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膝枕のねがひ 〜〜 わにだんバージョン

こちらの作品は
今井雅子作『膝枕』の外伝ストーリーの一つ
『箱入り娘膝枕の願い`七夕によせて’』(きぃくんママ作)を朗読する際に
絵本『わにのだんす』今井雅子/文(エンブックス)を組み合わせた読み原稿として
試みに投稿したものである。

休日の朝、玄関先であなたが受け取った段ボール箱に入っていた私。
あなたを知ったのはその3日前。
膝枕カタログの中だったのよ。

膝枕カタログは、幅広いニーズに対応する豊富なラインナップが自慢よ。
「ぽっちゃり膝枕」。「おふくろさん膝枕」。「守ってあげたい膝枕」。「親父のアグラ膝枕」。「 おばあちゃんの膝枕」。「きぃくんママ膝枕」「BL膝枕」「世界征服膝枕」……。
詳しくはホームページのレビューを見てね。さくらライターさんがキャッチーな文言でおススメポイント載せてくれてるから。

あなたはカタログを隅から隅まで舐めるように眺めてた。生真面目そうなあなたの表情から、私は自分が選ばれるってこと、確信したわ。
何が何でも私は倉庫を出たかった。選ばれ、出荷されることは、自由への一歩なんだから、、、

誰も触れたことのないヴァージンスノー膝が自慢の「箱入り娘膝枕」。

箱入り娘の名前は偽りの字名(あざな)

膝枕ヴァージンは、既に、私の開発プロデューサーだった薫さんに捧げていたの。

薫さんは、私の生みの親であり、初恋の君。

まるで牢獄の様だった保管倉庫時代。堪らずもがいて、傷だらけになってしまった私を優しく介抱し、自分の部屋へ連れ帰ってくれた命の恩人。

私は薫さんといつまでも気ままに、暮らしてたかった。

でも、膝枕カンパニーは、私たちを引き裂いた。

膝枕に溺れ、仕事を休みがちになった薫さんたち開発チーム社員宅から、私たちテスター膝枕を回収し、使用済みがわからないようリメイクを施したのち、ユーザーの元へと出荷しはじめたの。

配達の日あなたは、伝票の「枕」の文字に目をとめて

「枕」

と、喜びに打ち震えたキモーい声をたてた。
そして、受け取った私を、お姫様だっこだと言って室内へと運び込んだのよ。
あなたは、落ち着きなく
爪でガムテープを不器用にはがした。

「カッターで傷をつけるようなことがあってはいけない」

それって、刃物を持つのが単に怖いんじゃないの?

