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春の空白

ぴっしりと隙間なく棚に収まった本のように、
そこにあるし、一見整えられて収まっている本たちは整理されているように思えるように、彼女の中にはいろいろなものがぴっしりと収まっているかのように思えた。彼女自身は彼女の中の空疎さというか満たされない何かを意識して、それを埋めるように、埋めたいという意識と同調するように、本能的にそれを集めるような行動をしていた。それは埋めるという表現がぴったりで、学んだり、研究したりといった、他の言葉で言い表すとそれは違って思えた。

たくさんの本を読んだ。本当にたくさんに。
たくさんの映画を見た。いろいろな感情のいくつかは彼女の心を少し掠めた。
たくさんの音楽、写真、絵画、ドラマ、アニメ、演劇、演芸、自然、建物。
一心不乱と言っていいかもしれない、それしか見ない生活で、
彼女の心の中には目に見える形と見えない形でそれがどんどん溜まっていき、
その中のいくつかは、彼女の意思とは関係なく、埋めたいと思っていた穴に入っていった。

ただし、その穴になにを入れたらいいのか、実際のところ彼女にはわかっていた。
でも、それに手を出す勇気や、覚悟や、気力はなかった。
だから、それに代替する形でいろいろな、本当にいろいろなものを見て、聴いた。

働きすぎる頭はやっかいで、
もっと歳をとる前の、あのときのような唐突さを思い出すことが多くなった。
なにも考えないで、足を踏み入れてみる。
いまは。
足を踏み入れる前に、踏み入れた後のことを考え、
経験に裏打ちされたその先に起きるであろう出来事に辟易してしまい、
彼女は今日も布団の中でもう一人の彼女の、足を踏み入れた一日を過ごす。
本当の彼女は、布団の中で、声すら出さずに誰にも関わっていないというのに。

春の空白の一日を、あと何回過ごすことになるだろう。
彼女はそう思いながら、また本を開いてその世界に逃げ込んだ。

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