーキはもうほとんど残っていなかった。

「俺は正直ハルのことを心配していたんだ。」
「心配?」
心配させるようなことなどあっただろうか?と俺は首を捻る。
「一時期、上の空なことが多かっただろう?美咲に聞いて、やっぱりと思ったけど。」
「ああ。」
小春と別れていた1年のことを言っているのだと思った。

あの頃は、勇人や飯田と酒を飲むことがあっても、彼女のことはほとんど口にしなかった。彼らは俺が話したがってないことを察していたのか、話題を振られることもなかったから、そのままにしていた。
2人の間では、俺と彼女のことは結構話題に上がっていたらしい。
その前の仲違いした1ヶ月のこともあったから、余計そう感じたのかもしれない。

「もう、心配することもないだろう?」
「ああ、いろいろな意味で。」
「・・何のことだ?」
「美咲がお前のことを好きだと思っていたことを、知っていたんだろう?」
「・・。」
「実はちょっと疑っていたんだ。ハルのこと。」
俺が彼の顔を見つめると、彼は俺の視線を受けて口の端を上げた。

「美咲と同じ職場だし、美咲を紹介されて付き合い始めた時、なんでこんなにいい子を紹介してくれたんだ。と疑問に思ったんだ。美咲の話を聞いていると、何となくお前に気がある様子があった。・・だから、喧嘩した時にお前の家に泊まらせてみようと思って。」
「なっ。」
「それでなんかあったら、俺は友人と彼女を両方失うことになるけど、俺は確認したかった。結果、何もなかったから、俺はこうして彼女と結婚することができた。」

「結構、性格悪いんだな。」
「他の人が好きな子と付き合っても、お互い不幸になるだけだろ?あの後、小春さんと仲違いしたとかで、落ち込んだお前を見て思ったよ。悪いことしたなって。」
「そこは他人事かよ。」
「仲直りすると思ってたからな。それでも一か月もかかるなんて思ってなかったけど。」
普通の付き合いなら、もっと早く仲直りできていただろう。本当にあの時は辛かった。

「今度2人で新居に遊びに来てくれ。美咲も喜ぶよ。」
「小春がこの結婚式の様子を知りたがっていたから、動画でも見せてあげてくれ。何か撮ってるんだろう?」
「お前の祝辞もバッチリ映ってるけど。」
「まぁ、いいよ。嘘は言ってない。」
「ハル。本当にありがとう。」
「俺を疑った報いは受けてもらうからな。」
「と言いつつ、何もする気ないんだろう?」

そう言って、勇人が幸せそうに笑う。隣にいた飯田がこちらに視線を向けて、彼と同じような笑みを浮かべた。
「皆木さん。祝辞ありがとうございました。今度小春さんと一緒に新居に遊びに来てくださいね。」
「今、勇人から同じことを言われた。」
「私、勇人と幸せになりますからね。」
「いや、こちらに宣言しなくていいから。」
そう言った後、2人に合わせて笑ってみせた。


「只今、帰りました。」
玄関ドアが開く音と共に、彼の声が聞こえたので、リビングにいた私は、読んでいた文庫本をテーブルに置くと、玄関に向かって歩いていく。
ブラックフォーマルを着た彼は、靴を脱ぐと、迎えに出た私に寄りかかった。

「芳春。おかえりなさい。」
「小春。ただいま。」
耳元にかかる彼の息はかなり熱かった。お酒のせいだろう。
「どうだった?波崎さんと美咲さんの結婚式。」
「よかったよ。全体的に温かい雰囲気がして、2人らしいって思った。」
「スピーチはうまくいった?」
「・・まぁ、なんとか。今日はこっちに泊まっていっていい?」

「泊まっていくんだろうと思ってたけど。」
「明日は仕事だから、いつも通り出て行かないといけないけど。」
明日は私が休みだった。でも仕方ない。美咲さんが結婚したから、少し休みを取るのだと聞いている。その分同僚である彼は休めないのだ。
「シャワー浴びたら?スーツに皺が着いちゃうよ。」
「もうちょっとこのままで。」
彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。耳元に顔を埋められると、さすがに恥ずかしくなってくる。

彼からはいろんな匂いがした。彼自身の匂いだけではなく、排気ガスとか美味しそうな食事とか香水とかお酒の匂いとか。再会するまでは私は彼と一緒にいても同じ匂いを感じることができなかった。
私と同じように彼も感じているのか、事あるごとに私たちはお互いを抱きしめあうことが多くなっていた。
「芳春。苦しいよ。」
「ああ、ごめん。シャワー浴びてくるよ。」

彼が名残惜し気に私の身体を解放する。
「そういえば、2人が今度新居に遊びに来いって言ってたよ。」
「私はいつでもいいけど。新婚旅行の後になるんじゃない?」
「・・そうかもね。すると一か月くらい後になりそうだな。」
「仕事は大丈夫なの?」
「まぁ、本社から応援要員は来るかもしれない。飯田の穴埋めで。」

何となく疲れた雰囲気を出している彼の頭を撫でる。彼は撫でていた私の手を取ると、私の身体を引き寄せた。
「また子ども扱い?」
「何かあったの?」
「・・結婚式の雰囲気に呑まれたのかも。ちょっと羨ましくなった。」
「私はいつでもいいよ。結婚。」

「急ぐ必要はないと思うんだけど、まだ不安になるんだよな。」
「?」
「小春がいなくなるような気がする。」
「結婚したら不安はなくなるの?」
「・・それがよく分からない。」

どうすれば彼の不安が消えるのか。私たちの出会いを促した仕組みが、また別の現象を引き起こさないかと、私たちの関係に一点の染みを残す。その染みがどうすれば消えるのかが分からなくて、私たちは必要以上にお互いを求めあう。

「別れた方がいい?」
「それは絶対にダメだ。」
「私はここにいるよ。もう離れない。」
「それは十分分かってる。・・ただ不安に思っただけ。」
「あ、そうだ。右手を貸して。」
彼は不思議そうに自分の右手を私に向かって、差し出した。私は、彼の右手を取ると、薬指に嵌っていた指輪を何とか抜き取った。自分の指輪を同じように外す。

「?」
「新郎、芳春は、新婦小春を妻とし、病める時も健やかなる時も、これを愛し、これを助け、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「・・。」
「誓うって言って。」
「はい、誓います。」

「新婦、小春は、新郎芳春を夫とし、病める時も健やかなる時も、これを愛し、これを助け、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?はい、誓います。」
私は彼に向かってニッコリと微笑んだ。
「では、指輪の交換を。」
私は先ほどの指輪を掌に載せて、彼に差し出す。彼が私の左の薬指に指輪を嵌めた後、私も彼の左手を取って薬指に指輪を嵌めた。

「これで2人は別ちがたい夫婦となりました。」
「・・君って人は。」
だから離せないんだよ。と言って、彼は私のことを再度力を入れて抱きしめた。

単に『結婚』が書きたかっただけ。6月の結婚、6月の花嫁、ジューンブライドは、幸せになれるそうで、特に女性のあこがれですね。

こちらは、以前連載した「片側だけで感じる彼・彼女」の番外編となります。本編を読んでいない方は、合わせて読んでくださるとより楽しめます。

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