【「謎」を生み出す難しさ】ミステリー小説の神髄(2012年9月号)
宗家は本格推理
「謎」のあるエンターテインメント小説はすべてミステリーとしてくくり、推理色の強い「推理小説」と、謎解きは主眼ではない「サスペンス」とに分けてみました(表1参照)。
推理小説の筆頭格は「本格推理」です。
「本格推理」は密室殺人や不可能犯罪などを扱う謎解きプロパーの小説で、別名パズラーと言われるものです。
「本格推理」の名付け親は甲賀三郎で、「純正探偵小説論」(大正15年)の中で氏は、純粋な論理的興味を重んずるものを「本格」、異常心理や病的なことを扱っているものを「変格」と呼んで区別しています。
ちなみに「心境小説」でない本来の近代文学のことを「本格小説」と言いますが、「本格推理小説」という言葉は「本格小説」に倣ったもののようです。
戦前まで、推理小説は「探偵小説」と呼ばれていました。探偵が出てきて事件を解決するのが定番だったからです。
「探偵小説」は、後年ダシール・ハメットを嚆矢とする「ハードボイルド」を生みます。日本ではバイオレンス小説のように誤解されている面もありますが、他のミステリーとの違いは内面を書かずに内面を表現するという点にあります。
「警察小説」は、「探偵小説」では脇役だった警察官を主人公としたもの。それが検事や弁護士になると「法廷ミステリー」、医者になると「医療ミステリー」、乗り物をトリックに使えば「トラベルミステリー」、学校が舞台なら「放課後ミステリー」と分類していくとキリがありませんが、題材や設定が違うだけで、ジャンルとしては同じです。
拡散するミステリー
戦後、それまでの本格推理とは違った作風のミステリーが登場します。それが「社会派」です。
「社会派」は松本清張を嚆矢とし、社会性ある話題、問題などを扱ったリアリティー重視の人間ドラマです。
こうした重厚で暗いミステリーとは逆、ほのぼのとしたコメディータッチの推理小説が「コージーミステリー」です。主人公が普通の主婦だったりして日本ではあまり作例がありませんが、近いジャンルとしては「ユーモアミステリー」があります。
「時代ミステリー」は捕物帳など舞台設定が江戸時代以前のもの。「歴史ミステリー」は現代を舞台とし、現代人が歴史の謎に挑む小説です。
一方、謎解きの推理色は薄いものの、ハラハラドキドキ、サスペンスフルな小説もあります。「冒険小説」「スパイ小説」「ホラー小説」などです。
また、「犯罪スリラー」は勧善懲悪という大衆小説の定番を逆手にとったような小説。ピカレスク小説、ゴシック小説の流れを汲み、異常な犯罪者側から描いた犯罪心理小説や、人間の悪意や暴力を扱ったノワール(ロマン・ノワール)、サイコスリラーなどがあります。
謎のウエイトによるタイプ
ミステリーの謎には、
「フーダニット=誰がやったのか」
「ハウダニット=いかにやったのか」
「ホワイダニット=なぜやったのか」
の三つのタイプがあります。
「フーダニット」の典型は謎解きプロパーの本格推理です。犯人は分からず、それを探偵や刑事が暴いていく形式です。
「ハウダニット」は「どのように」に力点があるタイプで、犯人は序盤で分かっていることが多いのが特徴。「刑事コロンボ」「古畑任三郎」シリーズのような倒叙型もハウダニットです。
倒叙型とは、最初に犯人が明かされ、その後、犯行が暴かれたり、アリバイが崩されたりする形式を言います。
「ホワイダニット」が問題とするのは、犯人の動機です。犯行のきっかけに人間らしいというか人間くさい動機を与え、それによって深いドラマに仕上げます。
「フーダニット」「ハウダニット」「ホワイダニット」は独立した要素ではなく、どの要素を主眼とするかはありますが、ミステリーには三つとも必要です。
ただ、パズル的な密室殺人や不可能犯罪では「フーダニット」と「ハウダニット」が重要なのに対して、現代のミステリーでは「ホワイダニット」がもっとも重要になります。それは動機の設定が甘いと、どんなに巧妙なトリックを思いついても、「So What」(だからなんなの?)と言われてしまうからです。
ミステリーの十戒
ミステリーは作者と読者の知的ゲームであり、ゲームであれば、そこには共通のルールが必要になります。
謎が解明できるようフェアなかたちで手掛かりを出し、読者が納得できるよう論理的に解明せよということですね。
※「十戒」の5は割愛。また、「ヴァン・ダインの二十則」というのもありますが、似た内容なので省略しました。
ミステリーの歴史
推理小説の源流は三つ。
16世紀にスペインで始まったピカレスク小説(悪漢譚)、18世紀から19世紀にかけてイギリスで流行したゴシック小説(恐怖小説)、それから民話や童話にもある謎物語です……
特集「すべての小説にミステリーを」
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※本記事は「公募ガイド2012年9月号」の記事を再掲載したものです。
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