膝枕外伝 テレワークの男編〈短編〉

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の小説「膝枕」の2次創作です。途中まではほぼ原作に沿っています。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

下間都代子さんによる朗読

kaedeさんによる朗読
(stand.fm)今井雅子作 膝枕

Noteに投稿されたスピンオフ
下記のマガジンをご覧ください。

Note以外に投稿されたスピンオフ
藤崎まりさん作
(stand.fm)今井雅子作・膝枕 アレンジバージョン

やがら純子さん作
落語台本「膝枕」

下間都代子さん作
ナレーターが見た膝枕〜運ぶ男編〜
(Youtube)大人の朗読リレー「膝枕は重なり合う」(朗読:下間都代子さん、景浦大輔さん)

kana kaede(楓)さん作
「単身赴任夫の膝枕」

賢太郎さん作
(stand.fm)「膝枕ップ」

松本ちえさんも「からくり膝枕」をお書きになりました。
(限定公開のようでしたので紹介に留めます)

本編

休日の朝。独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定も特になかった男は、置き配を知らせるスマホの音で目を覚ました。

ドアを開けると、そこにはオーブンレンジでも入っていそうな大きさのダンボールが1つ置いてあった。伝票には「枕」と書かれていた。

「枕」

男の声が喜びに打ち震えた。

「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕でかかえ、お姫様だっこの格好で室内へ運び込んだ。

はやる気持ちを抑え、爪でガムテープをはがす。カッターで傷をつけるようなことがあってはいけない。箱を開けると、女の腰から下が正座の姿勢で納められていた。届いたのは「膝枕」だった。ピチピチのショートパンツから膝頭が二つ、顔を出している。

「カタログで見た写真より色白なんだね」

男が声をかけると、膝枕は正座した両足を微妙に内側に向け、恥じらった。見た目も手ざわりも生身の膝そっくりに作られている。さらに、感情表現もできるようプログラムを組み込まれている。だが、膝枕以外の機能は搭載していない。膝を貸すことに徹している。

幅広いニーズに対応できるよう、商品ラインナップは豊かだ。体脂肪40%、やみつきの沈み込みを約束する「ぽっちゃり膝枕」。母に耳かきされた遠い日の思い出が蘇る「おふくろさん膝枕」。「小枝のような、か弱い脚で懸命にあなたを支えます」がうたい文句の「守ってあげたい膝枕」。頬を撫でるワイルドなすね毛に癒される「親父のアグラ膝枕」……。

カタログを隅から隅まで眺め、熟慮に熟慮を重ね、妄想に妄想を繰り広げた末に男が選んだのは、誰も触れたことのないヴァージンスノー膝が自慢の「箱入り娘膝枕」だった。

「箱入り娘」の商品名に偽りはなかった。恥じらい方ひとつ取っても奥ゆかしく品がある。正座した足をもじもじと動かすのが初々しい。一人暮らしの男の部屋に初めて足を踏み入れた乙女のうれし恥ずかしが伝わってくる。

「よく来てくれたね。自分の家だと思ってリラックスしてよ」

強張っていた箱入り娘の膝から心なしか力が抜けたように見えた。この膝に早く身を委ねたいという衝動がこみあげるのを、男は、ぐっと押しとどめる。強引なヤツだと思われたくない。気まずくなっては先が思いやられる。なにせ相手は箱入り娘なのだ。

「その……着るものなんだけど、女の子の服ってよくわからなくて.……」

男がしどろもどろに言うと、箱入り娘の膝頭が少し弾んだ。

さっきより大きく、膝頭が弾んだ。喜んでくれているらしい。


男と膝枕にとっての初夜となる、その夜。男は箱入り娘に手を出さず、いや、頭を出さず、そこにいる膝枕の気配を感じて眠った。やわらかなマシュマロに埋(うず)もれる夢を見た。