私は薫さんと引き裂かれた絶望と新しい環境への心細さで固くなっていたわ。それでも精一杯、筋金入りの箱入り娘としての覚悟であなたの視線を直に浴びたの。

「カタログで見た写真より色白なんだね」

いきなりそう声を掛けられ、傷の修復で白く塗られたことに勘づかれたのかと、私はいっそう膝を硬くし、正座した両足をなるべく内側に向けて色ムラを隠したわ。

恥じらっていたわけじゃないの。
足をじりじり後退りしたのは

「私、簡単に膝を貸す女じゃないの」
という意思。

「よく来てくれたね。自分の家だと思ってリラックスしてよ」

何も詮索せず、能天気に声がけしたあなた。
強張っていた膝からホッと、力が抜けてったわ。

不意にあなたは、しどろもどろにこう言ったの。

「その……着るものなんだけど、女の子の服ってよくわからなくて.……」

驚いた私。なのにあなたは私が喜んでるって勘違い。

「一緒に買いに行こうか」

「嫌っ!」さっきより大きく、拒否を示したわ。

あなたには何も通じない。
薫さんが私に似合うと選んでくれたこのショートパンツ。
あくまでも、今までの私を否定するのね。

その晩あなたは、私に触れさえもしなかった。
自分好みの服に着替えさせるまで、いらないといわんばかりに。
私はひとり、薫さんの想い出を夢に見ていた。

「マシュマロにつつまれるようだ」

いつも笑顔で囁いてくれた薫さん。
彼だけの私ではもういられない。
最後の夜の想い出を噛みしめながら……


翌日になって、あなたはいきなり私を旅行鞄の中に押し込んだわ。
そして一路デパートのレディースフロアへ向かいながら白々しく言ったの。

「窮屈でごめんね。少しの辛抱だから」

ファスナーはとても閉まりきらないのに、私をギューギュー詰め込んだ旅行鞄。それを乱暴に抱きかかえ、小声で話しかけてくるニヤケたあなたは最大限気持ち悪い。

「僕たちの邪魔をしないように、店員は寄って来ないね」

だなんて、あなたがキモいからじゃないの。

「やっぱり白のイメージかなあ。こういうの似合いそうだよね。これなんかどう?」

手に取ったいかにも少女趣味なスカートを近づけてくるあなたに

鞄の中で懸命にいやいやしたって、通じやしなかったわ。

裾がレースになっている白のスカートを買い求めたあなたは、帰宅するや否や、私からショートパンツを剥ぎ取り、無理矢理履かせたのよ。

「いいね。すごく似合ってる。可愛い……もう我慢できない!」

いきなり、私の膝に倒れ込んだあなた。
嗚呼、もうこの膝は薫さんだけの私じゃないんだ。白いスカート越しに感じる、頭の重みが私に否応なくのしかかる。レースの裾から飛び出した膝頭には、あなたの生っぽい息とヨダレ。私は膝枕商品の立場を思い知らされた。

あなたが留守の間に、なんとか逃げ出そうとドアの側まで膝をにじらせたけど、そこへいつも

「ただいま」

と、あなたが息を弾ませ帰って来た。


「出迎えに来てくれたんだね」

そんなの大いなる勘違いだわ。

私の膝枕に頭を預けながら、どうでもいいその日あった出来事を話しまくるあなた。
嫌悪で膝頭を小さく震わせると
「笑ってくれた」
「僕の話、面白い?」
と、矢継ぎ早に畳みかける口調で自画自賛を口にする。

私は膝頭を合わさて抗議したけど

「拍手してくれた」

と更に陶酔し、喋りまくるあなた。

「もっと君を喜ばせたくなった」

と言いながら仕事でしでかしたミスをイケシャーシャーと語り聞かせ、自分勝手に

「気持ちが軽くなった」

という始末。

目をギラギラさせて

「今までうつ向いていた僕は胸を張れるようになったよ」

とふんぞり返ったわね。

そういえば、薫さんは私によく絵本を読み聞かせてくれていた。
一番のお気に入りは『わにのだんす』
あぁ~たのしかったなぁ~


ある日、あなたはいつもの時間に帰ってこなかった。

「これは十分に逃げるための時間があるかもしれない」

玄関ドアのすぐそばまでたどり着いた私は、全神経を集中して鍵穴に念をおくった。

「開けドア!開いてドア!お願い..........。」

その時私の中にプログラムされていた薫さんからのメッセージが起動し、語り掛けてきたの

「大丈夫だよ。そのまま待っていて。
 7月7日の夜に君の内部に仕込んだプログラムが発動する。
 僕に君の居場所を発信するよ。
 その時、熱放射で君のやわ肌が少し融けてしまうかもしれない。
 軽く火傷を負うかもだけど後でちゃんと治療するよ。
 僕は君を迎えに行く。
 だからそれまで待っていて」

私は喜びに打ち震えた。
しかし、はて、今日は何月何日なんだろう。

「今夜は6月14日。きぃくんママの誕生日イブで、23時30分から日付をまたぐオトナ朗読リレー34膝目はきぃくんママです。」

そういえば今朝の【マスクの小人ニュース】がそう言っていたのを思い出した。

あと少し我慢して待てば、私は薫さんの元へ帰れるのだ。

そこへあなたは妙にご機嫌さんで帰宅した。
でももう私は嘆かない!もうじき薫さんが迎えに来てくれるのだから!

「やっぱり君の膝枕がいちばんだよ」

んッ?聞き捨てならないあなたのセリフ。
これはもしや誰かに膝枕されてきたのか?

「今から行っていい?」

電話口から聞こえたのは女の声。

あわてて電話を切り、あなたは即座に私をダンボール箱に押し込め
押し入れの中へと閉じ込めてしまったのよ。

私はこの膝にあなたの頭をのせなくて済むことにホッとしたけど

「押し入れのダンボール箱に閉じ込められた私
 果たして位置情報発信のプログラムはちゃんと機能するの?
 今日は7月6日、そして明日は待ちに待った約束の日なのよ」

私は押し入れのダンボール箱の中にいることが、とても心配になってきたの。

連日あなたの部屋に通い続ける女が、ココに閉じ込められた私に気付いてくれないだろうか?

