膝枕外伝 膝十夜「第八夜」

2022年12月13日 本文を修正しました。

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の短編小説「膝枕」の2次創作です。夏目漱石の『夢十夜』に膝入れしました。

第八夜は登場人物が多くて難しかったですね。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど

膝枕外伝 膝十夜(原作:夏目漱石、膝入れ:やまねたけし)

第八夜

ひら病院の敷居を跨いだら、白衣を着てかたまっていた三四人が、一度にどうぞこちらへと言った。

真中に立って見廻すと、四角な部屋である。窓が二方にいて、残る二方と天井に鏡が掛かっている。鏡の数を勘定したら13あった。

自分はその一つの前へ来て仰向けに寝た。すると頭がぶくりと言った。よほど寝心地がくできた膝枕である。鏡には自分の顔が立派に映った。箱入り娘膝枕がくっついた顔の後ろには窓が見えた。それから帳場格子ちょうばごうしはすに見えた。格子の中には人がいなかった。窓の外を通る往来の人の腰から上がよく見えた。

薫が女を連れて通る。薫はいつの間にかきらきら光る帽子を買って被っている。女もいつの間にこしらえたものやら。ちょっと解らない。双方とも得意のようであった。よく女の顔を見ようと思ううちに通り過ぎてしまった。

ラッパーの豆腐屋が喇叭らっぱを吹いて通った。喇叭を口へあてがっているんで、ほっぺたが蜂に刺されたようにふくれていた。膨れたまんまで通り越したものだから、気がかりでたまらない。生涯蜂に刺されているように思う。

ワニが出た。きらきら光る背広を着ている。しっぽを左右へ振り回しながら二本の足で軽快なステップを踏んでいる。それで御辞儀をして、どうも何とかですと言ったが、相手はどうしても鏡の中へ出て来ない。

すると白衣を着た大きな男が、自分の枕元へ来て、はさみとガーゼを持って自分の頭を眺め出した。自分は箱入り娘膝枕の膝頭をさすって、どうだろう物になるだろうかと尋ねた。白い男は、何も言わずに、手に持った琥珀色のガーゼで軽く箱入り娘膝枕の膝頭を撫でた。

「さあ、膝頭もだが、どうだろう、物になるだろうか」と自分は白い男に聞いた。白い男はやはり何も答えずに、ちゃきちゃきと鋏を鳴らし始めた。

鏡に映る影を一つ残らず見るつもりで膝小僧をみはっていたが、鋏の鳴るたんびに自分の髪が飛んで来るので、恐ろしくなって、やがて眼を閉じた。すると白い男が、こう言った。

「旦那は表の外科部長を御覧なすったか」

自分は見ないと言った。白い男はそれぎりで、しきりと鋏を鳴らしていた。すると突然大きな声で危険あぶねえと言ったものがある。はっと眼を開けると、自転車に乗った男の足元にダンボール箱が見えた。オーブンレンジくらいの大きさだった。と思うと、男が両手でダンボール箱を持ち上げて自転車の前カゴに入れた。自転車とダンボール箱はまるで見えなくなった。鋏の音がちゃきちゃきする。

やがて、白い男は反対側へまわって、もみあげの所を刈り始めた。毛が前の方へ飛ばなくなったから、安心して眼を開けた。焼きもちや、もちやあ、もちや、と言う声がすぐ、そこでする。脛を滑らせて、拍子を取って内側から箱を突いている。焼きもち屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども焼きもち屋はけっして鏡の中に出て来ない。ただ餅をく音だけする。

自分はあるたけの視力で鏡の角をのぞき込むようにして見た。すると帳場格子ちょうばごうしのうちに、いつの間にか一人の女が座っている。肌の色は白く海苔を貼ったような眉の女で、髪をおさげに結んで、サーモンピンクのヒラヒラしたワンピースを着て、正座の姿勢で、書類の勘定をしている。書類は忘れもの室のものらしい。女は長いまつげを伏せてクレヨンのようなピンクの唇を結んで一生懸命に、書類の数を読んでいるが、その読み方がいかにも早い。しかも書類の数はどこまで行っても尽きる様子がない。膝の上に乗っているのはたかだか130枚ぐらいだが、その130枚がいつまで勘定しても130枚である。

自分は茫然ぼうぜんとしてこの女の顔と書類の束を見つめていた。すると耳の元で白い男が大きな声で「洗いましょう」と言った。ちょうどうまい折だから、手術台から起き上がるや否や、帳場格子の方をふり返って見た。けれども格子のうちには女も書類も何にも見えなかった。

代を払って表へ出ると、門口の左側に、小判なりの桶が13ばかり並べてあって、その中にぽっちゃり膝枕や、おくふろさん膝枕や、守ってあげたい膝枕や、おやじのあぐら膝枕がたくさん入れてあった。そうして外科部長がそのうしろにいた。外科部長は自分の前に並べた膝枕を見つめたまま、頬杖を突いて、じっとしている。騒がしい往来の活動にはほとんど心を留めていない。自分はしばらく立ってこの外科部長を眺めていた。けれども自分が眺めている間、外科部長はちっとも動かなかった。

あとがき

今回参考にさせていただいた作品です。

文:今井雅子、絵:島袋千栄『わにのだんす』

履歴

2022年11月20日 第八夜公開。
2022年11月22日 中原敦子さん(膝番号68)が膝開きくださいました! ありがとうございます!

2022年11月30日 本文を修正。縦書きpdf原稿を追加。
2022年12月13日 本文およびpdf原稿を修正。
2022年12月19日 酒井孝祥さん(膝番号109)が読んでくださいました! ありがとうございます!

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縦書きpdf原稿

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