翌日、男は旅行鞄に箱入り娘膝枕を納めると、デパートのレディースフロアへ向かった。

「窮屈でごめんね。少しの辛抱だから」

ファスナーが閉まりきらない旅行鞄を抱きかかえ、鞄に向かって話しかける男の顔は最大限にニヤけていた。怪しすぎて、店員は寄って来ない。

「やっぱり白のイメージかなあ。こういうの似合いそうだよね。これなんかどう?」

男が手に取ったスカートを旅行鞄に近づけると、鞄の中で膝頭が弾んだ。

裾がレースになっている白のスカートを買い求めた男は、帰宅すると、早速箱入り娘に着せてみた。

「いいね。すごく似合ってる。可愛い……もう我慢できない!」

男は箱入り娘の膝に倒れ込んだ。マシュマロのようにふんわりと男の頭が受け止められる。白いスカート越しに感じる、やわらかさ。レースの裾から飛び出した膝の皮膚の生っぽさ。天にも昇る気持ちだ。

この膝があれば、もう何もいらない。男は箱入り娘の膝枕に溺れた。職場にいる間も膝枕のことが気になって仕事が手につかない。

「ただいま!」

男が飛んで帰り、玄関のドアを開けると、膝枕が正座して待っている。膝をにじらせ、男を出迎えに来てくれたのだ。なんて、いじらしい。愛おしさがこみ上げ、男は箱入り娘の膝に飛び込む。

膝枕に頭を預けながら、男はその日あった出来事を話す。ときどき膝頭が小さく震える。笑っているのだ。


「僕の話、面白い?」

拍手をするように、二つの膝頭がパチパチと合わさる。もっと箱入り娘を喜ばせたくて、男の話に熱がこもる。仕事でイヤなことがあっても、箱入り娘に語り聞かせるネタができたと思えば、気持ちが軽くなる。うつ向いていた男は胸を張るようになった。顔つきに自信が表れ、目に力が宿るようになった。

それがほんの数ヶ月前の話。

現在、字面だけ見れば人類総箱入り娘化、あるいは箱入り息子化である。人と会うことが制限され、街から喧騒が消えた。男の会社でも全社員にテレワークが命じられた。同僚とさえ話さない日が何日も続くこともあった。誰とも話さないと声の出し方を忘れるなどという笑い話が会議で出るたびに男は思う。

箱入り娘がいてくれてよかった。

もとより、これといって趣味もない男である。出勤する必要が無くなったことで、自ずと箱入り娘に頭を預ける時間が増えた。男は始めのうちこそ机に置いたパソコンに向かっていたが、いつしかビデオ通話をしなければならないとき以外は膝枕されながら仕事をするようになった。

そんなある日、いつものように、箱入り娘に語りかけていると、

「本当に面白い人ですね」

頭上から女性の声が聞こえた。この男と箱入り娘以外には誰もいない部屋だ。声の主は明らかだった。

思い至るところがあり保証書を取り出して熟読した。その隅に肉眼で読めないほどの細かい字で注意書きが添えられていることに気がついた。

スクリーンショット 2021-07-23 13.01.26

(了)

あとがき

例に漏れず今後書き直していきます。
(11月24日追記)最後の注意書きの基でありこの話の出発点は、2020年3月27日のツイートに遡ります。(万一見られなくなった場合に備えて画像も貼っておきます)

スクリーンショット 2021-11-24 19.54.22

僕がこのツイートを知ったのは2021年に入ってからなのですが。
最後の注意書きはwordでレイアウトしたものを画像化しました。クリックすると拡大します。

7月23日 記事公開。
7月25日 きぃくんママさん作「膝枕のねがひ 〜〜 わにだんバージョン」、観相家 サトウ純子さん作「占い師が観た膝枕 〜宅配の男編〜」を追加。
7月30日 かわい いねこさん作「転生したら膝枕だった件」を追加。
8月3日 原案・縁寿さん、潤色・今井先生「私が「膝枕」になった日─ある女優のインタビュー」を追加。
8月5日 まえがきを改訂。
9月22日 kaedeさん、賢太郎さんのstand.fmを追加。
11月24日 あとがきに追記。

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