私は彼女に念をおくり続けたの。

「ねえ。誰かいるの?」「そんなわけないよ」「誰かが息をひそめて、こちらをジトっと見ている気がするんだけど」

それを聴いて私は全力でカタカタと音を立てたわ。

「ねえ。何の音?」
「気のせいだよ。悪い。仕事しなきゃ」「いいよ。仕事してて。私、先に寝てる」「違うんだ。君がいると、気が散ってしまうんだ」

こともあろうかあなたは急いで女を追い返した。
ダンボール箱から取り出された私
箱の中で暴れていたから、膝は打ち身と擦り傷だらけ。痛い膝をこすりあわせて、閉じ込められてた反発を示したわ。

「焼きもちを焼いてくれているのかい?」

またいつものナルシズムであなたは私を抱き寄せると、触らないで欲しい傷だらけでひりひりする膝を指で撫でまわしたわ。

「悪かった。もう誰も部屋には上げない。僕には、君だけだよ」

「お願い。そんなこと言わないで、彼女と仲良くやって下さい」

私は手を合わせるように、左右の膝頭をぎゅっと合わせた。
それから膝をこすり合わせ

「早く彼女を迎えに行って来て」

そう伝えたかったけど、またまたあなたは。

「いいのかい? こんなに傷だらけなのに」

「いや、痛いからやめて!」

左右の膝をかわるがわる動かした私の打ち身と擦り傷だらけの膝に、一応は傷を避けながらあなたは頭を預けてきた。

「やっぱり、君の膝がいちばんだよ」

「最低!」

私と彼女の声が重なるように部屋中響き渡ったわ。
いつの間にか戻って来ていた彼女。
玄関に仁王立ちし、形のいい唇を怒りで震わせていたの。

「二股だったんだ……」「違う! 本気なのは君だけだ! これはおもちゃじゃないか!」

私は膝を震わせ「それいけ!やれイケ!どんとイケ!」

と、私はオモチャ呼ばわりでも何でもいいからあなたをなじる彼女に声援を送ってた。
遠ざかる女の背中を追いすがるように見ていたあなたのマヌケ面は傑作だったわ。

どうやら、あなたは彼女への愛を誓うことにしたらしい。

「ごめん。これ以上一緒にはいられないんだ。でも、君も僕の幸せを願ってくれるよね?」

身勝手な言い草だと思いつつ、とにもかくにもあなたから解放されることがタダ嬉しかった私。
次の瞬間、私はまたもやダンボール箱に納められ、なんと!ゴミ捨て場に放り投げられたの。

あっけにとられて言葉も出なかったわ。

「私はごみなの?」

自分がどうしようもなくかわいそうに思えた。
ゴミ捨て場に私を置き去りにすると、振り返りもせず、走って逃げたあなた。


どのくらいの時間がたったかしら?真夜中、雨が降ってたわ。

雨は涙雨。真っ暗闇の箱の中、身動き取れない私に代わって、空が泣いてくれているような気がした。
箱の隙間から入った雫がスカートの裾を濡らしてる。
私はダンボールごと雨のごみ捨て場で濡れそぼってしまったの。

膝枕シリーズは、ユーザーの膝枕となる以外の機能を持たないのがお約束だから正座の姿勢は崩せない。
この足は決して立って歩くことが出来ないの。

「せめて、ダンボール箱に閉じ込められていなければ、全力でにじりにじり動くことも出来たのに」

「タ ス ケ テ……」

激しく雨が叩きつけるダンボールの中で、どんどんしみいってくる雨と傷だらけの膝小僧から滴る血とで、赤黒く染まったスカートの裾のレースが太ももに張り付いて、気持ち悪い。
「ああ、今日が7月7日だったなら...」
指折り数えてきた、約束の日を目前に
私はごみとして回収され、処分されるの?燃やされるか埋められるか、、、、

