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中身が変わってきた

自分の中身が変わってきたような気がするからちょっと考えてみる。
具体的になにが、というと難しいのだけれど満足することとかやりたいと思うことがちょっと変わってきた。
それはよく聴く音楽だったりよく見るテレビ番組だったり、毎日の食事だったりもろもろの習慣だったりする。

好きな歌手やアーティストはいる。aikoはずっと好きだしサカナクションはずっとカッコいい。サザンオールスターズには憧れ続けているし、あいみょんの歌詞に共感する夜もある。けれど、毎日毎日その音楽を聴くかというと、ちょっと違う。生活のある場面場面で聴きたいと思って、iPhoneを操作して、聴く。
そうではない音楽が私にはあって、ふだん散歩するときや電車に乗るとき、料理を作るとき、眠るまでの時間、無意識に流して聴いて、心地いいと思う音楽がある。

その音楽は、この3年くらい同じ音楽を聴いていた気がするけれど、最近になって変わった。とても好きだと思える音楽で、かっこいいし、いつまでも聴いていられる。ずっとその音楽を聴くようになると、これまでと同じ毎日でもちょっと違ったもののように思える。ちょうど、主題歌が変わった番組のように。

iPhoneを使う時間を減らした。
習慣になってしまうと朝起きた瞬間から、電車に乗っている時間、トイレの中で、タバコを吸っているとき、ずっと左手にはiPhoneがあって別にみたいと思っていない情報を手繰り寄せて無感情にそれが頭の中に入ってきていて、数分後にまた同じことをしていたりした。怖いし、無くしたいと思った。

夜にお酒を飲むこと。
たいして強くもないのに、お酒を飲むことを習慣にしてしまった。
酔うと、たしかにいつもとちょっと違って気分がいい。
でも、体は重くなるし、本を読んでも頭に入って来ない。
ぼうっとAmazonPrimeの映画を見て、Youtubeを見て眠くなる。そんな時間の使い方。

なにごともやらないでものを言うのはどうかと思う。
だからいろいろやってみるけれど、その中で取捨選択していきたい。
少なくとも、その中で選んできたものは私が好むものだと思うし、好きなものを集めるには時間がかかる。習慣に溺れてしまうと見失ってしまうものが多いのかもしれない、そんなことにもやっと気づけたけれど、私は決してそれまでの習慣が無駄だったとは思わない。愚かだったかもしれないその行動を私はたしかに自分で経験して、「それは自分にはいらない」と思えたから。

そんな変化をなんとなく感じながら変わり映えない生活をしている。

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