私は憔悴しきったまま、祈るような気持ちで、愛しい薫さんに想いを馳せてたの。
薄れゆく意識の中、我に返って考えた。

「そうだ!せめて街灯の下まで行くことができれば、心優しい誰かが見つけてくれるかもしれない」

ゴミの山の中から転げ落ちるように、私は濡れてぐしょぐしょのダンボール箱ごと道路へ躍り出た。

キキーッ!
急ブレーキの音。

「なんだよ、こんなところにあぶねぇなあ。危うくぶつかるところだった。」

自転車を降りて近づいてきた男が、私のダンボール箱を蹴ろうとしたわ。
私はあわててガタガタッて音が立つよう動いた。

「え!」

その男はナント、あなたに私を配達したあの、宅配便の配達員だったのよ。
男は自転車をかたわらに停めると恐る恐る近づいて

「これ、、、あ、枕」

配達しに行った時のことを思い出してくれたのよ。

「ってか、なんでコイツ動いてるんだよ」

配達員は蓋を開けて

「うわっ!」

血だらけの私を眼にしたの。

「だ、大丈夫か?」

私はここから救ってほしくて、力を振り絞って飛び上がって見せたの。

「おいおい!怪我してるのに、ダメだよ飛んじゃ!」

配達員は、私が飛び跳ねるのを静止しながら、アパートの錆びた鉄骨の階段の方に目をやり

「も、もしかして、お前、この階段?」

「いえ、ちがいます。そこに戻ったらまた私捨てられちゃう」

私は懸命に両膝を合わせパチパチと鳴らして訴えたけど、またしても誤解を与えてしまったの。

「わかったよ、連れて行ってあげたらいいんだよな」

配達員はダンボール箱ごと私を抱き上げ、慎重に抱えながら、雨に濡れた鉄の階段を上がって

「ここでいいよな」

と声をかけると、静かにドアの前に私を置いたから

「ありがとう、でも、ここじゃないの」

私は両膝を小さくすり合わせてみせたけど

「ヨシ、配達完了」

配達員は小さくつぶやくと、軽やかな足取りで鉄の階段を降り去っていってしまったわ。

翌朝仕事に向かおうと玄関のドアを開けたあなたと、濡れてぐしょぐしょのダンボール箱の私は再会したわ。

「早く手当てしないと!」

私を見たあなたは、すぐまたゴミ捨て場へ捨てに行くんじゃなくて、私を部屋の中へと連れ入った。
私を箱から抱き上げると、膝から滴り落ちた血で、ワイシャツを赤く染めながらも。

「大丈夫? しみてない? ごめんね」

私の膝に消毒液を塗り、包帯を巻きながら、申し訳なさそうに手当てしてくれる。

そんなあなたにホッとしたのもつかの間。

「これもプログラミングなんじゃないか」

さっきまでのいたわるような態度と打って変わり、白けきり、留飲を下げたあなたは

「明日になったら、二度と戻って来れない遠くへ捨てに行こう」

という言葉を私に吐き捨てたの。

「これで最後だ」

あなたは私の膝枕に頭を預けた。
私は思わず身を強張らせてしまったけれど、コレが最後だと思うと、あなたもそう悪い人じゃなかったのかもと、今更ながらに気持ちがほどけていた。

「今宵までここにいれば、薫さんが迎えに来てくれる。」

引き裂かれてしまった恋人たちが再び逢える、約束の7月7日。

夜は更け、私は段々と熱を帯び、薫さんへの位置情報を発信し続けてた。

「もうじき逢える、きっと来てくれる、薫さん、薫さん」

非情にも時計は12時を過ぎ、待ち人来ぬまま、あなたの頭の重みだけが、私の膝へと沈み込んでくる。

「ダメヨ ワタシタチ ハナレラレナイ ウンメイナノ」

私は薫さんに呼びかけ続けた。


そのまま朝になった。
目を覚ましたあなたはようやく異変に気づいたわ。膝から頭が持ち上がらないと思ったら、あなたの頬が私の膝枕に沈み込んだまま一体化していたの。互いの皮膚が癒着を起こして、どうやったって離れなかった。

私はあなたと絶望した。もう、何の会話をする気力も失せ果てた。
あなたは不自由な姿勢で探し当てた保証書を見ながら、膝枕カンパニーに電話をかけたけど、
もう無駄だってこと、私は知ってたの。
だって、薫さんが、膝枕カンパニーの不正を内部告発し、大騒動になってしまったってこと、3日前のマスクの小人ニュースで聴いたもの。
ああ、薫さんは私を迎えに来てはくれなかった。
私はただただこの身の不幸を嘆いていたわ。
あなたが気にした注意書き文言なんて、私にはどうだっていい。

「この商品は箱入り娘ですので、返品・交換は固くお断りいたします。責任を持って一生大切にお取り扱いください。誤った使い方をされた場合は、不具合が生じることがあります」

あなたは慌てているけれど、責任をもって一生大切にだなんて、私の方からごめん被りますわ。

思えば薫さんも所詮男。
純真無垢な箱入り娘のヴァージンのお次は、肉感的なぽっちゃり膝枕とねんごろになったのかもね。
寝物語の約束にすがり、男の心に依存する、なんて私は甘ちゃんだったんだろう。

私が心から自由を欲し、誰にも依存しない覚悟を誓ったとたん、私の膝からあなたの皮膚は剥がれ落ちた。

さっきまでの重苦しさは跡形も無く消え。身も心も清々しいほど軽くなって、肌の癒着痕にも痛みはなく、帽子を脱ぐような軽やかさで、あなたと私は離れたわね。

これから私は、しなやかに、したたかに生きていきます。
だからあなたも、健やかにお過ごしください。
もう決して、何かに依存して胸を張るんじゃなく、うつ向かないで、前を見て、自分の足で歩けるように。

【完】


さてさてここからは後日談
ワタクシ 元 箱入り娘膝枕は
就職、いや、ベンチャー起業いたしました。
オシゴトは、膝枕で読み聞かせをすること。
コロナ禍、おコモリ需要が拡大する中で
飛沫感染の恐れが無い私たち膝枕は
朗読チームを作って派遣のお仕事を承っております。
本日はワンオペ育児で疲れ切ったお母様のご依頼により
お子様のために、絵本『わにのだんす』を読み聞かせるの。



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